#16 あんた誰 見つめるふたり

《前回までのあらすじ》

・ヘ、ヘイトスピーチ!


 「…………」

 「安藤さん……」

 安藤は色素が抜けきっていた。

 真っ白なまま、ただ自室の机に頼りなく座るばかりである……もはや希望も何もないように。

 初めての敗北。

 そして相川の離反。

 彼から能天気さを奪うのには充分、だったのだろうか?

 「しっかりしてください!そんなんだったらますます相手の思う壺ですよ!」

 「肉壺……」

 「割と元気ですね」

 そういえば死ぬほど楽観的だったな、とダンタリオンは夢の話を思い出した。

 「こういうとき、誰なら助けてくれるんだ……?」

 「……神にでも祈ったらどうですか」

 「大いなる意志〜」

 「あんなもの!!!」

 ダンタリオンが悪鬼みたいな表情になった!

 「……悪かったよ」

 「あ、色が戻った」

 「……なんかこう……とりあえず背中を押してほしいんだよ……」

 「なら善行でもしたらどうですか」

 「残業?」

 「ちがう」

 「そんなことしてどうすんだよ」

 「世の中案外いいことしたら回り回って自分のためになるんです。ならなくても、そう思えば、そうなるんです」

 「……なるほど!いいことしたらなんとかなるのか!そうと決まれば早速!」

 「え?ちょ、待って!待ってください!」

 ダンタリオンを置いたまま安藤は飛び出して行った。

 偽善者まるだし!


 

 一方その頃例のビルでは!

 「ふーん、それであんたがアスモデウスってわけ」

 「そうなるね」

 相川がいた。

 「……何がどうしたのだ、貴様」

 ベルゼブブはどこか悲しげな視線を送る。

 やはり認めた相手がこうも激変すると、流石に感じるものがあるのだろう。

 「別に?私は何も変わってない。ただ出てくる部分が変わっただけ」

 「本当か?」

 「信じてよ〜」

 「んが」

 「ふふふ」

 「……なぁ、西宮は?」

 アスタロトが遅れて入ってきて、怪訝そうに言う。

 「出ていったわよ、『徳を積む』って」

 「———あいつ!!!」

 「要件は今進まないみたいだね、私帰る」

 「おい待て」

 「私あんまりあなたたちに協力する気はないから、私はただ愛を伝えたいだけ」

 「純情乙女ね」

 「変わってなかった」

 「んがが」

 「おいって!」

 「アスタロト、君、私を止められるの?」

 アスタロトは口をつぐむ。流石に火力が高すぎて相手にならないのだろう。

 「大変な時は手伝うから、じゃーねー」

 手を振りながら去っていく。

 「西宮ァッ!」

 アスタロトはブチギレながら続いて出て行った。

 「……そういえば、西宮って何しようとしてんのか知ってる?」

 「世界平和じゃないのか」

 「んがぐ」

 「そういうことじゃなくて、それを完了するために何をするのかって話よ」

 「さぁ」

 「ぐごぉ」

 

 再び戻って安藤は!

 「ぶち殺すぞゴルァ!」

 「ひったくりが出た!」

 「キメてんだろ?くれよ……」

 「いやぁ今日も街は平和だなぁ」

 そんな荒れた街を横目にゴミ拾いをしていた。

 「言ったら貸してくれるもんだな」

 安藤は先ほど町内会の頑固そうな爺さんにゴミ拾いしたいと言ったらあの挟むやつと袋をなんか貸してくれたのだった。多分割といい人。

 「タバコの吸い殻とストゼロの空き缶しかねぇや」

 仕方がないので二つの袋を使うことになる。みんなもしっかり分別しよう。

 そのまま続けてその辺の缶に挟むやつを伸ばす———。


 ———すると、見知らぬ人のはさみとぶつかる形になった。


 安藤はその相手の方を向く———。

 金髪で毛先は黒い。目先は鋭く、悪人のような印象を与える。制服には見覚えがあった。この辺でも屈指の進学校である私立高校だ。それなのに自分ときたら……とか考えていたが、しかし何よりも———


 ———彼が悪魔であることを、その瞬間に感知した。


 しかしそれは例の男———西宮光来も同じである。なんか目の前に現れた男は、そこそこ整った顔をしてこそいるが、なんか全体から滲み出るアホっぽさがあった。しかし彼は悪魔なのだ———人は見かけによらない。悪魔———オーバーロードという区別はつかないためどうしょうもない———に見かけがあるのか、という話でもあるが。


 ついに二人は出会ったのである。


 しかし二人ともオーバーロードである。

 そのため相手が悪魔であることはわかるが……なんの悪魔であるかはわからない。


 (なんだこいつ……俺と同じように救いを求めてこんなことしてんのか?)

 (悪魔……にしてはアホそうだな……なんでこんなことをしているんだ?)

 「どうぞ」

 西宮が譲る。

 「あぁ、ありがとうございます」

 安藤は礼を言って缶を袋に入れた。

 (なんだ……?言わないのか?悪魔だろお前と)

 (悪魔だということは俺が何者かわかるということだ……『溜まる』までとにかく曖昧にしなければいけない……)

 「ままー、あのお兄ちゃんたちずっと見つめあってる」

 「素晴らしいね」

 「なにが?」

 (一時間くらいしたからなんか腹減ったな……そういやその辺になんかキッチンカー広場があったな……)

 (三時間くらい経ったか……そろそろ栄養補給しなければ)

 二人してその方向に歩き始めた!

 「……普段からこんなことしてんの?」

 「まぁ、やっぱり綺麗な方がいいので」

 「へ〜」

 (悪魔なのか⁈悪魔なのかこいつ?)

 (ごくごく普通の男子だ……何が目的だ⁈)

 オーバーロードはそもそも珍しい。

 そのため二人ともあまりその考えには至らなかった……まさか相手側にオーバーロードがいるとは思えない。


 その広場は数台のキッチンカーと、数セットの白い安っぽいプラスチックの机と椅子で構成されていた。

 キッチンカー自体はたこ焼きやらタピオカやら……そこまで意識の高そうなものではなかった。だからヤンキーの家族がその辺で食っているのかもしれない。

 安藤と西宮は二手に分かれた。

 「サイダーとたこ焼きください」

 「オレンジジュース、お好み焼き」


 ((正反対だな……))

 そう思いながら何故かテーブルに向かい合って食っている。

 何故か運悪く人が多く、テーブルがひとつしか空いていなかったのだ。

 別に他の場所に移って食うこともできた。

 しかしちょうど使おうと鉢合わせてしまったのだ……そのためどうぞどうぞと言うとそちらもどうぞという儀礼的なカウンターが決まってしまうのだ。自動的に。

 (えぇ……)

 西宮は少し引いた。

 安藤は、たこ焼きのタコを取り出して食ってから、残りの部分を食べていたのだ。

 (ふーん)

 安藤も少し気になる箇所があった。

 西宮は、お好み焼きをピザのように等分して食べていたのだ。

 ((変な奴……))

 膠着状態は続く。

 終わりはくるのか?


 

 「まさか呼ばれるとは思わなかったわよ」

 

 何故だかダンタリオンをサタンが持っている。

 やむを得ない状況であったため、近場で一番悪魔でありながら対して何にも興味がなさそうなのは誰か……?という話になると必然的に彼女になったのだ。

 無論呼んだら来た。

 本当に憤怒を司っているのだろうか。

 「あ、あの辺り!」

 「あらキッチンカー」

 

 「あのバカ!」

 アスタロトは怒り心頭である。何かしようとしたらいつも西宮に邪魔されているような気がする。しかし彼に主導権を握られているためしょうがないところもある。

 それはそれとして主導権を握られているが故にダンタリオンほどではないにしろ、西宮の居場所はある程度割り出すことができた。

 そしてアスタロトもたどり着いた……運命の遭遇である。


 「なっ!」

 「ワッ!」

 「肉巻きおにぎりだ」

 

 アスタロトとダンタリオンとサタンが目にしたものは———


 「王手」

 「参りました」


 ———将棋を打つ安藤と西宮であった。

 ちなみに安藤が王手を打った……馬鹿の割にそういうのは強いのだろうか?


 「安藤さん!」

 「西宮!」

 「肉巻きおにぎりふたつ!」

 二人が同時に二人を呼ぶ!サタンは店の大将を呼ぶ!

 「そいつは七つの大罪の強欲!マモンです!」

 「そいつがグラシャ=ラボラスだ!」


 「「な、なんだとぉ……」」


 二人して汗をかく。その割にはなんか二人とも落ち着いている気がする。


 「あんたが、敵の親玉ってことか?」

 「お前が、悪魔を襲う悪魔」

 「……」

 「……」

 二人してずっと向かい合っている。

 戦え!

 「……なんかしないんですか?」

 「そうだぞ西宮、どうなると思ってるんだ」

 「……お前、バアルと違うなら、何が目的で俺に刺客を仕向けている」

 「……簡単な話だ、全ては世界の平和のため」

 「……悪魔を操るためにダンタリオンがいる、とかじゃないだろうな」

 「……ご名答だ、お前は邪魔なんだ!」

 「なんだと!」

 「そうなんだよ!」

 「びっくりだな!」

 「ほんとにな!」

 「なんでそんな掛け合いをする」

 「西宮、どうしたんだお前」

 「……その平和な世界ってのは、どう平和なんだ」

 「簡単なことだ———


 ———この世から民族・宗教・気候……全ての違いを消し去り、真っ平らな世界を作る。そうすれば争いも、差別も、全てなくなる」


 「「「な、なんだと!!!」」」

 「二個は多いわね」

 サタンは驚愕する三人を横目に肉巻きおにぎりを食らう!中がおにぎりというよりお餅だから食べ応えがすごい!

 「西宮!お前そんなこと!」

 「え?言わなかったか?」

 「ガチで知らない顔!」

 「……安藤さん……」

 「西宮、お前の言うことも一理、二理、三理、四理……」

 「増やすなよ」

 「あるが、だが、ひとつ質問をさせてもらおう」

 「ああ」


 「———その世界に、エロ漫画やAVは存在するのか⁈」


 「———グッ……」


 本気で悩む顔の西宮!多分あんま考えてなかった!なくなると困る!

 「そんなに悩むなら、やめとけ!」

 「なんだと⁈」

 「いや……一回やると多分めんどくさそうだなーって……」

 「あー……」

 「いちいちそういうトーンにならないでくださいよ」

 「せっかくの山場なのに」

 「残りは持ち帰るか……」

 

 「だが!俺はこれを曲げるわけにはいかん!来い!安藤!俺の理想で、貴様をねじ伏せる!」

 「だったら俺は押し潰してやるよ!」

 啖呵を飛ばし合う二人!

 そしてまた向かい合う時間が始まる。


 (……なんだ……?)

 (二人して、何をするつもりだ……?)

 ダンタリオンとアスタロトにも緊張が走る。何考えているかわからない二人だからだと思う。

 そして西宮の口が開かれる、


 「———水飲んでいいか?」

 「———どうぞ」


 二人してひっくり返った!

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