最終章 「道具」
新型
「新型メタルミュー?」
「まあメタルミューって言うか、メタルミューのガワを生かした新製品かな」
あの来襲事件から四か月あまり、お正月を過ごし四月から五年生になる祐介と私に夫から聞かされた言葉は、実に刺激的だった。
「それって遊べるの?」
「いや遊べない。それこそ、みんなを救うために動くのかな」
「すごいんだね、メタルミューが世界を救うんだね!」
「その事はまだ言っちゃダメよ」
「はぁい」
——————————メタルミューの形をした、新型。
メタルミューの体温関知に目を付けた行政機関が災害などの後の生存確認の際に、小柄で丈夫なメタルミューを採用する、と言うかつての噂話が、いよいよ本気のそれになりつつあると言う事だろうか。
地震などでビルが倒壊した際に体温を感じ取り、それこそ生身の猫のように鳴いたりするかもしれない。
「その新商品って海外にも売るのかしら」
「だろうな」
「その時はたくさんの言語を覚えなきゃいけないわね、例えばワンワンって」
「アハハハ!」
祐介は私のギャグに笑っていたが、もちろんそんな機能はない。
だがニワトリがコケコッコーとなくのは日本だけでありフランスではココリコと言うのを聞いた時は少し不思議に思い、英語でカッカドゥールドゥーと呼ぶと言われた時は大口を開けたくなった。世界はどうあがいても広いと言う事だ。
「そのために開発をしてるんでしょ?」
「ああ、これはもうオモチャの次元を通り越しているからね。それこそ多数の企業はおろかお役所様とも話があるらしい」
「すごいわね、改めて。だからもう今年から家事を減らしてもいいのよ」
「何か問題でもあるのか」
「これは命令よ、休みなさい」
祐介を寝かせてから大人二人で、酒も飲まないのにおつまみを食べながら言葉を交わす。
これから国家の命運とか言うと大げさだがそれこそ多数の人を救えそうなプロジェクトに参加すると言うのに、家事などに労力を取られて欲しくない。いくら趣味趣向だと言ってもやりすぎれば毒だ。
「でも」
「でもじゃありません、休養と怠惰は違います。あなたが仕事ができているのは誰と誰と誰のおかげです」
「政美と、祐介と、浅野君…」
「そうです。私たちの希望でもあるのです。今のあなたが誰の方向を向くべきかわかっているのですか」
「そうだよね…」
祐介もまだ配膳やお使い、洗濯の取り込み程度だが家事を覚え出しているし、夫がそれをやる必要は徐々に薄れている。最近では掃除機のかけ方まで教わっている最中で、家族の中で一番下手ながらやる気もそれなりに出て来ていた。
「とにかくその新型メタルミューが完成すれば、多くの人間を救えるのよ。とっても崇高な夢だと思わない?」
「そうだな、君にそう言われると安心したよ」
「ありがとうね。まあ正直お金も欲しいんだけど」
仕事の成功は、昇進につながる。
当たり前の話だが、夫を動かすにはそれが一番いい。家族のためにとか言う言葉は夫にとって絶対の真理であり、そこを突いても釈迦に説法でしかない。
社会的な夢と共に、お金と言う俗人的な欲望もまた立派な仕事の原動力だった。その点を徹底的にそぎ落とされている夫には、まだまだいろいろ教えなければいけない。それこそ、私の本業への復帰が伸ばし伸ばしにはなりそうなぐらいにだ。
「お金か……今度のそれは行政相手だから基本的に一般に出回る事はないだろうけどね、あるいは民間企業が買う事があるかもしれないって」
「それはそうよね」
「でもそれこそ、お金さえあれば買える代物って事だよねって」
「別にいいじゃない」
「包丁だってそれはしかりだよね」
「あなたも少しはユーモアセンス向上したじゃない」
「そうだよね、メタルミューのパーツ一つでも頭から振り下ろせば死ぬからね」
飢えるカムとか言うダジャレとしても重苦しいだけの事しか言えなかった小学校時代から比べれば、夫のギャグセンスも少しは向上した。
だがどうしても、ユーモアと呼ぶには軽くならない。軽さと軽薄さを取り違えたあの二人の罪は、正直深い。
確かにそれは、その通りだ。料理を作るために使われるのならば素晴らしいだけの文明の利器が、一体何万人の命を奪って来たのだろう。
包丁はどうあがいても刃物であり、人類が生み出した兵器である刀剣の仲間である。だからと言ってそんな物を排除していては食事を作る事なんかできない。一生電子レンジにすがって行く気だろうか。
「アルフレッド・ノーベルは自分の発明品が世界を破壊するテロリズムの道具になってしまったのに心を痛めてノーベル賞を作ったけど、平田譲賞なんて作れると思う?」
「無理だよ」
「そう。いくら物作りに優れていたとしても人間には限界がある。そんなに背負い込んじゃダメって事。もしお金を積まれてメタルミューを買われ、それでそのメタルミューが何かをやったとしてもやったのはあなたじゃなくてその買った人なの。
包丁だって本来ならば肉を切り、魚を切るために存在している訳だからね。包丁だってそんなのは本意じゃないはずなのに。並外れた天才も世の中に入るけど、並外れたバカも世の中には多いってわかるわ」
「並外れたバカ……」
「あなたが怖いのはそういう事でしょ。自分の作った商品が嫌な使い方をされるんじゃないかって。でもそれは結局買った人の責任なの。あなたが気にする事じゃないわ」
「キャッチザモンスターをやって身を持ち崩した人間がいる、一万人の内の一人を必死に探してたんだろうね」
「そういう人は何をやっても壊れちゃう。だからもっと立場の弱い存在を見つけては責任転嫁してる、私たちだってそれは変わらないけどね」
夫は、着実に成熟していた。
理屈なんて、後からいくらでも作れる。
それこそ普段より枕の位置が一センチずれていただけでも不機嫌になる事ができる程度には、人間はいい加減だ。理由があるから感情が生まれるなんてのは多分ウソで、感情に理屈を当てはめると言う事は山とある。うまく行かないのはなぜか思い悩み自分を責める事もあれば、全く関係のない他者に八つ当たりする事もある。
さらに言えば人間なんて、元々は猿だ。野生生物だ。
野生動物と言うのはそれこそ飢えと天敵との戦いを四六時中強いられているような存在だから、危機管理には人間よりもずっと鋭敏でなければならない。
だからこそ未知の存在は危険であり、まず自分たちがその事を知った上で後に続く存在に教えなければならない。そして安全と危険の二段階によって判定し、安全だと思えば勧め危険だと思えば遠ざける。
そのハードルの高低は生物ごとでも個体ごとでも違うだろうし、どっちが良くてどっちが悪いかなどはわからない。
禁断の果実を食べずにいれば、エデンの園の中で人間は幸せなままだっただろうか。だが禁断の果実を食べねば、私たちはここにいない。文明も存在しない。エデンの園の中にいる一糸まとわぬ「人間」は、私たちをどう思うか。
そんな答えなど存在する訳もない。私は、教師であっても神学者でも哲学者でもないから。ましてや、神様なんかではないから。
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