4 怪異との共生について

「ちなみに黒幻さん的に、今回の温泉に怪異が絡んでいるとしたら、どういう奴だと思いますか? 知ってる怪異とかで引っ掛かる奴とかあります?」


「……いや、今の所は分からないね。あ、ポッキー食べるかい?」


「あ、どうもいただきます」


 変わらず電車に揺られながら、そんなやり取りをしながらポッキーを齧る。


(しかしまあなんというか……縁喰いの時みたいに綺麗にはキマらないもんだな)


 あの時のように専門家である霞が答えを持っていると、専門家としてバシっとキマると思うのだが、どうにもそううまくは行かない。

 先日の五万円の一件といい、この事務所に来てこれで2/2だ。


 ……まあ最終的に縁喰いを含めれば解決率百パーセントな訳で、終わりよければそれで良しという考え方をするならば、きっと専門家としてうまくやれている部類なのでは無いかと思うけど。


 そんな事を考えている、専門家としてあんまりな返答だと思ったのが、少し真面目な表情と声音で霞は専門家らしい言葉を紡ぐ。


「しかし今回の行き先に怪異が関わっているとしても、それが必ず解決すべき問題なのかどうかは分からないという判断位はできるよ。当然仕事と捉えれば何かしら問題がある事を突き止めて、営業をして収益を得るのが一番良いが……まあ解決しなくても良い、問題ですらないと落ち着くのが一番いいね」


「解決すべきかどうか……か」


「今のキミがまさしくそうだろう。キミの自己肯定感の低さが怪異によるものだったらその怪異を祓うのがベストな訳だが……キミはそれを良しとしない」


「……ですね。共生とでも言えば良いんですかね」


「そうだね」


「……黒幻さんが抱えている問題も、そんな感じなんですか?」


「……」


「あ、いや、すみませんね、踏み込んで。詮索しないようにしようとは思ってたんですけど……」


 ついうっかり流れで問いかけてしまった。


「別に謝る必要なんてない」


「そ、そうですか……」


「その必要は無いんだが一つ指摘しておくと、詮索しないようにとキミは言うけど、温泉に怪異を探しに行こうなんて気の使い方をしている時点で、詳細を聞かないだけでもう両足ガッツリ踏み込んでいると思うんだけどね。私の何でもない大丈夫アピールをガッツリスルーしてたのに」


「た、確かに……ガッツリ踏み込んでますね」


「だろう」


 そう言って笑みを浮かべた後、霞は言う。


「そんなに顔に出ているだろうか? それこそこういう盛大な気の使われ方をされるくらいに」


「出てますよ。それこそ普段から黒幻さんと接している人にはあまりにも分かりやすい」


「そこまでか……」


「普段がお金の事以外で全く悩みなさそうな、良い意味でお花畑みたいな感じなのも相まって本当に……」


「分かりやすい理由が最悪だねぇ……まあ理由はどうであれ分かりやすいんだろうね。綾ねえにも指摘された」


「霧崎さんにも……ちなみに此処まで来たら黒幻さんが何かを抱えている前提で話しますけど、霧崎さんには詳細話したんですか?」


 話してくれていたら良いと思う。

 仮に自分では相談に乗れないとしても、他の誰かが聞いて前向きに事が進むのならそれでいい。

 誰かが何とかできればそれでいいのだ。


 だけど霞は小さく首を降る。


「いや、黙秘だよ。今の白瀬君と同じ状態だね。絶対何か抱えている。もしかしたらそれは怪異の事かもしれない。そういう所まで来てもらっているけど、肝心の私に話すつもりはない。だから綾ねえとの話は此処までだった」


「……って事は俺との話も此処までですね」


「まあそのつもりなんだが……怪異との共生なんて話が出たんだ。事の詳細が伝わらない程度にはもう少しだけ踏み込もうか」


 霞はどこか深刻な表情を浮かべて続ける。


「その詳細がどうであれ、私もキミと同じだ。自分の問題が怪異によるものだったとして、それを解決する事をどこか拒んでいる」


「……共生を望んでいるってことですか」


「それも良くわからないんだけど、まあ実質的にそういう事なのかもしれないね」


 だから、と霞は言う。


「だから白瀬君達には何も言うつもりは無いんだ」


「解決してしまうかもしれないから、ですか」


「だね。特にキミは平然と解決しそうな気がするし」


「買い被りすぎですよ……多分」


「そこに多分と思えるようになった辺りいい傾向かな。白瀬君にとってはどうかは分からないけど」


「……良くないと思います。なんか自分を引き剥がしているような感覚になるので。というかその辺は分かってくれているんじゃないですか」


 だから霞も解決の為に動こうとはしてこない訳で。

 だが霞は首を振る。


「それは分かっている。私が言いたいのは、そう思う感覚こそが怪異によるものかもしれないという事だ」


「怪異が自分を守る為にそう思わせているのかもしれない……って事ですか?」


「キミはほんと、話が早くて助かるよ」


 そして一拍空けてから霞は言う。


「キミが怪異の憑いているかもしれない今の状態が自分自身だと思うのは、怪異がそう思わせているだけなのかもしれない。だとしたら、買い被りだという考えに多分というノイズが混ざった事は、キミにとっては良い事なのかもしれない訳だ」


 まあ、と霞は言う。


「こればかりは考えたって仕方がない事だけどね。そういう風に疑い続けたら、それこそ怪異関係なく頭がおかしくなる」


「確かに。証明しようが無いですからね」


「ただ縁喰いのように他人からみれば、明らかにどうにかするべきだという風に見える事はあるかもしれない。そうなったら多分それが正しいんだ。判断を下す人間が身近であれば身近である程ね」


 だから、と霞は言う。


「お互い、度が過ぎていると思ったら動こうじゃないか」


「俺その為の判断材料何も持ち合わせていないんですけど」


「……それでもキミならなんとかすると思うんだ」


「それは流石に買い被りすぎです」


 多分も何も無い。

 流石にそれは無い。


「……しかし私もそうだけど、解決したくないと思っているのに、解決しない所為でストレスが凄いんだよね。参ったよ」


「まあ……否定できないですね」


「そういう意味じゃあ私は勿論、今回の旅はキミにとっても良いものとなる筈だ。お互い疲れている訳だし、なんか良く分からないけど滅茶苦茶元気になる温泉でリフレッシュといこうじゃないか」


「その為にも、人と共生できているようなヤバくない怪異だと良いですね」


「だね」


 それだと仕事にはならない訳だが、霞に元気になってもらう為にも……自分自身のメンタルを回復させる為にも。

 そうであれば良いなと思った。



 ……まあいつの間にか事務所の経理を担当している者からすれば、全く金にならなければそれはそれでメンタルにダメージを追う気がする訳だけども。






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