6.最強の出会い
*****
自分は馬鹿ではないだろうと俺は思っていて、それなりに一般的な知識も蓄えているつもりなので、「プリティー・プリンセス」なる固有名詞を聞いただけでそれなりに見当がついた。
やはり「プリティー・プリンセス」はメイドカフェだった。
どうしようかと考えた。どこかで時間を潰して、閉店後の帰り際を狙ってやろうか……。だが、もはや相手は「女」だということがわかってしまったのである。「カザマ・クレナイ」とは勇ましい名ではあるものの、じつは「女子」だったのだ。正直、拍子抜けだ。鏡学園なる学校にも失望した。女が序列一位? なんだそれは。どういった忖度があってのことなんだ?
それでも一目拝んでやろうかというあたり、俺はなんと愚かなのだろう。仮に、仮にだ、屈強な男どもの上に立つような雰囲気がある女性、人物なら……まあ、そんなことはありえないか。
結局、興味本位で並んでしまったのである。そう、店に入るための列に並んだのだ。入店までは二時間かかるという。ほんとうに、俺はなんたる物好きなのか。
*****
店に入ることが叶い――なんとまあ、接待してくれるメイドとやらを選べるのだという。だったら、せっかくだからと思い、カザマ・クレナイの名と写真を探すのだが、どこにもそれは見当たらない。どうやらニックネームで登録されているよう――なのだが、にしたってそれらしいそれは見つからない。さて、どうしたものか……。
誰の接待も望まないでいると、そのうちメイドがやってきた。首元や袖やスカートの裾にレースがあしらわれている黒いメイド服だ。これを「かわいい」と言うのだろうか。良くわからない。少なくとも俺はかわいいとは思わない。
――いきなりのことだった。
俺は並んで座るという中途半端な二人席にいるのだが、その右隣に一人のメイドがどかんと腰掛けた。ぐいぐい身体を寄せてくる。「サービスです」などと耳元で囁かれた。そんなことはどうでもいい。彼女の胸には「れな」と書かれたプレートが付いていた。
女は歯を見せて二ッと笑った。
「勘が悪いね。きみ、賢いんでしょ? だったらすぐに気づいても良さそうなもんだけど」
れな、れな……「くれない」の「"れな"」?
「ヤってあげるよ。だけど、バイトが終わるまで待っててもらっていい? できればこの店内で」
売り上げに貢献しろということか。
「かまわない。しかし、待ち行列が顕著だったように思う」
「あたしが言えば店長は首を縦に振るしかないんだよ」
「金を目当てに身体の関係でも?」
「安っぽい女に見える?」
「見えないな」
「当然。さあ、なにかオーダーしてよ。一品、奢ってあげる」
「オムライスをもらおう」
「オーライ」
そのうち注文の品がやってきた。
オムライスには器用に「マサタカ」とあった。
その瞬間、はっとなった。
カザマ・クレナイ。
俺はおまえに名乗った覚えはないんだが……。
やはり「噂の転校生」ということなのだろうか。
*****
すっかり夜だ。やり合うやり合わないの話がなかったとしても、たぶん、俺はカザマの後をつけただろう。カザマは女で、しかもかなりの美少女だ。だからまあ――いろいろと勘案した結果――として、そうしただろう。
「どこでヤる? そこの河川敷でいい?」
「ああ、かまわない――その前に、一ついいか?」
「あーら、なんでしょ」
「この時間に短いセーラー服は良くないぞ」
カザマが振り返り――暗闇で良くわからないが、微笑んだように見えた。
「へぇ、優しいんだ」
「一般論だ。俺は決して優しくない」
「だったら、後ろからでも襲えばいいじゃない」
「それで勝っても、勝ったとは言わない」
河川敷が近づいてくる、近づいてくる、近づいてくる。
もうそこから下りだというところで――カザマの姿がいきなり消えた。なにがなんだかわからず、駆けた。すると、すでに河川敷の石ころどもの上に、カザマは立っていた。
「さあ、おいでよ、雅孝くん! あたしがあんたを止めてあげる!!」
勇敢かつ気の利いた殺し文句だ。
だが俺は逡巡してしまう。
なぜなら、なんだかんだいっても、やはりカザマは――。
迷っていると、カザマが凄まじい勢いで堤防を駆け上がってきた。急坂なのに物凄いスピード。まともに構える
馬鹿みたいな大技を馬鹿みたいに綺麗に食らってしまった。
まさかこの俺が、ド派手なプロレス技なんて――。
なんとか立ち上がる――と言っても膝立ちだ、ダメージは大きい。すると目の前にはカザマの顔があり――彼女は「ばあっ!!」と満面の笑みを浮かべ、ふざけて見せた。
「目の前、ぐらんぐらんでしょ?」
風間は大いに笑う。
そのとおりだった。
左の膝蹴りをもろに右の頬にもらう。
右の膝蹴りをもろに左の頬にもらう。
フロントネックロックかと思った。
だがそれは引っこ抜くような変形のDDTだった。
頭のてっぺんを地面に叩きつけられた。
ダメだ。
もう立てない。
「一つ提案があるんだな」
負け犬は逆らうことなんてできない。
あたりまえの約束事だ。
「なんだ? ああ、ほんとうに動けないな……」
「あんた、強いよ。あたしが保証してあげる。殺すつもりだったんだからね」
「とはいえ、あっという間におまえに負けたんだが?」
「いいから聞いて。あたしの部に入ってよ。その名も『ファイトクラブ』」
「どこかで聞いた個性に欠ける名だ。そして俺自身、面倒事は御免被りたい」
「物分かりが悪いね」
「しかし負けたことは事実ではある。ああ、ほんとうに、人生で初めての負けだ。案外、気持ちがいいものだな」
「マゾなの?」
「そうなのかもしれない」
俺の上にまたがっているカザマ。
臀部にも顕著なハリというものがあるらしく、それを腹部で感じざるを得ない。
「送ってあげる」
「馬鹿言うな。送ってやるのはこっちのほうだ」
暗闇にあっても、カザマが微笑んだのがわかった。
顔に顔を近づけてくる。
「ほんとうに美男子だなぁ」
「やめろ。顔を近づけるな」
「気に入ったのあたしの初キス、あげる」
「だから、そういう冗談はやめ――」
唇を唇で完全に塞がれ――甘ったるい匂いと味がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます