第40話 お守りとアジア公演

 船でオーストラリアを出ると、東ティモール、ジャカルタ、インドネシア、フィリピンを巡って日本へ向かった。


 相変わらずピアジェは部屋にこもりきりだ。


 日本では東京と大阪での5日ずつの公演だった。東京でケニーからの手紙を受け取った。友達の会社で働き始めた、忙しいけど好きなことだから毎日楽しく働けているという内容のことが書かれていてほっとした。スラムに行くという一大決心ののち、一緒に沢山の試練を乗り越えたケニーならきっとこれからも大丈夫だ。


 日本公演では前々から皆で約束していた和装でのパフォーマンスが実現した。ジャンは背中の巨大なおかめ顔の上に『祭』とでかでかとプリントされた青い半被姿で、オープニングショーの冒頭に太鼓を叩き喝采を浴びた。シンディは美しい紫陽花柄の赤い着物姿で、ルチアは小花柄の緑色の着物を着ていた。ジュリエッタは水色の白い薔薇柄の浴衣だった。ルーファスはシンプルに紺色の浴衣で、トムはマグロや帆立、玉子、軍艦巻きなど色んな寿司の柄のプリントされた浴衣を着ていた。


 日本の作家である宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』は日本では学校の教科書に載るくらいの名作らしく、公演を観て涙する人もいるほどだった。


 和装のクラウンは想像以上にウケた。日本舞踊を披露したらとても喜ばれ、傘回しをしながらの綱渡りも喝采の嵐だった。卒塔婆のジャグリングはやらなくて正解だった。


 東京では新宿にある" SHINOBI " という和食料理に皆で行った。店員さんに案内されて合言葉を言いながら迷路のような建物の中を進んだ。


 最後に辿り着いた飲食スペースは全面畳になっていて、窓には障子が立てかけてあり、隣の席とは昔の日本家屋みたいな襖で仕切られていた。皆子どもみたいにはしゃいでいた。


 店内ではスタッフの手裏剣ショーを観ることができた。


 しゃぶしゃぶと味噌汁と刺身はすごく美味しかった。


 大阪では神社仏閣巡りをし、ジュリエッタの希望で恋愛のご利益があるという神社にもお参りした。ルーファスが神社に来たら鳥居の前で礼をして潜るのがマナーだと言ったので、礼をしながら通った。


 その神社はとても神聖な雰囲気のところだった。お参りついでに御守りも3つ買った。ケニーとオーロラに送ろうと思ったのだ。恋愛運のなさは自覚しているから、あまり期待はしないで自分の分も買いリュックに付けた。


 神社の帰りにバスに揺られながら、オーロラに送る予定の御守りを見つめた。オーロラはロンドンに越してから付き合った相手から酷い裏切りを受けた。あのときのことは思い出すだけで苦しく胸糞の悪い気持ちになる。オーロラが『消えてしまいたい』と電話の向こうで泣いた声が今も耳から離れない。


 この御守りがオーロラを守ってくれるように。彼女にもう悲しみの雨が降り注がぬように。御守りを握りしめて強く願った。


 思い出深い日本公演のあとは韓国のソウルに1週間、北朝鮮の平壌に1週間滞在した。


 ソウルの屋台で売ってるトッポギをジュリエッタからもらって一口食べたけど、すごく辛かった。ラテンの血が入っているにも関わらず辛いものが大の苦手で、観光をしてもほとんど食べれるものがなくてチヂミと参鶏湯ばかり食べていた。美味しかったからよかったけど。ちなみにルーファスは調子に乗って激辛キムチとトッポギを食べすぎて痔が悪化したそうだ。


 北朝鮮では平壌の彫り師にジャンが真顔で「" 존경하는 자제분(尊敬するお子様) "と彫ってくれ」と頼んでルーファスに止められていた。


 北朝鮮のあとはロシアに向かった。モスクワやサンクトペテルブルクなど戦争の影響で上演が困難な地域があるため、ロシアでの公演はノヴォシビルスクでの1週間の公演のみだった。アメリカに並ぶサーカス大国のロシアではショーに対して他国よりも厳しい目が向けられることが予想されたが、予想に反して人々は温かかった。ロシア国内は長引く戦争の影響で物価は高騰、食糧難に陥り人々は飢え、マンホールチルドレンと呼ばれる子どもたちの姿も多く見られた。そんな中でのサーカスのショーは、水のように国民の渇いた心を潤したようだ。


 ロシアからモンゴルに渡り3週間かけて都市を巡ったあとは中国だ。中国には雑技の文化が根付いている。


 広い国土を持つ中国での7月から8月の深刻な熱波の中での巡業と場越しは、熱中症等深刻な健康被害を起こす可能性があった。もちろん空調設備は整っているものの、団員たちには充分な量の水分摂取が義務付けられた。


 中国での公演は大変な人気を博した。広東での公演後、現地の有名な雑技団の男性に公演を観に来てくれと言われたので、広東の滞在最終日に仲間たちと観に行った。


 10人の女性たちによる音楽に合わせた息のあったダンスとジャグリング、10メートルはあろうかと思われる梯子の上での逆立ち、両手に3本ずつの棒を持って皿回しをしながらのコントーション、からの3メートルほどの高さの一輪車に乗ってバランスを取りながらの皿回しなど、めくるめく技の数々に虜になった。


 ジャンはとりわけ雑技団の中の女性の1人を気に入ったらしく、マネージャーらしき人に会わせてくれと頼んだが追い返されていた。仕方ないのでマネージャーに花束だけ渡してきたらしい。


 帰りに市場で売っている棒アイスが気になって買ってみた。普通のバニラアイスと何ら変わらなかったけれど、暑かったからすごく美味しく感じられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る