第54話 出発
オーロラは、食堂車の座席で一歳になったハーパーを膝に抱いて微笑んでいる。以前より髪が生えてにこにこと笑う宝石のような子どもの姿を、私は彼女の隣から覗き込んでいる。
今オーロラは私と一緒にサーカス列車で旅をしている。ハーパーをサーカスで育てたいと言ったのはオーロラだ。私も賛成したが心配事もいくつかあった。話し合いの末ハーパーが外の世界を知りサーカス以外で友達を作るために、ある程度大きくなったらサーカスを一旦抜けて他の子どもと同じように学校に通わせようということで合意した。
ハーパーは皆を夢中にさせるアイドルだ。こうしていると仲間たちもぞくぞくと様子を見に来る。皆すっかりいいお母さんとお父さんだ。私とオーロラが忙しいときは他の誰かがミルクを与えおしめを変えてくれる。
ジャンが近くで最近覚えたウクレレを演奏し、それに合わせてシンディやジュリエッタ、アルフレッドたちが歌う。最近おすわりを覚えたハーパーは、音楽に合わせて手脚をパタパタ動かしながらきゃっきゃっと笑った。
「彼女、将来ダンサーになるんじゃない?」
ジュリエッタが言った。
「歌手もいいかもしれないぜ」とジャンが続き、「いや女優じゃな」とトムが返す。
「ミュージカル女優なら全部できるぞ」とルーファスがまとめ、確かにと皆が頷く。
ピアジェが辞めたあと団長になったルーファスは、皆をまとめながら自由で新しいサーカスをつくり出そうと頑張っている。身体は小さいけれど大きな団長のことを、団員たちも観客も皆応援している。
ちなみに今はイギリス国内とヨーロッパを巡る巡業を続けている。動物たちは最近ショーに復帰した。
もちろん私はクラウンを続けている。
列車が夜の駅に停車する。シンディがハーパーを見てくれるというので、私とオーロラは外の空気を吸いにホームに降りた。
空には満点の星が輝いていて、今にも降ってきそうだ。
手を繋いで歩きながらオーロラは言った。
「あなたから気持ちを伝えられたとき、凄くびっくりして戸惑ったわ。あのときは保留にしたけど、ショーを観ながら思ったの。私のことをこんなに想ってくれる人は他に現れない、地球の裏側から逢いに来てくれるような人は、この世界にあなた以外に存在しないって」
「世界一周して逢いにくるなんて、私くらいのもんだよね」
「そうね」とオーロラが笑う。
「一生に一度の大冒険だったわ。でも思うの、何度生まれ変わったって私は私に生まれてきて、あなたに会うために同じ冒険をする道を選ぶだろうって」
オーロラは微笑んだ。月明かりに照らされた彼女はとても美しかった。
「時々思うの、もしかして私はすごく幸せな夢を見てるんじゃないかって。大好きなサーカスを続けながら、あなたとハーパーと皆と一緒に大きな家族を作ってる。こんな幸せなことはないもの」
「どうする? 本当はあなたは死んでいて、これが全部夢だったら」
オーロラは悪戯っぽく笑った。
もしこれが夢でも現実でも決して手放したくない。朝オーロラとハーパーと一緒に目覚めて仲間たちとご飯を食べ、サーカスのショーを続ける。永遠に続く賑やかなお祭りを、愛する人たちと祝い共に生きていく。こんな毎日がずっと続いてほしいと思う。
「夢でもいい、この毎日が続いていくなら」
オーロラと向かい合う。彼女をそっと抱き寄せる。唇が触れ合う。
「お〜い、出発するぞ!! 置いてっちゃうぞ〜!!」
トムが窓から顔を出す。列車が走り出す。
「ヤバい、置いてかれるわ!!」
オーロラが慌てて駆け出す。「大丈夫だって!」と笑いながら私も走る。
どちらからともなく手を握り、「せーの!!」と顔を見合わせ掛け声をかける。
夜空に汽笛が鳴り響く。
私たちは手を繋いで紺色の列車に飛び乗った。
END
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