《第三楽章》

《3-1》トゥ・メディア・アランチャ

 魔法――己の中にある魔力を消費し、強い意思をコントロールすることにより発現する超常現象全般を指す。ひとりの人格者につき、基本的にはひとつの系統の魔法しか使えない。ただし、多重人格者や、何らかの方法で一時的に人格を変え、様々な種類の魔法を使う者も極少数だが存在している。とはいえ人為的に人格を変えるのは術者本人に負担がかなりかかり、暴走する可能性が高まるため推奨はされない。

 魔力は体力やエネルギーと同じようなもので、感覚だけで言うと集中力や精神力に近い。だが、魔力が殆ど無い人格者もいれば、実質無尽蔵レベルの人格者までいる。

 生まれつき持っている魔力の多さには個人差があるけど、精神力を高める訓練やドーピングにより魔力量を上げることも可能だ。

 一般的に自我が強い人格者ほど、魔法のコントロールが上手かったり、効果が高い魔法を使うことが出来るという認識をされている。性格や生き様が変われば、使う魔法の種類も変わるという性質があるようだ。

 ちなみにどれだけ自我が強くても魔力が無かったら魔法は使えない。それはただの個性が強烈なひとである。

 

 * 


 17歳の年。春。

 僕、今川継護は正式に、政府公認我楽団の演者(クンスター)になった。


 ここまで大変だったのかもしれないし、いつの間にかここにいた気もする。勉強と訓練の結果、楽に生きていけると確信できる高校に入学したら、僕はノイエ公認我楽団のコンダクター助手のアルバイトを始めていた。半分くらいコネ入団ではあったが、半分は実力である。これは自慢だ。書類を整理したり、演者(クンスター)の人たちのケアをしたり、かなり忙しいが、危険が少ない分と高校生ということで給料は安い。それでも肌でディソナンス対策の第一線の空気を感じることが出来るのは大きかった。

 そこでわかったのは、『ディソナンス』という怪物は、誰かが意図的に生み出しているわけではなく、自然発生的に、どこからともなく生まれてくる生き物だということだ。そして、ほぼ全てのディソナンスが、人格者を害し、殺したいと思っている。様々な動機と方法があるようだが、これだけは共通していた。


 そんな風にして過ごしていると、冬のある日に司令室に呼ばれた。正直、はちゃめちゃに怖かった。だって、一般男子高校生バイトを、我楽団のトップが呼びつけるなんて、自分が知らずにやったことがなんらかの悪事だったとしか思えない。ミーシャとの出会いの事件のこともあり、僕は冬だというのに冷や汗をだばだばかきながら司令室に向かった。


 司令室は、思ったよりも普通で、どこか校長室を思わせるシックな佇まいだった。執務机に座っているノイエ我楽団の団長は穏やかな顔の、だが体中に古傷がある老紳士だった。

 そこに入った瞬間、彼はにっこりと微笑んで立ち上がった。

「君が、今川継護くんだね?」

 優しい声だった。ディソナンスと戦っている人たちのトップとは思えないほどに。

「は、はひっ! 今川、継護ですっ!」

 裏返りそうになる声を必死になってまともにしようと頑張りながら、彼の言葉に応えた。

 それに彼はうんうん、と頷く。

「……良い鷲の目だ」

 鷲の目、なんて初めて言われた。褒められているのだろうけど、驚きのほうが強かった。

「申し遅れたね、私はヤオ・ユーロン。ノイエ我楽団の団長をしている、龍だよ」

 龍。それは強大な力を持ち、大昔は神獣とも呼ばれた存在だ。よく見ると、ヤオ団長の後ろには青く美しい鱗がある、太くて長い尻尾が見えていた。首筋にも鱗がきらきらと輝いている。

「……なんだか、龍ってもっと違う形をしているものかと」

 ぼそっと言った素朴な感想に、団長はカラカラと笑った。

「そりゃあ、元の姿でいたらこの本部を潰しかねないからね。変化してるのさ」

 ……身体が大きいのも大変だ。

「さて、来てくれてありがとう。早速だけど、本題に入らせてもらおう」

 団長が一枚の紙を持って、こちらに歩いてくる。ごくん、と喉が動いた。


「今川継護くん。君は『二重奏部隊』で戦うことに興味はあるかな?」


 二重奏部隊、つまり、ほぼ3年前に解散した特殊部隊『MELA』と同じような、バディ部隊ということ。

「それって……」

 団長が、僕に紙を渡した。それには、会いたくて仕方なかったひとの名前が書いてあった。


『【特別演者登録書】

演者【今川継護】

推薦者【ミーシャ・リリーホワイト】』


『【部隊結成申請書】

私、【クラスィッシェ公認我楽団 第4部隊隊員ミーシャ・リリーホワイト】は、【ノイエ公認我楽団 コンダクター補佐今川継護】と【二重奏部隊】を結成する許可を願います。』


「……! ミーシャ!?」

「ふふ、愛されてるね」

 ヤオ団長が、茶化すようにふふふと微笑んだ。

「一年前……君がコンダクター補佐になった頃だね、ミーシャくんは研究生隊の隊長を勤め上げたあとに一足先に正式な団員となって、第17部隊、第8部隊、第4部隊と着実かつ高速にキャリアアップを重ねていたんだ。君も、自分が使える人脈を駆使してここまで来てたけど、彼女のほうが最初から中枢に近かったんだね」

 つまり、ミーシャは超エリートコース、超ハイスピードで公認我楽団の出世階段を駆け上がっていたのだ。僕もそれは知っている。というか、手紙のやり取りをしているから、正式な発表よりも先に知ることも多かった。

「でも……ここで僕と二重奏部隊って……」

 それは、研究生団員よりも低い立場の僕を、立場を利用して無理矢理にでも正式団員に引き上げる行為だ。それは上からも目をつけられやすいと聞く。つまり、超エリートコースを捨ててまで、僕と部隊を結成したいという意味にもとらえられた。

「……いいんでしょうか」

「君が何故研究生団員になってなかったのか、私は知っているよ。だから、良いのさ。君の強さは、私が知っている」

 そのヤオ団長の言葉に、僕は大きく目を丸くした。

「君の、お姉さんとお義兄さんの手伝いをするためだろう?」

 そうだ。僕はシフトがない日は私設青葉我楽団の方で武者修行をしていたのだ。

 姉ちゃんや蜜利義兄さんの監視下で、バッファーの足りないチームに頻繁にお助けで入ってディソナンス退治を手伝っていたほうが、公認我楽団の研究生団員よりも鍛えられるだろう、という姉ちゃんのアイデアだった。確かに、実戦を積み重ねていくと、すごく鍛えられた気がする。主に、毎回命のやり取りをしているということで、メンタル面が。

「そんなことまで……」

「だから、今回は『私設青葉我楽団からのスカウト』という形にさせてもらおうかと思ってるんだよ。それならば、文句も出ないだろう」

 成程。それなら公認我楽団の中ではバイトという立場の僕でも、すぐに正式団員として認められる。それに、約8年前に元『MELA』のルピナス・スターチス・ペンタスさんが私設我楽団からのスカウトで団員になったのは有名な話だ。その前例がある分、実力者がスカウトで団員になるのは変な目では見られないのだった。

「だが、それも君がこの要請を引き受けるかどうかにかかっている」

 そう言って、団長はぺら、と『特別演者登録書』を見せた。これに署名したら、僕はノイエ我楽団にスカウトされたことになり、正式な演者になってしまう。

「どうかな、君は、ひとびとのために、ミーシャくんと共に、ディソナンスと戦ってくれるかい?」

 頭が冷えるような、肝が熱くなるような、そんな感覚。緊張しているのだろうか。それはそうか。

 これは夢へのチェックメイトになるものだった。

 僕は少しの間ぱくぱくと口を動かして、声が出ていなかったことを自覚し、どもりながらも大きな声で答えた。

「……は、はい、いっ!! 願っても、な、ないことです!! 誠心誠意、が、頑張らせていただきますっ!!」

 老紳士は、静かに微笑むとしっかり頷く。

「期待してるよ、未来の希望たち」


 こうして、僕は少し変則的な形だが、来年度から正式な団員になったのだった。


 * 


【特殊部隊コード『  』 待機室】

「うぅ〜……緊張する……」

 僕は、扉にかかった札を見ながら、ハァヒィとおかしな荒い息をしていた。

 ここはノイエの本部。その待機室が並ぶ一角に、その部屋はあった。僕は自分のスマホに表示された地図を見て、表札を見て、さらに地図を見るという挙動不審な動きをしていた。

 だって、仕方ないだろう! ついこの間まで演者たちにこき使われていたような僕が、もう彼らと同じ立場になっているのだ! しかも、あのルピナスさんと同じ方法で正式団員になったということで、僕のことをよく知らない人からはすごい人みたいな目で見られるし、ひやひやである。

 兎も角、このままだと不審者としてつまみ出されかねない。

「よ、よーし、みっつ数えたら入る、さん」

 にぃ、と言う前に、僕の後ろから声が聞こえた。


「にゃにやってるのよ、ケイゴ……」


 その、懐かしいような、聞いたことないような響きに、思わず振り向く。

 白雪のような美少女が、成長していた。

「ミーシャ!?」

「久し振りね、ケイゴ。……顔の傷、残っちゃったのね……ごめんなさい」

 まず、背が高くなった。小さな子供のような体型だった彼女は、すらりと大人と子供の中間のような形になっており、ますます美しくなっている。僕が170cmで、彼女の頭の先が僕の鼻のあたりということは、160cmくらいだろうか。よく伸びたものだ。

「というか、約束を守ってくれたようで何よりだけど……こんなロマンチックじゃない再会になるなんて思ってなかったわ」

 意思の強そうなマリンブルーの瞳はそのままに、前髪の左側には、見覚えのある貝やヒトデの髪飾りがあった。つけてくれていたのか。どうしよう、泣きそうだ。というか目から雫がぼろぼろ溢れてきた。

「うっ……みーしゃ……」

「ちょ、にゃんで泣いてるのよ! しっかりしなさいよー!」

「こえがわりしてるぅ〜……!」

「あんたの方がよっぽど変わったでしょー! ほら! 入るわよ! モニタータクトとの顔合わせもあるのよ!」

「初めてあったときよりにゃーにゃー言ってるー……!」

「お、大きなお世話よ〜! あのときは緊張してたの〜!」

「おおきくなったねぇ〜……!」

「あんたもでしょー! も〜!」

 僕は、ミーシャに宥められながら、空白のコードネームをかかげた待機室に入っていく。

 あぁ、本当にこれからどうなってしまうのだろうか。……と、思っているのはきっと、僕よりもミーシャだったと思う。ごめん。

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