#05 スロスロ・スローンズ

《前回までのあらすじ》

・レターパックで送る。


 「ねぇ……何話したんですか」

 「さぁ……」

 安藤の自室である。

 そこで……何故だか安藤は正座で佇んでいた。

 「そうか……ダンタリオンは知らないものな……安藤の言ったことを」

 「何を吐いた?」

 「そういった臭い言葉かもしれない。だが安藤は受け止めてくれた。私のことを」

 「あぁそうだとも!」

 「鼻息荒いぞ!アホ!」

 「あれは昨日のことだ……」


 「なぁ安藤……」

 この町は都会といえるものではない。そのためか……人はあまり座っていなかった。

 その時のみ、電車は二人だけの世界とも言えた。

 「私が悪魔をまた殺そうとしたとき……お前はどうするんだ」

 「ほへ」

 「私は、この手で、誰かをまた傷つけてしまうかもしれない」

 「はにぇ」

 「お前は……本当に、止めてくれるんだよな?」

 「はほん」


 お察しの通り。

 安藤は寝ぼけていた。


 「……すまんな、ずっと同じこと言って」

 「うん」

 「辛くなったら、話しかけてもいいか?時間が許す時でいいから」

 「そんなこと、いつでもいいよ……聞くよ……菊代……」

 「本当か?」

 「……俺が守ってやるけん、心配すんな……」

 「……電話もいいのか?」

 「……ガタガタ言うな!言いたいこと言わんば伝わらんやろ!」

 「そうか……」

 「……僕が君のずっと鯖にいるよ……」

 「……ありがとう、安藤……」


 「どうだ」

 「どーだもこーだもあるんですかね」

 「あぁそうだ!ここに愛がある!」

 「……おっともうこんな時間か、ありがとう安藤、また連絡する」

 「あぁ、じゃあな」

 そして相川は部屋を出て行った。

 「……何が何?」

 「いやァ……疲れてて、全然何も考えられなくってェ……」

 「なんですかあのガタガタの台詞は」

 「最近昔のドラマ見ることにハマってて……おぼろげに出たのがそれしかなかったんだと」

 「いや、いいんですよ?別に彼女が落ち着いたならそれで。ただ、なんかこう……」

 「なにさ」

 「腹立つ」

 「逆恨み」


 一方その頃いつものビルでは。

 「まさかレターパックで送られてくるとは」

 「一生の不覚でございます……」

 でかい封筒から顔を出す、真っ赤なレラジェがそこにいた。

 同時にいつものように、肥満体の男性がそこで寝ていた。

 「やはり、相手を引き込むのが重要だと思われます」

 「どういうことだ、フォカロル」

 「これまでは相手に向かっていくタイプばかりでした。流れを変えるには、相手を誘導するタイプしかございません」

 「なるほど」

 (なんか軟化したな……)

 フォカロルは不思議に思ったが、顔には出さなかった。

 「これを使うのは最後にしようと思っていたが、状況が状況だ、こいつを使う」

 バアルの右手のひらに、謎のエネルギーが球をなして留まる。

 「それは」

 「ブネだ」

 「ああ……」

 よりによってそいつか、という感情がフォカロルの眉間にどうしても現れてしまっていた。

 手のひらを肥満体の男性の額に合わせる。

 いつもの痙攣が起こり、男はブツブツ何かを発しながら起き上がった。

 「893か……?いや194かな……?」

 「相変わらずギャンブル狂なのね、ブネ」

 「……フォカロル、レラジェ、それにバアルか……今何年だ?」

 「2023年よ」

 「あー!クソッ、また賭けられなかった!」

 「何を言っているんだ」

 「こいつ憑くたびにギャンブルに賭けるんですけど、毎回結果が出る前に剥がされてたんです」

 「同情はしないぞ」

 「にしても、妙に科学が発達したと思われる部屋だ」

 「ええ。今なら携帯からでも賭けられるわよ」

 「本当か!こうしちゃおられん!」

 「待て、グラシャ=ラボラスとダンタリオンを見つけて、それから賭けろ。そうでないと連れ戻すぞ」

 「あーはいはいわかりざんした!」

 ブネはその巨体を揺らしながら部屋を走り去って行った。

 「大丈夫なんだろうな」

 「信じましょう。欲望の行き先を」

 苦しみながらレラジェが顔を出した。

 「……私の分の馬券は……」

 「「お前もか」」


 「反応はここから出ています」

 「ここっ、て」

 彼らはパチスロ店の前に立っていた。

 この辺では一番でかい。

 「俺パチスロ嫌いなんだよ!金バンバン吸われるらしいしよぉ」

 「初めて貴方がキレてるの見ましたね」

 「あんなもの、滅びればいいんだ……ここからいなくなれ!」

 「発狂しますよ」

 

 すると何か人だかりが、集団で移動してやってきた。

 「なんだあれは?屋台か?」

 「いや、あれは!」


 「よってらっしゃい見てらっしゃい、楽しい楽しい福引だよ!」


 何やら豪勢な屋台がやってきた。

 それを引っ張り、はっぴを羽織って大声で叫ぶ、肥満体の男性……それこそブネであった。

 「あれがブネです!」

 「テキ屋なんだ」

 「突っ込みましょう」

 「仕方ねぇ」


 人だかりに揉まれながら、安藤とダンタリオンはその屋台の中に向かう。

 「ん……あれはまさか!」

 安藤が、その先に何かを見つけた。


 「『ジサツのための101の方法』!『ジサツのための101の方法』じゃないか!」

 「お客さんお目が高い……見つけたぞ、グラシャ=ラボラス!」

 「誘導でしたか!」

 「初めて現物みた」

 「……ククク、ちょうどいい、俺と賭けをしようじゃないか」

 「なんだと?」

 「お客さんがた、すみませんが今日は店じまいです!すみません!」

 人だかりは散っていった。

 「俺の使命は賭け事の勝ち負けのバランスを取ること……勝つことと負けることの、本当の割合を求め続けるのが仕事さ」

 「利益を求めるだけだろ」

 「だが出せるだけ出した人間にはしっかりと報酬が与えられる……ある種何よりも公平なものだ」

 「そうかな?」

 「わかりません」

 「そんなせいか俺の能力も公平なものなんだ……出でよ!」

 ブネはその肉付きのいい腕を天に掲げた。

 すると、何かが空から落ちてきた。

 思ったよりも重くないのか、大して何かしらの傷を車道には与えなかった。

 金ピカに輝く素体、そして三つの絵付きのリール、それにある種軽そうなレバーがついていた。

 「スロット!」

 「そうさ!これが俺の能力さ!」

 「じゃ帰るね」

 「おバカ!」

 「そうだぞ!これじゃないと俺止められねぇんだぞ!」

 「うるせぇ奴だな」

 そう言うと安藤は高速移動した。

 しかしブネに攻撃を加えようとすると、何故だかバリアが貼られていたのか、攻撃が何かに阻まれてしまう。

 「どういうことだ!」

 「言ってんだろ、回してみることだ」

 「くそう……」

 とにかく安藤はそのスロット台に近づく。

 しかしそこにわかりやすい投入口はなかった。

 「どうやって回すんだ!」

 「『なんでもいい』のさ。とにかく何かを対価として出してみろ」

 仕方なくポッケをあさくる安藤。

 「じゃあこの10円」

 彼の手に握られた十円玉は、どこかに消えた。


 するとスロットが回り出す。

 

 「目が回る」

 「そこにあるボタンで止めてください」

 とりあえずデタラメにボタンを押す。

 すると、ナイフの絵柄が揃う。

 

 その瞬間、ナイフがブネの脳天に突き刺さった。

  

 「わぁ」

 「ひぇ」

 クックック、と血をブシャブシャ吹き出しながらビネは笑っていた。

 そこからあまりダメージがないこともわかる。

 「そうさ!こうでなければ俺にダメージを与えられないってわけさ!」

 「しかしナイフの一本、悪魔にとってはどうといった傷でもありません」

 「……出したものの対価によって、出る目も変わっていくってわけか?」

 「あぁそうさ。ベットの問題だよ。あと、もしかしたら、出目でお前にいいことが起こるかもな」  

 「俺にいいこと?」

 「試しにそれなりの賭けをしてみな。全てはそっからだ」

 「じゃあ俺はこの財布を賭ける」

 財布を安藤は出した。

 すると財布が消えた!

 そしてスロットが回り出す!

 なんか古臭い美少女の目が揃い始める!

 「……まさかこれは!」

 「そう!そのまさかさ!」


 安藤の手元には、『ジサツのための101の方法』が、現れていた……。


 「財布に一万しかなかったのに、十万のものが……」

 「おっと、攻撃じゃなかったな残念残念……さてどうする?」

 「お前を止める———」

 「さすがです」


 「———欲しいものを得た後でな」


 「だめだ!これは!」

 「俺は欲望は否定しない……来い!グラシャ=ラボラス!」



 それから数時間が経った。

 相川陽奈は買い物を頼まれていた帰りに覚えのある匂いを感じて、その方向へと向かった。

 なんでわかるのかは知らない。


 「な、なんだこれは!」

 相川は驚いた。

 行った先では、なぜか空にでかでかと安藤が、透けた顔で笑っていたからだ。

 「わ、私を置いていくなーーー!ばかやろーーー!」

 「死んでませんよ」

 「ダンタリオン」

 肥満の男が少し引いた顔でそこにいた。

 「悪魔」

 「俺の能力で対価を使いすぎて、ついに身体を捨てちまった」

 

 『わりぃ———なんかくれ———倍にして返すからさ———』

 

 「優しい声ですけど、ただのクズですねこれ」

 「な、なんだ……多分切っても無理なんだよな、安藤」

 

 『———そう———そこのスロットを回さないと駄目なんだ———だからなんかくれ』


 「そ、そうか!な、なんでも出すぞ!言ってくれ!」

 

 『———なるべく———価値の高いものを———出せ———』


 「ひどい態度だパチンカス」

 「じゃ、じゃあこの………」

 そういうと、彼女はブローチをどこからか出した。

 「死んだ祖母が、小さい頃に、晴れ舞台の時につけろって……」


 『やめて———胸が痛い———』


 「人の心があったか」

 「俺こんな情けない奴初めてだよ」

 「だ、駄目なのか?」

 

 『もっと———わかりやすいもの———』


 「じゃ、じゃあ、この買ったチョコレートで、お前のために祈る……」

 「「平和だ!」」

 

 『心が———浄化される———』


 なんか安藤は消えかけていた。

 「安藤!安藤ーーー!」

 するとおもむろにスロットが回り始めた!

 「え、えと、どこを押すんだ?」

 「あぁそれは……」


 『———回り始めて五秒後に一番右———その次に三秒ごとに真ん中、左———』


 「必勝法はねーぞ」

 「くだらない方法ですね」

 「わ、わかった」

 相川は言われた通りにした。

 将来悪い男に捕まらないで欲しい。

 「わ、わからん……安藤、なんだこれは」


 『俺も———初めて見た———』


 出目は『?』である。何が起こるか分かったものではない。

 すると、スロット全体が光り始めた!

 

 「ま、まさかこれは!」

 「天文学的な確率で起こる!」

 「「ジャックポット!!!」」

 

 「邪悪ポッド?」

 首を傾げる相川。

 思った以上に世間知らずなのかもしれない。


 光がおさまると、そこには元の姿の安藤と、その他諸々の彼の持ち物が現れた。


 「あ、安藤っ!心配したんだぞ!」

 相川が抱きついた。

 

 するとスロットが回り出す。


 「え?何で?」

 ビネは困惑するが、出目はマシンガンであった。

 マシンガンが数十丁彼を取り囲み、一斉射撃を開始する!

 容赦なく彼は蜂の巣になった!

 「な、なるほど……愛は無限ってわけかい……その勝負、勝てよ、お嬢ちゃん……」


 ビネは血を流しながら、その場に倒れた。


 「……まさか、愛がリソースも無限で価値も無限とは、恐ろしいことですね」


 「安藤っ、安藤っ」

 「痛い痛い痛い背骨折れる!」

 

 ダンタリオンは見つめる。

 敵じゃなくて本当に良かったなと。

 


 いっぽうその頃、バアルはひたすらに、社長室の冷蔵庫を漁っていた。

 あるものを探していたのである。

 それは元の本人の好みも同じだったためか、程なくして冷蔵庫の中に大量に見つかった。

 彼はそれを嬉しそうに封を開け、歯で切り離し、口の中でゆっくりと溶かした。

 なんとも柔和な表情である。こんなにも人間の身体を堪能したことはなかったかのようだ。

 彼をそうさせたそれは———。


 「ふふふ、ふふふ……」


 板のチョコレートであった。


 (歯磨きとか分かってんのかな……)

 陰から見ていたフォカロルは少し不安になった。

 嬉しくはある。

 

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