《第二楽章》

《2-1》ウィッチ・メイ・クライ

 林檎十個分の身長、林檎三個分の体重。それが俺の全てだった。

 種族特徴だ、そんなことはわかっている。だが、多くの人格者たちは自分勝手にそれぞれの基準にあてはめて我らを見た。可愛いだの、子供のようだと、己が種族基準にあわせて我らを侮った。

 その中で、彼だけだったのだ。

 俺のことを、「センパイ」などと呼ぶ変わり者は。



 俺はそうあらゆる想いを胸に潜ませ、自分の状況を整理するために目をつぶる。そのひんやりとした壁に体温を委ねると、自分の小さな身体が冷えていくのがわかった。



 この世界には、人間と魔物が存在する。そして魔法と共に科学も発展した『ノイエ』と、基本的に魔法や魔力のみで発展してきた『クラスィッシェ』が隣り合わせに存在している。『ノイエ』には人間の数が多く、『クラスィッシェ』には俺のような魔物の数が多い。


 それとは別に、生きとし生けるもの全員に割り振られた、隣の世界との繋がりにおける三つの特徴があった。


 人口の六割。特別な魔法を使わない限り永遠に隣の世界に行けない者『トーン』。

 人口の三割。隣の世界に行くことはできるが帰ってこれない者『コード』――俺だ。

 人口の一割。隣の世界にも自分の世界にも自由に行き来できる者『オクターブ』がいるのだ。


 ふたつの世界は過去、幾度も小さな争いを繰り返し、4世紀前、とある事件をきっかけに後に『例の大戦』と呼ばれる大きな戦争が起きたが、一つの要因により、どちらの世界も半壊。以降、平和協定が結ばれることなった。


 その血腥い平和の架け橋とは、専門用語で言うところの「界理的同位相」という現象だ。だがごく一般的には「魔法斉唱(マギ・ユニゾン)」、あとは単に「変身」と呼ばれている。

 簡単に言うと、隣世界で変身し、隣世界の住人へ魔法を使った時、魔法の力がほぼ五倍ほど増大するという効果のことだ。そのことを利用した強すぎる戦力により、両世界は一度崩壊しかけ、一時休戦。からの終戦と平和協定を結ぶという流れだった。その頃から「人間」「魔物」という単語は種族の分類を指す記号だけのものとして扱われるようになり、倫理のある生物を表したいときは、等しく「人格者」と呼ばれるようになる。ちなみに一般的な意味としての人格者という言葉も残っているため、偶に勘違いが起こったりする。


 さて、現代の状況を見てみよう。

 ここ数十年ほど前から、両世界ともに未確認の敵対生物を確認しており、最近はそれの被害がとても増えている。

 名称は『ディソナンス』。

 知能がないものもあれば、人格者を超える知能を持つものもおり、その姿も千差万別である上、戦闘力が高いために研究も進んでいない。

 人間でも魔物でもなく、どうやって繁殖しているかも今の所わかっていない。以前から出現報告や被害はあったものの、ここ最近、それらによる被害がどっと増えており、大きな社会問題となっている。

 だがその全てに共通するのは人格者を攻撃し、殺す、もしくは廃人化させることを目的としていることだ。

 人格者の中には、ディソナンスを利用し、私腹を肥やそうとするものや国家の転覆を狙うものもいる。


 このままでは世界は終わってしまう。それを防ぐために、ふたつの世界は平和協定に一つ文面を付け足した。

「片方の世界の不協和音を打ち消さんとする人格者、『演者(クンスター)』を歓迎する」と。


 俺は、ゆっくり目を開け、木の床を踏み締めながら仕事に向かう。


――それを生業にしているのが、俺、ルピナス・スターチス・ペンタスだ。


 * 


「いやーっ、今日も楽勝でしたねセンパイ!」

 俺の頭上のはるか上で、黒い髪がピョコピョコ跳ねている。俺はため息を付き、ぐるりと周囲を警戒した。人々の居住区域から離れた、小さな空き地には、大きな戦闘のあとと、血痕がいくつも散っていた。彼の服は、俺の服と同じ我楽団の隊服である。それだけで、俺たちが演者(クンスター)であると、誰もがわかるようになっていた。

「いいか、いつも言っているだろう? 勝利のあとほど気を引き締めろ」

「はぁ〜い。でも、今日もカッコよかったっすよ! ルピナスセンパイ」

 隣の長身の、耳が俺よりも鋭く尖り、ピンク色のアーモンドアイをきらきらさせた男は、そう軽薄な調子で自分の血を止めていた。笑ったときにちらりと見える牙は、吸血鬼の証だ。

「……君には劣るがな、MELAの紅き刃、イヴ・アルヴィエ」

 俺がそう言うと、男は少年のように牙を見せて笑った。

「確認したら本部に戻るぞ」

「はーい!」

 イヴは無邪気そうで大きなピンク色の目を細め、右の手を思い切り挙手させた。


 公認我楽団特殊部隊コード『MELA』。俺、ルピナス・スターチス・ペンタスというクラスィッシェ出身の中年タイニィリング……身長が人間の半分ほどしかなく、見た目も幼いように見えるが、素早く、器用である種族である人格者を隊長とし、その右腕に、イヴ・アルヴィエというどこまでも明るく子供っぽい、ノイエ出身吸血鬼の青年を副隊長とした、戦闘員がふたりきりの部隊だ。

 それは5年前に、ノイエとクラスィッシェの公認我楽団の連携を強化するため、試験的に作られた、いわゆる『二重奏部隊』の第一号である。ノイエ出身者とクラスィッシェ出身者にバディを組ませ、協力させることにより、戦闘時の連携の強化になったり、変身後の魔力の供給をスムーズにしたり、魔力量低下時のケアを滞りなくさせようという目論見で結成されたものであった。理にかなっていると言うか、ひとの感情をなんだと思っているのかと言うか。

 ちなみに、なんで『MELA』? というのは聞かないでくれ。俺の故郷である第55区域で『林檎』を意味する言葉だ。部隊コードを提出するときに、イヴが食べていた林檎があまりに美味しそうに見えたから書類に書いてしまっただけなのだ。俺のネーミングセンスが無いばっかりに、記者たちからそう問われるたび、言いたくもない嘘を吐く羽目になってしまっている。

 俺たちは5年間で、最小部隊人数での特別功労賞を受賞するまでにディソナンスを倒してきた。挙句の果てに、ただの戦闘員だというのに、界交正常化パレードに参列するまでなってしまった。わあわあと騒がれるのは非常に不本意ではあるが、無関心よりは良いだろう、とそれなりに受け入れている状況だ。

 俺は、そんな現状で、どうしようもないほどに、いっそ非道なほどに、限界を感じていた。


 * 


「おかえり、愛すべき愚図共」

 重苦しく、冷たい雰囲気が漂うクラスィッシェ風のトラディショナルな司令室に入ると、そんな空気以上の底冷えするような冷淡さを纏った女性の声が聞こえた。

「ペンタス、アルヴィエ、只今参りました」

「まいりました〜」

 大きな執務机の前に座り、脚を組む様子は、如何にも上位者然としていて、本来であれば可愛らしい印象を与えるはずの白い猫耳と長い尻尾は、俺達にとっては恐怖の象徴にしか見えなかった。

「Aクラスディソナンス討伐、ご苦労だった。」

 白い短髪を切りそろえ、露出の高い隊服でそのボリュームとメリハリのある鍛え上げられた身体を惜しげもなく晒している。キッとした吊り目の色は何よりも高貴なもののような金だった。

 彼女は、俺達のクラスィッシェ公認我楽団の団長、シャルロット・リリーホワイトだ。

「ひぇー、あいっかわらずもう孫も居るなんてしんじらんねー美しさ……」

 そうニヤついているイヴの向う脛を蹴り、深々と頭を下げた。

 リリーホワイト団長は、こくりと頷き、俺達を注視するようにじろじろ見ると、ふぅと息をついた。

「ここ最近、更にディソナンスの動きが活発化している。それに伴って治安の悪化も著しい。我々も気合を入れ直さねばならん」

 リリーホワイト団長はひどく厳しいがまともな人だ。だが、それと同時に何者も寄せ付けないような冷酷さも持ち合わせている。人呼んで、『雪の魔女』。その異名に合わせるかのような、彼女の氷魔法は、全てを凍らせるという。


 そのとき、コンコンコン、と後ろからノックが聞こえた。

「ノイエ公認我楽団、ディソナンス対策研究室、研究員、青葉蜜利です」

 若い男の声がした。

「入れ」

 団長の一言のあと、「失礼します」と淡い青い髪の男が室内に入ってくる。一見、優男風だが、その顔つきには実力者の風格があった。

「おっと、すみません、出直しますか?」

 研究員、青葉が少し慌てて外に出ようとするが、団長は首を振った。

「構わない。貴様が言うべき問題は、こいつらにも伝えておかねばならなかったからな。手間が省けた」

 団長がそう言うと、青葉はにっこりと微笑んで会釈をした。

「先日の東鏡水族館付近の臨海公園で発生したディソナンスについて、お耳に入れたいことがございまして」

「良かろう、話せ」

「ありがとうございます」

 青葉がこくりと頷き、口を開いた。

「こちらをご覧ください」

 ピコンと団長のデスクのPCから通知音が聞こえる。そして、団長はその画面をじっと見つめ、ぎゅっと眉間にしわを寄せた。

「なあなあなあ~、何送ったんだよ~?」

 イヴが青葉をつつくと、青葉はなんとも思ってないような笑顔で「動画ですよ」と言った。

「監視カメラの映像と音声です」

 数分後、彼女の後ろの壁に光の魔法陣が浮かび上がり、部屋の証明がぱっと暗くなった。

「これは貴様らも見ておくといい」

 そこに映し出されたのは、ノイエの公園だった。端に春の海が見えるところから、青葉の言葉通り、臨海公園であることが察せられた。

 一番最初に目につくのは、大きな甲冑。これがディソナンスだろう。そして、その前に立っているのは赤茶色の髪の少年のような影と、白い毛の大きな猫型の獣だった。

「……あの子って」

 どこかで見たことがあると思ったら団長の末の娘さんだ。いや、正確に言えばあんなほとんど獣の姿のお嬢さんは見たことが無かったが、顔立ちや声がミーシャちゃんだった。増幅回路変換(アンプリフィケーション・チェンジ)をした姿だろう。そう言えば、ミーシャちゃんはついこの間、界理事故でノイエに飛ばされ、この青葉が出張し、所長代理になっている私設我楽団から帰ってきたと聞いたばかりだ。

 そう思っていたら、少年がミーシャちゃんに支援魔法をかけ、彼女が鎧にとどめを刺すシーンが流れ始めた。子供だけで凄いとは思うが、これがなんだというのか。

『ウワアアアアアアアアアアアアア‼ なぜだ‼ なぜ私は、“また選ばれなかった”‼』

「‼」

 ディソナンスの断末魔がはっきりと聞こえた。驚愕のあまり、かけていた眼鏡がずれるのがわかった。

「また、えらばれなかった……⁉」

「はい、そうなんです」

 青葉は静かに興奮したように話し始めた。

「今までディソナンスという敵対魔法生物が、我々人格者を攻撃する理由はわかっていませんでした。ですが、このディソナンスの発言をもとに、他の個体の記録も念入りに調べてみたところ、一定数の個体が“選ばれなかった”ことを主張していたのです」

 青年はひとつ深呼吸をして、それでですねと続ける。

「これは仮説なのですが、ディソナンスは我々に“選ばれるため”に我々を攻撃しているのではないでしょうか……更に申しますと、“また”と言っていることも気になります。まるで、もうすでに一回こぼれおちたかのような……」

 興味深い仮説ではある。だがしかし、

「そもそも、一体何に選ばれる? 選ばれたからなんだ…? 選ばれるために攻撃するというのも腑に落ちない……」

 俺がぽつりとつぶやくと、それもそうなんですよ、と青葉も頷いた。

「ですが、偶然の一致にしてはケースが多すぎる。ディソナンスの構成される魔力が、人格者から排出される魔力と成分が近い、というのも、最新の研究でわかってきたことです。ディソナンスの早期発見、被害の減少のため、今後とも更に研究を進めたいと思います」

 成程。これから解明してくることも多くありそうだ。大した知識のない俺には太刀打ち出来ん問題である。

「そうか、ご苦労。これ以上なければ下がれ」 

 団長がそう言うと、青葉は語り終えて満足したように、「失礼します」と、出ていった。あの男は趣味を仕事にしたタイプだな、と思わず半目になってしまった。俺は義務と責務、そして生活のために仕事をしているため、本音を言えば、羨ましいとさえ思ってしまうのだが。

 指令室は、再び俺たち三人だけになる。団長が、再びふぅ、と小さく息を吐き、俺たちを交互に見た。

「お前たちも、倒したディソナンスがおかしなことを宣っていたら全て報告しろ。だが忘れるな、私達の仕事はディソナンスを理解することではない。人格者を守るため、その命が尽きるときまで戦うことだ」

「無論です」

「りょかりょかりょか~」

 俺は出来る限りまっすぐに敬礼し、イヴは適当に手をひらひらとさせる。その様子に、団長は何も言わない。自我の強い人格者ほど、魔法の力が強いことを知っているからだ。それでもギッと俺達を追い出すように睨む様子は、ビリビリと電流が流れるような緊張を俺達に与えたのだった。

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