第5話


ああ、善い人よ、今や≪私は死んだ≫という、例のあのものがやってきたのだ。


この世界から外へ行くのは汝ひとりではないのだ。


死は誰にでも起こることである。


この世の生に執着や希求を起こしたとしても、この世に留まることは不可能である。


汝は輪廻りんね彷徨さまよいつづけるよりほかないのだ。



※川崎信定訳『原典訳チベットの死者の書』筑摩書房、1993 26p




1.

―――なぜ生まれてきたの?

 解らない。

―――なぜこうなったの?

 知らない。

 

 私は、“悪役令嬢テンプレ”になった。

 生前の記憶は有る。けどそんなに思い出したく無い。毎日同じ事の繰り返し。仕事だけで人生終わるのかなって、彼氏も居ないし、推し活してても結局液晶画面から人肌の温もりは感じない。


 33歳になった。

生きて食って、この繰り返し。

 「生きてくって、こーゆうことだっけ」

 昼休みに、屋上にマグカップひとつを握り込んで、あてもなく空を見上げていた。

 「あたしも、生まれ変わったら、人生チート主人公で成功したりできるのかな」

 最近電車の中でぼーっと眺めていたら、いつの間にかネットの小説サイトでお気に入り登録上位の転生ものばっかり読んでる様になっていた。


 最近はまってるのは、悪役令嬢転生。ゲームの世界とか、或いは異世界の高貴な家に生まれて、そこで前世の記憶をもって転生するんだけど、そこで思わぬ神様から貰った力で、どんどん周りを巻き込んで、そしてだれからもバカにされることはなくて、無双する。

 「落っこちてみたら、意外といけるかな」

 そろそろ昼休みも終わる。

 だったら、少しくらい無茶してもいいよね。

 急に衝動が来た。このままフェンスを乗り越えて視たら、二次元の壁を突き破って、画面の向こうの世界に行けるかもしれない。何時も私が見てきた、イケメンの貴公子とかがいる美しい二次元の世界へ。

 私は知らぬ間にパンプスを脱いで、運動神経ないくせしてフェンスをよじ登っていた。

 ガシャガシャと音を立てて向う側へ跨った姿を、同期や先輩たちが大声を上げて視ていた。

 私を飲み会に呼ばなかった先輩、私に何も言わずに地下アイドルの趣味を内内のグループのSNSでばら撒いた同期。

 きゃーっと悲鳴が聞こえたのが、私のとっての飛び切りのホイッスルだった。

 「バイバイ」



2.

「カルムちゃん」


優しい母の声が聴こえる。


 感じたことの無い程のあったかい優しさと、そしていつも私を抱きしめてくれる。

 私は前世の記憶と人格を兼ね備えてこの貴族の家に生まれ変わった。


 飛び降りている最中のことは記憶にない。だけど、自分自身の声と話し合った事は憶えている。なぜ生まれてきたの、なぜこうなったの、恐らくは、まだあっちの世界に悔いがあったのが走馬灯みたいな感じでうすれてく意識の中でフラッシュバックしたんじゃないかな。


 「うあ~っ」


 いくら天啓スキル“月夜の煌めき《モンガータ》”があっても前世の記憶を引き継いだとしても、やっぱり見た目の通り赤ちゃんだから、喃語なんごでしか会話することは出来ない。

 いや、ぶっちゃけてしまえば、テレパシー的な感じで直接脳に話しかけてもいいんだけど、小さい時からこんなにお世話になってるし、私の人生を限りなく幸せいっぱいにしようとしてくれてる母を驚かせてしまうようなことはしたくない。


 赤ちゃんでも結構生活困んないし、意外と気に入っているからこのまま来た。ただ間違って生後三か月なのにおいでえーと呼ばれたときに、勢い余って立ち上がってしまって周囲をゾッとさせてしまったのはさすがにやらかした。

 

 私は常に最高の扱いを受けている。

 常に24時間見守り専門の訓練を受けたメイドたちが私をお世話して、特別な結界を張って能力を抑えてくれてる。幼児の時からとんでもないほどの”真我アートマン”の鼓動が強い。それはそうだ。いきなりおぎゃあと産声を上げた瞬間に、半径30㎞程の空間をを起こして破壊する程の力があったんだから。



3.

 今は18歳になって、学園生活はどうかと言えば。


 「最悪」

 

 どういうわけか、私はたった一つのによって、いつの間にか学園では目を付けられる存在になってしまった。別に好きでした訳ではない。たまたま私が強すぎてそうなってしまったのだ。

 

 カルム・ファーレンハイト。それがこの世界での私の名前。

 母はイズン・ノクタ・ファーレンハイト。一級魔導士として長年帝国騎士団の円卓の騎士アポストルたちのフォロー役として活躍してきた。 

 華々しい肩書と、兼ね備えた天啓スキル。そして、最も美しい人間とも称される母。私もそのたぐいまれなる容姿と力を受け継いでこの世に転生したから、当然嫉妬されてイジワルしてくるおつむの弱い下級貴族たちの子はいる。

 

 「カルム!」と、廊下を歩いていると、お決まりのパターンに突入した。

 金髪の長い絹糸のようなきらめきを、態度に反比例して振り乱しながら、彼女はやってきた。学園ゲームでいえば、名前を記入するタイプのヒロイン。

 円卓の騎士アポストルのメンバーで、希望のバルトロメイの席に付く月桂冠ゲッケイジュの女神、エイル・サンドラ・モーガンの親友で、皇族シュティッヒ家の当主の妻、トスゥーム・ブルレット・シュティッヒの一人娘。

 同じ魔導士専攻のアイネちゃん。彼女と取り合い(?)をしてるのが、貴公子で、次期円卓の騎士アポストルの最終選考の候補として名高い学園一番のイケメン。

 最近、オフェーリア様が奴隷の親子を神託によって拾って育ててるとのことで、"運命の子"リュッカをめちゃくちゃに嫌ってる人権意識皆無なんだけど。



4.

「あなた…私に恥を掻かせていい度胸ね」

 「うん~…そんなつもりないんだけど。やっぱりまだ怒ってる?」

 「へえ……そもそも自覚すらしてないってつもりね……」

 腕を組んで私に眉をしかめる。

 この流れ正直飽きたんだよね。どーせいつも気圧けおして終わるっていう。

 「あ~はいはい」

 「悉曇チェック!」

 両掌を翳して、彼女は私に魔法陣を浮き出して、攻撃魔法を整えるが、かなう筈もない。

 「視てるのに、攻撃するの?」

 「え……?」

 「あたし、

 真後ろに立って、肩をポンと打つと、そのままへなへなと倒れる。

 「あんましもめ事起したくないんだけどなあ」

 学園の皆がぞっと私をバケモノを見るみたい目を向けてくると、私はいつものように庭園に向かった。




×××

 「ゴブリンかあ……」

 あてもなく鳥の囀りを聴きながら、左掌に日刊交霊新聞をホログラムのように浮かびあがらせて、最近のゴブリン被害の記事を読む。

 ゴブリン、それは最も穢れる獣のこと。ここに来る前にも、ゴブリンっていうと、女の人を洞窟に連れ込んで……ってやつの意味だったけど、この世界でもそうだった。

 普段は森の中に住んでいて、絶えずそこに迷い込む罪なき女性たちを誘拐して洞窟の中に引き込む。

 私のお母さんも最近はゴブリン達に付け狙われている。

 ゴブリンは基本的には女性のみしか襲わない。決して男には手を出すことはしない。女性だけが奴らの餌食なのだ。もちろん、お母さんはそんなことをお構いなく根こそぎやっつけるんだけど。

 「ゴブリン退治でも、やってみるかなあ」

 帝国騎士団の急募で、ゴブリン討伐の遠征が行われるらしい。その遠征軍の総隊長としてデボラが居る。あたしの友達で、最近オフェーリア様の護衛に付いてる子。

 「デボラ、元気かな。久々に会いたいし。ちょっと経験値上げるくらいの感覚に……やってみるか」

 あたしは、そのまま新聞に記載されてる応募先の刻印にメッセージを添えた呪文を送付して、登録完了させた。

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ぽっと出異世界チート主人公に人生奪われたので全力で取り返す 贋作偽筰 @GANSAKU

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