20 名称不明 魂の商人 推理開始

 次の瞬間、再び怪異が結界へと突っ込んでくるが、今度は割れない。

 大きくヒビが入るに留まる。

 だが。


「逃げている間に必死こいて組み上げたんだけどね、多分そう持たない」


 冷静にそう言った霞は怪異に視線を向けながら真に言う。


「今こうして逃げていた通り正直勝てる気はしないんだけど、それでもワンチャン狙いで此処から泥仕合に持ち込もうと思う。だから白瀬君。キミは戦いの余波に巻き込まれない内に逃げるんだ」


「いや、何言って……今は逃げながら正攻法で解決するやり方を二人で考えるべきじゃないですか」


 実際に直接戦って勝てる気がしないと思ったのなら尚更。

 だが霞は言う。


「……それが理想だけどね。とはいえ逃げながらではキミにも危害が及ぶ。そしてあれだけの強さの怪異なら、私から離れて同室に居るだけでも危険だよ。想定していた以上にね」


「そんな事は想定してここに来てますよ。今更何を──」


「加えて私が改めて正攻法での解決が無理だと判断したから、と付け加えておこうか」


「……?」


「当初想定していなかった手探りで物事を考える時間が、先の逃亡している間と言える。その中で私はキミの言う契約を無効にする為の穴が無いと判断した。つまり私からすれば、キミを此処に残す事は、無駄な人員配置。リスクだと判断した訳だ」


「それ黒幻さんが思考放棄してるだけなんじゃ……」


 その問いに霞は構えを保ちながら答える。


「私なりに考えたよ。これでも怪異の専門家だからね」


「……」


「もし自らの意思以外でURLを押していたなら話は別かもしれないが、今回私は明確に自分の意思でURLを押している。契約書に判子を押しているんだ。故にその点を武器に攻める事は出来ないし、加えて何より契約内容がシンプル過ぎる」


「シンプル……魂を五万円で売却する契約、ですよね」


「ああ、それだけなんだ。結果的にそれに同意して此処に来た私が契約を無効にさせるには、最早この一万円札が偽札である事を……契約を向こうが反故にしている事を証明するしかない」


 だけど、と霞は言う


「この一万円札は見た目も紙質も素人の感覚では本物。透かしだってちゃんとある。本物かどうかは分からないが、仮に偽物だったとしても私にはこれを偽物だと立証する術がない……くそ、今更になってこの怪異の正攻法が見えても遅いんだがね」


「正攻法……被害者が受け取った一万円札が本物かどうかを事前に鑑定して持って来る、ですか」


「偽物だった場合はね。本物だったらお手上げさ」


 そして。


「それを持ってきていないが故に詰んでいる……今の私には、詰んでいる事が見えているんだ」


「……」


「……こんな状況で、キミを留まらせて良い訳が無いだろう」


 そうこう言っている内に……ヒビは更に大きくなった。

 時間はもう無い。


「……」


 実際、霞の推理が当たっていれば自分が此処に居る意味が無くなってしまう。

 当然自分にも精巧な作りのこの一万円札が本物なのか偽物なのかを判断する事は出来ないのだから。


 だが……それはあくまで、霞の推理が完璧に当たっていればの話だ。


「……引きませんよ俺は」


「白瀬君!」


「今すぐ言語化できる訳じゃ無いですけど、何かが引っ掛かっているんです」


 何も浮かんでいなかった状態から霞の推理を聞いた上で湧いてきた違和感。

 ……怪異への対抗策へとなり得るかもしれない引っ掛かり。


 可能性の塊。


「それが無駄だと分かるまでは、俺は此処から逃げませんよ」


 言いながら霞から距離を取り始める。

 陣取りに行くのは部屋の端。


 霞が動きやすいようにかつ、比較的戦闘の余波が届きにくいと想定できる地点へ。


「いや白瀬君! もう時間が無いんだって! 逃げるなら今だ!」


「俺は霞さんと違って確定で危害が加わるかどうかは分かりません。そんな中でお陰様で微かに可能性が見えたんです。だから俺にとって此処に飛び込んできた時と然程変わって無いんですよ状況は」


 だからこそ。


「だからこそ、俺よりも遥かに危ない状況の人を置いてはいけない。そんな当たり前の事位はやり抜く」


「白瀬君!」


 霞がそう叫んだ瞬間に、結界が割れる破砕音が耳に届いた。

 申し訳ないが霞の言葉に返答はしない。

 何者でも無い凡人の自分が、こんな状況でまでマルチタスクを熟そうとしてもうまく行く訳が無いから。


 足りない脳をフル稼働させて、この状況を打破する為の突破口を探す。


 霞が倒れるか、余波を受けて自分が倒れる。

 その前に。

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