なんか知らんけど気に入られました

 山道の途中で一旦停車。私は車酔いを鎮めようと、山の新鮮な空気をその胸に取り込みます。


 何度か深呼吸を繰り返していたその時、自然の中には存在しない、ツンッ……と鼻を突く異臭を感じました。

 バッと振り返ったその先に見たものは、鼻から豪快に紫煙を噴出させているキヨっちゃんの姿……。


 お前、タバコ吸うんかい!


 私、昔から匂いに敏感で、タバコはもちろん乗り物の匂いもダメなんです。それで、よく乗り物酔いを起こしていました。

 しかし、自分で運転するようになってからは随分マシになりました。とはいえ、やはりまだまだ酔いやすいんですよね……。


 なので、そういった事情も説明した上で『タバコはやめてもらえないだろうか』と、私はやんわりお願いしました。

 するとキヨっちゃんは『風下で吸うから!』と言って喫煙を続行。


 あかん、この人ヘビースモーカーや……。


 もう、この時点で『無いな』と思ってしまって……。その後の私の態度は結構ぞんざいな感じだったと思います。

 話しかけられても『はあ』とか『へー』とか『ふーん』とか『まぁ』とか、相手に話題を振るでもなく、ただひたすらに『相槌マシーン』と化していました。


 結局、その日は朝から夕方までキヨっちゃんに連れ回され、クタクタになりながら帰宅しました。


 あれだけ素っ気なくしたんだから、きっと断ってくるだろう。


 そう思っていたら、早速、仲人さんから電話がかかってきました。

 聞けばキヨっちゃんが『私のことを甚く気に入った』とのこと。


 は? 私、あんな態度とったのに?


 気に入ってもらえる要素が思いつかず、私はしばし考えます。

 そして、今日一日、キヨっちゃんが満面の笑顔でベラベラと喋り続けていたことを思い出しました。


 要するに、私が『相槌マシーン』に徹していたことが、お喋りが大好きなキヨっちゃんにとっては、逆に大変心地よかった、ということなのです。


 私は知らず知らずのうちに、キヨっちゃんの『お気に入り』になってしまったようでした。


 グワァー、何じゃそりゃ〜!?


 あの時は本当に、空気読めよ!って思いながら、頭を掻きむしりました。


 でも、逆に考えると気を使わなくても大丈夫ってことだから、気楽といえば気楽かもしれない……。そう思い直して、私はお付き合いを続行することに決めました。


 これが私と、キヨっちゃんの出会いです。

 こんなに第一印象の悪い人と、三ヶ月後に結婚することになるとは夢にも思わなかったです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る