平安女子のイケない食卓

第4話 ご縁とは何ですか？

「まぁ、それでも、女人にとっては、……ご縁のあった方と、なるべく長く、仲良くやっていけることに越したことはありませんね」

　と、小萩は言葉を続けた。

　しかし、若い桔梗には、これからのことを考えると、そんな綺麗ごとでは済まされない事情があったのだ。

「……でも、ご縁と言っても、いろいろあるでしょう！ 」

　桔梗が反論するように、口を挟む。

「一口に殿方と言っても、身分はイマイチでも見た目が優れて良い方が好きな女人（ひと）もいるでしょうし、逆に、見た目はパッとしなくても、ずっと身分が上の方でなければ我慢ができない女人だっているでしょう？

　……それなのに、周りが勝手に話を進めようとするなんて、

　……ご縁というのは、一体どういうものなのですか？

　私達のような立場の者は、自分で勝手に結んではイケないのでしょうか？ 」

　思わず、自分の抱えている不安を吐き出してしまったのである。

「私が聞いた話では、ご縁というものは、本来、もう生まれる前から決まっているものだそうです。

　……とはいえ、それでは心許（こころもと）ないですよね。

　……うーん、実は私にもよく判らないのですが」

　小萩も答えに困っている様子だ。

「それでも、まかり間違って妻になったなら、他の女の所に行って、通わなくなるまでは、……」

「……女人から別れるわけにはいかないのですよね！ 」

『誰に聞いても同じような答えが返ってくる』

　そう思って、桔梗はがっかりした。

　実は、まだ成人したばかりの桔梗にも、すでに縁談の話が持ち込まれているのだ。

　それも父・頼光と比べて、随分と身分が上の人物との話である。

　それは、何を隠そう、藤原道長の異母兄である藤原道綱（みちつな）との婚姻だった。

　道綱というと、道長と違って愚鈍な人物だったようで、実際にいろいろな失敗談が伝わっている。

　だが、道長にとっては義理でも兄である。何か大きな失敗をしたら、己の沽券（こけん）にも係わるから、何とか支えようと思ったのかもしれない。

　そこで白羽の矢が立ったのは頼光だった。

　つまり頼光のような＂兵（つわもの）の家＂、つまり武官や武人を多く輩出しており、有事の際には兵としての要請にも応じれる一族の者を舅（しゅうと）にすることで、他の者らに侮（あなど）られないようにしたかったのではなかろうか。

　そして、頼光にとってもこの話が成立すれば、今一番、力のある権力者と結びつくことで、対抗勢力（他の兵の家）から襲われにくくなるというメリットがあったのかもしれない。

　確かに理論上では、ウインウインの関係かもしれない。だが、話がこのまま進めば、桔梗は四十代半ばの男の後妻になってしまう。

　因みに、道綱は、父・頼光より七歳程若いだけである。

「あぁ、もう、……腹立たしいこと！ 」

　そう言うと、桔梗は膳の上で綺麗に山型に盛られている飯に向かって、グリグリと箸を刺し始めた。

「ああああ！ ……もう 」

「あの、桔梗様、・・・・・・ちょっと、はしたないですぞ！ 」

　慌てて小萩は声を掛けたが、

「あぁ、……女人などに生まれたのが間違いじゃ、口惜しい。……男任（おとこまか）せの人生など！ 」

　桔梗の怒りは収まらない。

　確かに、平安時代の飯は、わざと沢山盛って、それを箸で崩させることで歓待の意を表していたそうだが、それにしてもヤリ過ぎである。

　まるで子供のようだ。……小萩はそう思った。

『いや、待てよ！ ……子供というと、桔梗はちっとも昔と変わってないのではないか？ 』

　一瞬、小萩の脳裏に懐かしい記憶が蘇ったのである。