1 プライムコロニーにて

 宇宙開拓時代到来、だが。

 人類が未知の開拓地として地球の大地から見上げてきた宇宙は、ロマン溢れる空間にはならなかった。人類は争いを地球全土に振りまき、国家や、多くの者が汚れた地球に見切りをつけた。彼らは、宇宙に、月に、果てはテラフォーミングが始まった火星にまで生活圏に望みを託した。

 アースリジェネレーション計画。

 当初は地球の環境再生を待つ間に代替物を得て生活圏を得る計画であった。しかし人類は火星という安定した生活圏を得て、傲慢となった。先人の火星開発労働者を押しのけ、政府機能を移した計画主導者たちの子孫、地球再生委員会。自分らを特権階級とし、火星という遠方から地球圏のコロニーを支配し始めたのである。

 委員会と地球圏コロニーとの戦争が始まるのは遅くなかった。

 月は委員会の地球圏での砦として戦争の橋頭保となった。

 地球を飛び立ち200年余り…人類は未だ戦いのしがらみから抜けられなかった。

 数度の戦い、数百の小競り合い。休戦や停戦を経ても尚、根本的な解決に至らないまま、歴史の時計は時を刻み続ける。

 9度目の戦争が終わり、月が委員会の支配域に戻って数ヶ月。

 地球圏コロニーは、それまで宙域作業機を戦闘用人型兵器へと進歩させるに至り、実戦配備へと進み始めた。

 火星とコロニーの争いの10度目が近づきつつある中、とある定期船が火星から月へと進んでいた。



 定期輸送船クレマル。委員会の正規軍が運用する月と火星間を往復するいくつかの輸送船の一隻である。

 およそ二十日程度で火星から月へ物資や人員を運び、同じくらいの期間で月から火星へモノや人の輸送を行う非武装半民間船である。

 この時のクレマルは明らかに多くの人員を乗せていた。

 これら人員が今度のコロニーとの戦争への人員増強のためだというのは明らかで、船に乗る士官候補生3人もそれに気付きながらあえて口には出していなかった。

 彼らは一様に火星のスラム出身。それぞれ高額な学費を出して入学し、それなりの成績を修めても、生まれの階級はモノを言う。他の士官学校卒業生が火星圏に残る中、彼ら3人だけが月への配属になっていた。

 しかも首席卒業生と次席卒業生がいるのだから余計にそう思うのである。

残り1人、及第点ギリギリ卒業の青年はマイペースに紙媒体の本を読み続けていた。

 名は、リースター・ヴェルジェム。黒髪で黒目、中肉中背、物静かそうな雰囲気であること以外は特徴のない青年である。ただ、彼の側には無重力故に漂う一つのモノがある。

 刀。専門的には太刀と言えるだろうか。黒い鞘に収まった、この宇宙時代には不釣り合いな武器がリースターの特徴であり、親から受け継いだ大切な形見の品であった。

 彼は縦書きで書かれた文庫本を表情を変えることなく読み進めている。

「飽きたー!ねぇ飽きたー!」

 と子供のように言葉を繰り返す金髪の青年に目もくれない。

 彼の名はラルヴァ・シーゼン。フォボス士官学校を首席卒業した希有な青年である。人の良さそうなたれ目で、顔つきも美麗であるが、所詮見た目だけ。感情豊かに、我慢できないことを我慢できないと彼は直接的に言葉にする。

「だぁっーとれ!」

 うるさい黙っていろ、という意味ではなくまだ終わってないという意味で言うのは、ラルヴァの対面にいる黒髪の青年。ラルヴァと対比して野性味がある吊り目の青年は、ローク・オレント。

 電子チェスの盤面を睨みつけ、チェックされた黒のキングの逃げ先を必死に悩ませている。この船に乗った後で始めたゲームだが、始めた時は勝っていたロークも、ラルヴァが慣れると負け越していった。

 ラルヴァはおおよそ勝負事に関することは天才的である。

 リースターは、ラルヴァを天性の才能、ロークを努力の人と思っている。単純にロークの方が劣っているわけではない。彼は狙撃に関しては天才的だ。射撃の才能はラルヴァよりも高い。だからこそ、彼が成績次席であれると思う。

 リースターは、手作りの緑色のブックカバーに付けられた紐帯をしおりにして、読み途中の本を閉じる。浮いている鞘を空いた手で取り、低重力の部屋を進む。

 彼らは士官学校卒業生だが、それで他よりも優遇されているわけではない。ただ3人組だから、4人部屋を3人で使えることはできていた。この輸送船の居住区は共通して4人部屋である。

 リースターは何も言わずに二人のチェス盤面に近づく。気配無く近づいてきた彼に、ラルヴァはぎょっとして、口を自分の手で塞ぐ。約2年に及ぶ彼らの付き合いだが、無口なリースターに関して、ラルヴァは多くを知らない。少し騒いだくらいで怒るとは思っていないが、逆に言えば怒るポイントもよく分からない。流石に彼が持っている刀を触るのは好まれないことは知っている。それぐらいしかない。いつも物静かで、凡庸なリースター・ヴェルジェム。それが士官学校での評価だ。それでも成績1番と2番とのセットにされているのは、スラム出身者というカテゴリだからだ。そして、ラルヴァもロークも、リースターがどの区画のスラムにいたか分かっているから、一様に恐れが少しある。

 リースターは表情を変えずに、チェスの盤面を眺め、迷い無く黒のナイトを動かして、チェックをする白のボーンをどかした。

「あっ」

 キングを逃がすことばかりを考えていたロークは声を漏らした。

「これだとナイトやられちゃうけど?」

「キングをその場で生かすならそうするだけだ」

 ラルヴァはその手を見透かしていたという風に言うが、リースターは悩むまでもなく言う。

「そういうゲームだろう。使えない主を斬って、油断させた敵も斬り捨てるゲームではない。」

「ですよねー」

 リースターの物騒な物言いに、ラルヴァはため息を付いて呆れ返る。

 ラルヴァやロークが、リースターを少々恐れるのは、彼が火星首都スラムでは都市伝説として恐れられる魔女の子供だからである。

 スラムの魔女は良い大人も悪い大人も大きな刃で首を斬るという子供の間で噂される怪談の類でありながら、それが本当にいる存在だと大人たちの間にも伝えられる怪異である。

 実際、ラルヴァやロークが士官学校に入るまで、首を切られた死体が表や裏の町で見つかることは何件も伝え聞いた。

 そしてそれがただの噂ではなく、ほぼ真実であることをリースターから聞いている。リースター自身も、魔女から技を受け継いだ剣士であることを、これまで連んできた生活で知っている。

 リースターは自らが所属する側が危なくなったら、全てを斬って捨てて生き残るタイプである、と。

 それだけ恐ろしくても二人がこうして一緒にいるのは、ひとえにリースターが彼らを見捨てていないからである。

 何しろ彼がついているだけで、いけ好かない士官学校の同期や上級の貴族くずれたちが手出ししてこなくなったからである。ラルヴァもロークも、成績優秀者故にやっかみが酷かった。2人と一緒にいるからと、リースターに嫌がらせをしたグループのリーダーが一夜で首吊り死体となって発見されたことがきっかけで、嫌がらせはやんだ。大きく距離は取られたが、むしろ余計な雑音がなくなってせいせいした。無論、一件の疑いはラルヴァたちに向けられたが、証拠不十分やアリバイで釈放されている。リースターに関しても、一応聞いてみたが、

『俺がやるなら、直接首を刈る』という返答があまりにもまことしやかだったので、それっきりの一件になった。

 そんなこともあったので付き合い辛く自己表現乏しいが、同郷であり頼りになる人物として、ラルヴァもロークも、リースターと連んでいた。

 リースターもまたずるずると付き合い続けていた。特にいいとも悪いともないが、階級を盾にする士官学校生よりも、彼らの方がマシだという風に認識していた。リースターにとってスラムは特別な思い入れはなかったが、士官しなくても戻るところはそこしかない。であれば、目的意識などなくても、マシで静かな場所を好んだだけであった。

 スラムの魔女。火星スラムの間で噂として流れる怪異が、彼の育ての親である。ゆくゆくは彼女の仕事を継ぐのが自分だと思っていたが、彼女は火事で焼け死んだ。リースターは、リースター・ヴェルジェムという名を貰って彼女がなぜか手続きしていた士官学校へと入学し、卒業して、士官候補生として月に向かっている。言われた道をただ歩いているだけだ。それについて何の疑問を持っていなかった。

 そういうリースターの生き方を知ってかしらずか、ラルヴァは前から彼に絡んで来たし、ロークはそれに巻き込まれてきた。

 そんな腐れ縁をリースターは一度として煩わしく思ったことはない。

 ただ、やかましく思うこともあるので、黙って席を外すことはある。

 一瞬でチェス盤面に興味を無くし、リースターは部屋を出ようとする。

「どしたんリース?」

 ラルヴァはリースターをリースと呼ぶ。言いやすいのであろう。それを拒否したことはない。

「アステロイドベルトは抜けた。地球が見えるのは左舷側だろ。」

 地球圏と火星圏に横たわる暗礁宙域を抜ければ、地球圏だ。火星から青い地球は見にくいが、地球圏に至ればコロニー群越しでも見えやすい。

「ふーん、物好きだねえ」

 ラルヴァはゲームするのに飽きていたくせに、こういう時は着いてくると言ってこない。

 火星に住む人々は火星に住むことが普通なので、地球再生委員会の言う地球回帰論にまるで興味がない。コロニーとの戦争も、火星圏自体が戦場になったことはないので、火星の一般人には遠い世界のことだ。

 彼ら士官候補生にとっても、次の戦争が近づいていると分かっていても、どのように関わるかなどの実感はなかったのである。

 そして何より、人類生誕の地、地球への思い入れはほぼ無い。火星のスラムに住む人々が、元を辿れば火星先住開拓者だからである。火星を地球化するために遺伝子改造がされている。地球再生委員会は後からやってきて、権力者の地位におさまった地球の旧国家権力者の末裔である。スラム出身者にとって嫌うことはすれ、いい気分はしないのだ。

 同じように地球に対しても思い入れがないのであった。

 そんな地球を目で見たいというのは、一般的に奇特ではあったものの、リースターだから、ということもあった。

 電子体系が一般的なのに紙の文書を好み、アンティーク的な美術品の審美眼にも一日の長がある。だからモノとしての地球に何らかの思い入れがある、というのはラルヴァにも理解できた。

「俺たち火星人には遠い星だよ。良くも悪くも。」

 さっきまで悩んでいたロークは現実的な物言いをする。彼にとっても思い入れはなかった。若干ロマンが感じられる物言いが、ロークの良いところでもある。

「そんなものか」

 リースターはそれらの言葉に止められることなく、部屋を出た。

 彼とて、何か特別な思い入れがあったわけではない。ただ、小説の中に出てくる青い海も大地も山も、火星では作り物の中でしか見ることができない。

 人類が自らの手で汚した青い星、地球。それが、空想の中での存在ではないことをただ一目、確かめたかっただけだ。

 居住区を抜けて後方部船倉が近い手狭なラウンジへ。まったく人気のない通路を進むと、ラウンジにはすでに先客がいた。眼鏡を掛けた黒い長い髪の女性。この船に乗るのは軍関係者だ。つまり志願兵であろう。士官学校経由でなくても、雇用のアテがなく軍に志願する者もいる。

 ラウンジの待合席で気だるげに本のページをめくっている。通常であれば美人で通りそうな容貌は、半眼と眉間のシワで台無しになっている。ともすれば本を読んでいるのではなく、暇つぶしに見ているだけのことだろう。

 近寄りがたい表情をしていることも構わずに彼女に近づき、本の中身を盗み見る。

 本の中身は人体の図解とアルファベットの文字群。珍しくもそれは医学書であった。ペラペラ斜め読みするシロモノではないとリースター自身は思うのだが、好みもあるのだろうと勝手に納得することにした。

 ただ、本の中身を覗き見たであろう気配を掴んで、験のある表情でリースターを睨みつけてくる。

 音、気配を消していたつもりだったのだが、何かしら察知能力があったのだろう。

(女の勘、か)

 そういうものがあるらしい、と育ての親からは聞いたことはある。

 とはいえ、睨みつけてくるぐらい苛ついていても、リースターには知ったことではない。

「医者、か?」

 当てずっぽうの予想を口にする。

「医療志望ですから!」

 美人が台無しになる怒りで上擦った声で言ってくる。

「そうか」

 だからといって、リースターはそれに気圧されることもなく短く返事する。

「隣いいか?」

「どうぞ!」

 聞き返しも否定もせず、相変わらず苛ついた声で彼女は言ってくる。それらをリースターは関知しない。気にしないというより、最初から興味がない。

 リースターが気が立った人物の隣の席を希望したのは、窓から外がよく見える席がそこだったからだ。

 席に座ろうとして、リースターは外を見ながら止まった。

 航行中もさることながら、経費削減のために間引き点灯が行われているラウンジ。この中では明かりが限られている。

 当然、窓の外からは明かりになるようなものは差し込んでいない。太陽はその方向ではない。見えるとしたら地球が見える。地球が見たいがために、リースターはラウンジに来ていたのにも関わらず。

 リースターは舌打ちした。見たものに確信があったわけではない。ただ何かがおかしいと思ってからの行動が早かっただけだ。

 舌打ちに耳聡く反応した彼女が声を上げるよりも早く、輸送シャトルが大きく揺れる。艦内重力制御が一瞬切り替わったかと思うと、彼女は本を滑らせてしまったか、手を離してしまっていた。

 彼女もまた、本と同じく席を跳ね出されてしまい、ショック耐性を取れずに投げ出される。

「ひゃあああ!」

 一転して悲鳴を上げる彼女をリースターは左腕で抱き止め、右手で彼女の手からはじき出された医学書を受け止めた。

 切り替わった重力制御が元に戻ると、ラウンジに緊急点灯が赤く灯り始める。

「あ、ありがと」

 彼女は今までの態度を棚に上げて殊勝にも礼を言うが、リースターの興味は再び窓の外にあった。

「オルトス」

 ぼそりとリースターが言うと、船の外には1機の人型ロボットが至近を機動していた。地球圏コロニーで複数配備されているというオルトス、『ゲイル』がそこにいた。



 それからの展開はゆるやかであり、急転直下でもあった。

 輸送船クレマルはゲイル3機に包囲され、どこかのコロニーへと誘導された。乗務員スタッフと乗員はコロニー宇宙港のデッキに引き出された。

「指示通りの航路でやった。報酬と逃走ルートは確かにあるんだろうな!?」

 初老の男性機長がリーダーらしき白い詰襟制服の茶髪の男性に詰め寄っている。

 それだけでリースターは察することができた。ロークは短く嘆息している。

「売りやがったよ、アイツ」

 ラルヴァはよせばいいのに小さい声で口にまでしている。

「ああ、ありがとう。ちゃんと用意してある。」

 リーダーは左手のアタッシュケースを差し出し、同時に右手の拳銃を機長の眉間に向ける。その瞬間、機長はどんな顔をしていただろうか。リースターの立ち位置からでは、それを見ることはできなかった。ケースを受け取ろうとした機長は、リーダーの発砲で即死。低重力故に、物言わぬ死体となって宇宙港を流れていく。

 突然の射殺現場に一同息を呑む。

 一方で冷静に見ている人間もいる。

「正規兵か?」

 ロークがリースターの後ろから囁く。

『多分だ』

 リースターは声に対しロークの掌に、もはや使われなくなったモールス信号を使って指で返事を伝える。

 リースターは目がいい。デッキに並ばされるまでの観察で、相手がどこの者か推理していた。

 リーダーの男性以外は全員ゴーグルをして、マスクで顔を隠したテロリストらしき風体だが、持っているライフルといい、オルトスといい、装備が揃いすぎている。

「連行だ。手を出すなよ。」

 リーダーの男は先ほどの射殺に何も心動かされなかったように、部下たちに指示する。それぞれ手に持つライフルで威圧的にしながら、リースターたちは一列で動かされるが、10人ぐらいいる部下たちの一人が急に1人の女性に手を出した。黒い長い髪の美人、リースターがラウンジで出会った女性だ。

 どうやら品定めを行っていたらしい。ゴーグルとマスクを不用心に外して、女を引き出して鼻息を荒くしている。初めて顔が見えた男だ。短い髪で細い顔つきの若者だろうか。ヒゲがまばらに生えていて、軍人には見えない。

「手を出すなと言ったはずだな?」

 リーダーの男は列を乱させた部下に詰め寄っていく。

「へへ、すんません、監察官。でも少しぐらい。」

「だから?」

 リーダーは無表情に聞き返し、部下の足を撃った。

「ぎゃあああ!」

 悲鳴を上げた部下は、女性から手を離し、悲鳴を上げて足を抑える。止血にはなっていない。動脈が貫かれたのか、どんどん服が血に染まる。

「指示に従え」

 リーダーはそう言うと部下の頭に射撃する。低重力の中で血に濡れる床に、今度こそ新兵たちは小さな悲鳴を上げた。

 捕まった黒髪の女は視線をはずして立ち上がり、列に戻っている。リーダーの男は撃ち殺した元部下をひきずって、先の機長のように宙を泳がせて行ってしまう。

「行け」

 恐怖というものはいとも簡単に伝染し、集団を無抵抗にする。

 リーダーの短い言葉の言う通りに乗員の列は動かされていった。

 この時点で、リースターたち3人は見た目従順に動く。今はまだ動く時ではない。

 乗員一同は搭乗口からすぐ、待合室のような空間に移される。床に備え付けられた席がいくつかと、受付らしきガラス張りの無人の小部屋が2つ。恐らくは輸送船用の入港管理局のようなものだろう。部屋内に乗員が全て入ると手狭だが、楽にはなる。

 未だ低重力区域は続いており、あまり自由には動けないことを確認する。

 部屋のドアは一時的に閉鎖され、外の様子は小さい小窓を通してしか分からなくなった。リーダーが指示出しをして、どこか別の場所へ移動していく。

 おそらくはそれがきっかけだろうか。乗員の誰かが大きくため息を吐いた。危機は脱していないが、死ぬような目は一時的に脱した。彼らにとってはそれで気が抜けたのだろう。

「ラルヴァ」

 リースターは腰に差した太刀の鯉口を切るのを確かめながら口を開いた。彼らはなぜか荷物を持ち出すなと言っておきながら、リースターの腰にあった太刀を無視した。これが武器であると気が付かなかったのだろうか。

「いやぁ、無理だね。開かないわ。」

 本来の入り口側であろう両扉はビクともせず、操作盤も見当たらない。

「厚いか」

 電気的に完全ロックされている両扉に触れて、リースターは扉を切るのを諦める。

「多分だが、あれもやめといたほうがいいな」

 ロークが受付方向にある関係者用片扉の操作盤を弄っていて、肩をすくめた。

「何回か操作すると、入力すら受け付けなくなるタイプだ」

 パスワード方式、あるいはIDカード通行方式の扉だ。管理用通路でどこに続いているか見当はつかないが、一縷の望みをかけてもいいかもしれない。

「つまり、破るならこちらのほうか」

 リースターは片扉に触れ、ドアの厚さをなんとなく察知する。経験則のようなもので、実際に確信はない。どちらかといえば切れるか切れないかでしかない。

「ちょっと貴方達だけで脱出する気!?」

 女が声を上げる。意外にも連れ出されそうになった黒髪の女だった。副機長や機関士というスタッフですら憔悴して頭を抱えているというのに、彼女は元気だった。目の前で死体が増えていたのに悲鳴一つも上げていないから、かなり肝が太いのかもしれない。

「逃げられるならな」

 リースターはハッキリ言う。

「彼女、美人だから連れて行きたい」

 小声で茶化してくるラルヴァに、リースターは無言で裏拳を繰り出す。

「あぶっ」

 間一髪でラルヴァは飛び退いて裏拳を躱す。躱されたとて、だからどうということでもない。

「バーカ」

 ロークが呆れて言っている。ここらへんは気心が知れた間柄故である。

「さっきの連中が何者だったとしても、リーダーがあの様子だと、人質を殺すことに躊躇しない。そんなことに付き合ってやる義理は無い。」

「それは、そうですけど」

 彼女はリースターの正論にうつむいて答える。

 オルトスを所有するテロリストなど聞いたこともない。何らかの部隊と見るべきだが、正規軍にしては規律に欠ける。ただ、コロニー軍の規律は聞いたことが無い。

 火星軍も長い戦争で兵士が不足している。コロニー軍のそれとは違うものの、富裕格差から生じる士官と下士官、志願兵の意識の差が顕著だ。

 士官学校を卒業しても、スラム出身のリースターら3人が最前線である月所属になることからも明らかだ。家格が安定しているものは、火星でその後も仕事をすることになるのだ。仮に前線に駆り出されても、実戦経験のないままやってくるのでは利敵行為となんら変わりない。

「みんなで船に乗って出た方が早い」

「ああ、そうだな」

 彼女の言うことはもっともである。リースターは小さく頷いた。

 ドア破りのなどせずとも、船に再度乗る事が出来れば話は簡単だ。

 つまり、結局のところ、脱出経路は別として船に戻ればよいという話になる。

 と、平行線になりそうな話題になった時に、入ってきた両扉が再び開いた。マスクを脱いで顔を晒した先ほどのテロリスト風体の男が2人だ。それぞれライフルは背負っていて、両手で拳銃を手にしている。顔つきは彫が深く、髭はまばら、年齢からして中年頃だろうか。

 リースターには火星スラムの浮浪者とさほど変わらない認識だ。

 その2人の内、1人は扉の側に待機したまま、もう1人が室内に入ってきた。

「何が監察官だ。こっちだって危ねぇ橋渡ってるんだから、お零れもらわないとなぁ。」

 ぶつぶつと言いながら、拳銃を構えながら入ってくる。

「ひひ、火星は遺伝子弄って美人多いって話じゃねぇか。少し相手しろよ。」

 そう言って、拳銃から片手を離して、彼女の腕を無理矢理引こうとする。

 火星初期入植者はテラフォーミングのための労働者だ。彼らは予め過酷な環境に適応すべく、遺伝子レベルの改造を受けた。環境が整った以降も遺伝子のコーディネイトチャイルドという、一種の風習は続いた。そのため、見目麗しい男性や女性が多いというのは本当である。

 彼女が美人であるのはそれとは関係あるかもしれないし、違うかもしれない。

 結局、何かと狙われる彼女がいたことは、彼女自身には不運続きかもしれないが、リースターにとっては幸運であった。

「礼は言っておく」

 リースターはぼそりと呟き、彼女を引っ張ろうした腕を引っ張る。

「あ?」

 何をされたのか分からない間に、男の顔にリースターの掌底が突き刺さる。

 礼を言ったのは、わざわざ扉を開けてくれてと近くに来てくれてとの二重の意味である。

「ローク、頼む」

 奇襲を受けた男の手から離れた拳銃を奪い取り、後ろを見ずに、後ろへと拳銃を流す。また同時に男の腹を蹴り抜いた。低重力下では衝撃が伝わらないが、身体はもう1人の男の射線上に重ねたために、絶妙にリースターへの射線が合うことは無い。

「てめぇ!?」

 いきなり抵抗してきたリースターを撃とうとしても、流れてきた男に射線と視界を遮られすぐに撃つことはできない。

「くそ」

 視界と射界を確保するため、顔を抑えるもう1人の男を押しのける。すると開けた視界には、拳銃の射撃体勢にあったロークの姿が見えるだろう。

「ビンゴ」

 ロークの短い声と共に発射された銃弾は一撃必中、もう1人の男の眉間を貫いた。

 すぐさま、第二射が放たれ、迂闊にやってきた男も頭を貫かれ、絶命することになった。

「ナイスショット」

 ラルヴァは1人歓声を上げた。

「まあ当然よ」

 ロークは事も無げに言う。彼は射撃の名手である。とりわけ狙撃でかなう者は士官学校時代にはいなかった。リースターは視力がいいほうだが、ロークは空気抵抗と重力による狙撃ラインをまるで見えているようなことを言う。そういう類稀な才能を持つのである。

「武器の配達ありがとうございまーす」

 ラルヴァは茶化すように男達の死体から武器、弾薬を剥ぎ取る。

「リースターは」

「必要ない」

「だよな」

 拳銃を持ったままのロークは、ライフルを背負いながらリースターに一応聞く。ただ返答は予想通りのものだった。

「IDカード、無線、おっと認識票」

 ラルヴァは手慣れた様子で、他に必要なものを死体から抜き出す。

「連合特務2班、かな?」

「今となっては無用な情報だ」

 認識票に書かれた所属部隊名を読み上げるも、リースターが答え、邪魔な死体を蹴って押しのける。死体は港の底にゆっくりと落ちていく。

「それ、持っといて」

 ロークが同じく無線を剥ぎ取り、黒髪の女に投げ渡す。

「ちょっと!」

 放物線を描いた無線を受け止めて、制止とも説明を求めるとも取れる声を出してくる彼女。ここまで来て、名前も聞いていない。

「港の安全を確保する。無線でそれを連絡する。」

「チャンネルは変えてある。11な。」

 ロークがラルヴァの手にあった無線を半ば奪い取り、チャンネルを変更しながら言う。

「それで呼びかけは」

「アンダースよ。キョウカ・アンダース。お侍さん。」

 チャンネル11に一瞬目を落としてから、彼女、キョウカはようやく自己紹介した。

 今日ここまで不運続きだったが、リースターが関われば、そこそこ大丈夫だった。それが彼女の貴重な幸いだったかもしれない。とはいえ、人殺しになんの抵抗もない3人組に呆気を取られる。ただしここまで来たら、その蛮勇を信じるしかないと見る。目まぐるしい展開に、彼女は精一杯の自己紹介と、ジョークを混ぜてみた。

「リースター・ヴェルジェム。リースでいい。ドクター。」

 そのお返しとして、リースターも愛称呼びを許す。そして、すぐに外部通路を進んでしまった。

「えぇー!?」

 リースターを勝手にリースと呼び始めたのはラルヴァだ。それを簡単に他人に許すのはラルヴァにとっては心外だ。

「んじゃ、ちょっと待ってて」

 そんな2人を追って、キョウカらにウインクしながらロークが出て行った。

 彼らが向かう目的地は港の管制室だ。今出てきた待合室の上階がそうだ。

「リース何なんあの女!メガネっ子フェチなの!?」

「行きずりだ。それ以上の理由はない。」

 切り込んで茶化してくるラルヴァに対し、振り返らずに答える。言葉の端がいかがわしいが気付いているのだろうか。

 関係者通路、バックヤードには人気はない。先程まで武装集団がいたということも分からないような静けさだ。右に吹き抜けており、コロニー内部に続いている。

 直近の昇降リフトで上階に上がり、3人は示し合わせたわけではないが、管制室の片扉の両側に付く。先ほど奪ったIDカードで出入り口を開き、リースターが先鋒で突入する。しかし、内部は無人だった。

「あぁん?」

 ロークは解せぬと声を上げる。

「ふーむ」

 ラルヴァはいの一番に管制室のコンソールを立ち上げる。そしてタッチパネルでいくつかの操作をした後に、

「ダメだな。管理権限で封鎖されてる。」

 と、ため息をついた。所持しているIDカードでは突破できないセキュリティだった。港のメインゲートを操作できない。

「とはいえ、こちらに誰もいないなら、乗員移動はできる」

「だな」

 リースターの呟きに、ロークが同意する。非戦闘員の安全は最低限確保できる。その旨をラルヴァは無線で伝える。その間に、リースターは別の操作を行う。

 一応は管理区画である。簡単なマップ表示やセキュリティ動作に伴う概略図は確認できる。それを利用してのゲートを破る方法を再考するのだ。

「ぬ」

 リースターは短く声を出した。ただ一瞬の出来事なのだが、マップを開きまくった時に扉の通行表示がその一瞬だけ変わった。何らかの出入りがあった証拠である。

 マップにはどのような部屋か表示はされていないが、通行記録から何らかの倉庫であることは分かった。

「さって、どうする?」

 ラルヴァの無線によって、下階で移動する乗員の姿が管制室から見える。その中には、キョウカの姿もある。気分を悪くした若い乗員に付き添っているらしかった。

 ラルヴァは腕組して、移動を見ながら言った。他人事だが、いつもそうだ。

「映画でよくあるのは中から強行突破するのだな」

「映画だからできるんだよなぁ」

 ふざけたことを言うラルヴァと、馬鹿々々しく答えるローク。

「武装があれば可能なんだがな」

 リースターも当然、そのように言う。彼とて、通常の扉なら刀で斬れる自信すらある。やろうとしていたから当たり前だ。

「つまり、オルトスがあれば破れる」

 リースターと言えど、生身で港のゲートは破れない。相応の武器か合鍵が必要だ。ともすれば単純な事で武器を持ってくればいい。

「ここだ」

 リースターはコンソールタッチパネルを操作してマップを表示させる。そして、そこを指差した。彼の両脇にいるラルヴァとロークはそれを覗き込む。

「一瞬だがなんらかの通行があった。ここにオルトスが何機か配備されてるなら、保管場所が何個かに分かれているはずだ。」

「ほう」

「ふむ」

 ロークとラルヴァが口々に相槌を打つ。さすがにオルトスがあることは楽観視が過ぎる。とはいえ、内側からの金庫破りをしようというのだから武器は必要になり、そのための希望的観測は仕方ないことである。

「空き巣のようだが、いまのうちだ。使えるものを探す。」

「なぁに、今までと変わらんさ」

 ロークは罪悪感などない。殺して奪うことは普通だ。この後殺さないで奪うのだから、だいぶ穏当だと思っている。

「やらんよりマシってね」

 ラルヴァは好意的だ。受け身のある、やや卑怯な理屈だが、気にするタマではない。

 同意を得られれば、3人はすぐ行動を起こす。乗員の移動を完全に見送ることはなく、管制室を出て、目的の場所へ向かう。

 多少区画を移動した後にやってきた倉庫は、リースターの望み通りにオルトスが3機保管されていた場所だった。色を塗られていない、まるでロールアウト直後のような白い機体が真ん中に、両脇に黒い機体が2体、それぞれ仰向けに横たわっていた。黒い機体はそれぞれ意匠が違うが、ほぼ同じ機体のようだ。白い機体だけ意匠や頭部が明らかに違う。

「マジか」

 ロークが短く呟く。偶然にしては出来過ぎている。それに横にされているところから見て、この3機が何らかの理由で保管されていたことは分かる。

「ふむ」

 ほぼ標準重力で歩ける。この倉庫はもうコロニー内部に近い場所らしい。右方向にある大きな両扉ゲートは、ひょっとすると内部に向かえるのかもしれない。

 そして、リースたちがやってきた方向は、人間が通れるだけの扉しかない。

「オルトスを起動できたとして、港まで行くのは難しいか」

 リースの呟きにラルヴァは肩を竦めた。

「そうだねー」

 と、ほぼ他人事だ。

「とすると、オルトスの起動が必須になるな」

 リースは迷いなく歩み出て、白い機体へと向かった。

「必須ってお前」

 ロークが声を掛けようとするが、それで呼び止められるリースではない。リースの察したことに対して、ロークの察しが悪い。ラルヴァはそれをニヤニヤしている。

 オルトス3機のコクピットは開いている。誰でも乗れる状態である。なんともセキュリティ管理の甘いことだが、使わないオルトスをこんなところに放置している時点で大概であろう。

「まぁ、動かせれば問題ないって」

「大アリだ、バカ野郎」

 ラルヴァは軽い言葉でニヤケ面だが、ロークはため息をついている。

 ラルヴァは小さい問題としているが、ロークは大きな問題にしている。つまるところ、3人はオルトス操縦に関しては初心者であることを問題にしているのだ。

 何より、この3機はコロニー連合が主力機としてしているゲイルではない。新型機である。放置された新型機など、何らかの曰く付きと見ていい。

 さて、先に乗り込んだリースはといえば、シートまで入り込んでいた。両側に手を入れるタイプのコントロール装置、歩くのか走るのかステップするのか分からない二足のスイッチペダル。直観的に起動を司るものはない。

 リースはこうも考えていた。オルトスの操縦は卒業してきた士官学校にはなかったが、オルトスの前身、『アームド』ならばあった。

 アームドとは人型複合作業機のことである。宇宙空間でも使われ、士官学校では地上と宇宙、両方で操縦技術を指導された。リースにとってはオルトスの操縦が、このアームドの延長線でしかないと考えたのだ。

 オルトスは、その名の通りオルトスドライブという心臓部を持つ人型機動兵器である。であれば、火を入れてしまえば、思い通りに動ける、はずである。

 リースは仰向けにシートに座り、オフになっているスイッチをそこら中オンにする。だいぶ雑なやり方だが、オンオフを繰り返すような機械オンチでもない。

 とはいえ、常識的なのが功を奏したか、内部に電力が行き渡る。

(電気系統はアームドと似たようなものか)

「動けるか」

 手ごたえのようなものを感じ、呟きながら右ペダルを踏み込む。オルトスの右足が動く。次に左のペダルを踏み込む。オルトスの左足が動く。

 その動作だけで、運搬用トレーラーから右足が出て、次に左足が動く。自動操縦かのように、半身を起こしたオルトスが、立ち上がっていく。

「起動は問題ない。すぐに火が入る。」

 オルトスの起動を眺めていた足元の2人に声をかける。するとラルヴァとロークも二手に分かれてオルトスに乗り込んでいく。

「さて、ハッチ閉鎖」

 わざわざ動作確認しながら操作してしまうのは、職業病だろう。復唱は誰であろうと常識的に叩き込まれることだ。

 オルトスのハッチが閉じると、正面がかなりリアルに映像化される。オルトスの頭部カメラから視認できる状態をCG処理して映像化しているものだ。視界は、アームドの有視界よりもはるかに広く情報量を送ってきているような気がする。

 その映像処理の下部に機体コードが表示されている。

「グリフォンタイプ。アサルト。」

 リースは呟きながら、タッチパネルに直感的な操作を加える。知るべきことは様々だが、大まかに分けて2つだ。オルトスのOSと武器である。

(対オルトス戦を主眼とした白兵戦用オルトス。武器は腰のビーム発振器が2本、近接機関砲2門しかないか。他には。)

 この時代、ビーム兵器は珍しくはない。巡航艦艦載機にビーム機関砲が載る。ただ威力の高いビーム兵器を載せるとなると専用のエンジンを載せねばならず、コストが重くなるし、扱いも難しいと聞く。

 ただ前々回だか、前回だかにそういうのを使いこなしつつエースパイロットになった戦闘機パイロットもいるのを見たことがある。

(たしか、白鷲だったかな)

 戦史教本や、戦闘機技術教本のマニューバ解説に載っていたあだ名を脳内で反芻しながら、アサルトの携行武器検索を完了させる。

 ゲイルの武器とも共通規格であるらしかったが、この倉庫内にも存在しているようだ。

「これか」

 倉庫の隅にそれが置かれていた。ほかにも狙撃ライフルやオルトス用の剣などもある。アサルトや他のオルトスに用意されている兵装なのだろう。

 見た目、白で塗られた大仰なライフルがそれだ。トリガーとグリップがある奇妙な持ち手の武器だが、オルトス用ビームライフルと近接ビーム刃を形成させる発振器だと分かれば、形は納得だ。

(まぁ、好みではないな)

 リースは内心バッサリである。ゲイルも兵装にする近接ブレードを取り、兵装対応OSを確認する。

 そうこうしている間に、ラルヴァとロークがそれぞれオルトスの立ち上げを済ませる。

『マーガムねぇ。名前にハッタリが利いてないっていうか。』

『どうせ愛着出るだろ。好みの子と同じだ。』

 コクピット内に2人の明瞭な声が響く。近さもあるが、通信設定がそうなっているのであろう。

 リースはタッチパネルで入力しながら、言う。

「そこに武器がある。確認したほうがいい。俺はブレードがあればいい。」

『お、助かる助かる~』

『ほとんど空手のくせにいいのかよ』

 ラルヴァはマイペースだが、ロークは当然心配してくる。ただ彼らとしても、リースが銃を扱っているところは教練や演習でしかない。ロークから個人的な感想を言えば、不器用極まりない、と言ったところだ。

「ここからは敵中突破になる。射撃は任せる。。」

 リースは操作する手を止めず、2人に言う。

『気合入ってるねぇ!』

『やっぱりか。ここからは修羅場だな。』

 リースの言葉を聞いて、歓声を上げるラルヴァに対して、再び嘆息するローク。

 敵中突破。

 彼らはこの倉庫からコロニー内部に出て、オルトスの戦闘力でコロニー外観ミラーを突破、輸送艦のある港のゲートを外から破壊しようというのだ。


                 *****


 プライムコロニー。そこは現在、火星政府のアンチ活動家が集結し、今まさに活動集会が開かれている真っ最中であった。

 地球圏コロニー連合の住民は火星政府に反感を持つものの、それ自体は一枚岩ではない。当然ながら種々の考えを持つグループが存在する。それこそ暴力革命を是とするテロリスト紛いの過激派も含まれる。

 ただそれらを併呑して、この集会は開かれている。

 リカルド・オーウェン少佐はこの集会の見届け役、そして監視員としている。

(とはいえ、身内にプライム関係者がいるから形だけのものだ)

 連合宇宙軍の部隊長として集会を見守る彼は、中肉中背、老いておらず若者で通る。宇宙軍にはもはや普通のことだ。とんとん拍子で階級が上がり、40代で将官という非常に末期的な状態だ。

 連戦でないにしろ半世紀近く火星と宇宙戦争をしているのだ。老人だろうが子供だろうが、戦えるなら前線に出てくる状態である。これが異常事態だとリカルドが考えても、コロニー連合に蔓延する火星への反感が異常だとしない。

 火星からの締め付けはコロニー市民の反抗によって弱まってはいる。だが、コロニー自体の老朽化や廃棄のための強制疎開、そして明かな人口キャパ以上の市民押し込めによる難民の発生など、人間同士の問題を誘発させているのは火星からの天下り役人の怠慢なコロニー運営のせいである。

 コロニー市民それぞれでコロニーの自主運営ができないことを盾に、火星から地球圏を支配しようというのが、コロニー市民の専らの考えである。

 コロニー市民を働かせて、今なお地球圏に残る資源を回収させるのが火星政府にとって利益になるのだ。その橋頭堡であり、地球圏コロニー監視を行うのが、月のアンリ・クレーター基地ベースである。

 この集会では、火星政府を倒せ、アンリ基地へ攻め入れ、という攻めっ気一色である。無理もない。

 リカルドはオルトスの有用性を広め、積極的にゲイルの導入を早めさせた1人である。それが次の戦争に使われることは分かっている。勝つためにだ。

 ただリカルドの乗るオルトスはゲイルではない。

 【ブレイズ】。内蔵火器を装備する試作オルトスの一つだ。地球圏コロニー連合における反火星政府運動の英雄の名を冠して、グリフォンタイプと呼ばれるカテゴリのオルトスだ。

 赤と白のボディカラーをしていて、背中に2本の砲門を持った重装のオルトスである。その他、頼もしい武器を持つのだが、コロニー内で扱うことになりたくない火力をしている。

 このグリフォンタイプはブレイズを含めて3機製造されている。集会の側で直立するオルトスたちの中の1機もそれだ。

 【キマイラ】。赤、青、白から成るトリコロールカラーが少々派手さのあるオルトスである。そのオルトスの手には、10代の少年がキマイラのカラーと同じパイロットスーツで立っている。茶髪の、幼さの残る顔つきをした少年。

 リカルドはその少年を知っている。彼はレイン・ザークアント。リカルドの副官、ラフィア・ザークアントという女性の弟である。

 リカルドにとって身内というのはまさにレインのことだ。ザークアント姉弟は、このプライムコロニーで生まれ、そして度重なる戦争で両親を失った。

 姉のラフィアは軍に入り、戦う道を選んだ。弟は反政府活動グループに入り、決起集会の表舞台で戦力の1人に数えられている。荒んだ話だが、今の地球圏コロニーではありふれた現実である。誰もが支配からの脱却を目指して戦おうとしているのだ。

 そして3機の内、最後の1機、【アサルト】はパイロットが決まらないまま、保管されている。ボディカラーもパイロットが決まらない以上は真っ白のままにされているそうだ。

『キャンプ7よりキャンプ1へ』

 戦争の無情を胸中で嘆いていると、無線通信が響く。これは仮設司令部からの通信である。相手の声は件の副官のラフィアである。

「こちらキャンプ1、今回線を開く。どうぞ。」

 コクピット内のタッチパネルを操作し、映像通信を開く。無線だと音声の一方通行で、急な対処がし辛いし、これに慣れると不便さしか感じないのだ。

 開かれた通信相手はヘッドセットマイクをしたロングヘアの美女である。前髪が姉弟という感じでよく似ている。

『少佐、気になる案件が発生しました。方向は下層Sブロック。不正アクセスです。』

「Sブロック?」

 リカルドはブレイズを動かさず、カメラの映像を切り替える。Sブロックはこのコロニーでは倉庫ブロックである。輸送船舶の受付も兼ね、一時的な荷捌き場になっている。今日は決起集会で、誰にも使われていないはずだ。

 だが、その倉庫の一つが開いている。例の不正アクセスだろう。おそらくは、中から電子的な操作で無理矢理開けている状態だろう。

「緊急。キャンプ1から各機へ通達。Sブロック方面への警戒、および調査にかかれ。」

 火の無い所から煙は立たぬ。嫌な予感がして、リカルドは部隊全員に指示を出す。

「キャンプ7、プライム本部にいつでも避難準備を」

 言い終わらぬ内に、部下の乗ったゲイルが向かおうとした矢先に、開かれた倉庫から、白いオルトスが現れた。その後方には、データにはある黒いオルトスが2機いる。

「まずい!!」

 リカルドが叫んだ時には、倉庫から放たれたビームの光条がコロニー内を通り、内部ミラーを破壊した。


                  *****


 ロークの乗るマーガムが、狙撃用ビームライフルでコロニーミラーを破壊する。それを破壊するだけで内部の空気が流出し、下手をすれば人間が宇宙に放り出されるといった脆弱なシロモノだが、無論防御策も存在する。ミラーを完全に遮蔽すればよいのだが、多くはコロニーのエネルギーを食う仕様になっている。故に危機的状況になってもなかなか使われない最終安全装置のようなものだ。

 リースたちからしてみれば撃つだけで混乱を誘発できる。非道なやり方だが、リースは勿論のこと、ラルヴァやロークは反対しなかった。彼らはそういう人間なのである。

「では先行する。何やら取り込み中のようだ。」

『気付くのがちょっと遅かったカナ?』

 リースはコロニー中心部の祭のような雰囲気に興味を多少持ちながら、白いオルトスのスラスターを吹かす。

 ラルヴァはリースが突撃する先にいるゲイルに対して、ビームで撃ち抜く。破壊しなくてもいい。足止めできれば、トドメは後で刺せるつもりでいる。

 トドメを刺すのは、リースのアサルトだ。小さく跳ねて、走り、ブレードをゲイル目掛けて払い斬る。ブレードの刃が雑で切るまでには至らないが、大きな打撃音がして、ゲイルが一瞬宙を舞う。

「上手くはいかないか」

 リース自身は切ったつもりでいたが、切れていない。とはいえ、ゲイルのコクピットと思われる部分は潰れている。パイロットは生きてはいまい。

(まぁいい)

 アサルトをそのまま走らせながら、腰のビーム発振器を左手に取る。ビームの刃を形成させる武器である。光の刃を使える科学には驚きだが、リースにとっては使える武器かどうかだ。

 発振器から伸びたビームの刃は剣というより棒状だ。エネルギー出力を変えられるらしいが、通常設定出力で振り抜く。

 すると、ラルヴァの攻撃でよろめいたゲイルの肩ごとマシンガンを持っていた腕をさっくり切り払えた。

 威力に感心するが、ビームの刃を発生し続ける限りエネルギーが食われる。残量こそ問題ないが、常時展開させるようなものではないようだ。

「残りは」

 市街地から出てくるゲイルを2機見た。それらを撃破した。

 アサルトに電子戦の装備は無い。データリンクができるわけではない、が。

『マップ同期させるぞ。相手に上手い指揮官がいる。』

 いまだ倉庫前で待機中のロークのマーガムがデータ同期をしてくる。倉庫前は若干高台であり、高さで見える敵機がいるらしい。それによると、敵機は市街地に集結し、防衛線を敷いている。バカ丸出しに突撃すれば、すぐさま十字砲火を食らうだろう。

「だが、ここを突破すればゴールだ。突入と殿を引き受ける。牽制と援護を頼む。」

 リースのやることは変わらない。射撃武器を持たないから当たり前だが、四肢を持つ人型兵器が動かず、防衛に徹することは砲台や戦車と何ら変わりない。

 縦横無尽に駆けられるリースたちに未だ分がある。市街地の外でめくら撃ちされるほうがよほど面倒だったので、まだ運があるのだ。

『あいよ』

 狙撃ライフルを肩で担ぎながら、ロークのマーガムが市街地の出口まで詰める。そこからの視界では何もいないように見える。

『3カウントで行く』

「了解」

 ロークのマーガムがしゃがみ、片膝を着いて射撃態勢に移行する。

『3』

 ロークの無線のカウントに合わせて、リースのアサルトはブレードを逆手に持って、走り始める。

『2』

 カウントの2つ目で、ラルヴァのマーガムがスラスターを吹かせて高く飛び上がり始める。

『1』

 カウントの3つ目。リースの視界には何も見えていないが、ゲイルの突撃銃の発砲の光が見える。それらは散発的で向こうも見えている距離ではない。リースはそれに足を止めることなく、さらに踏み込んでいく。

『0』

 ロークはカウントの直後、さっきまで見えないが、直前までの発砲の光目掛けて、トリガーを引く。

『生の人間にはできないよねぇ、こういうコトさ!』

 飛び上がったラルヴァのマーガムは、空からビームライフルを撃つ。平地では見えなくても、上からでは丸見えだ。敵のゲイルは、上を見ていない。

 また、ロークの狙撃は、突撃銃の乱射をしていたゲイルに直撃し、弾薬に引火でもしたのか、その場で爆発する。稼働中のオルトス型動力炉が爆発したら、それはそれでコロニーに穴が開くかもしれない。それはそれでリースたちに運が向くが、それはなかった。

 とはいえ、爆発によって一瞬の煙幕が発生し、突撃するリースの姿も掻き消える。

「っ!」

 ゲイルではない、アサルトに似通った姿で、2門の砲を背負った重武装のオルトスが爆発の煙の向こうで現れ、リースは目を見開く。そのオルトスは、展開した腕部を向ける。腕に機関砲が仕込まれている。

(避けろ!)

 リースは心で念じながら、アサルトの姿勢を低くする。スライディングのように滑り込み、敵の機関砲の発砲を間一髪で避ける。

 おそらくは面食らったに違いない。反応の遅れた敵機、データ表示でブレイズと称されるオルトスの右腕をビームソードで切り落とす。それで攻撃は終わらない。対オルトスブレードを兜割りの如くブレイズの頭部に振り下ろす。

 だが、固い。

「なまくらが」

 本当に近接で叩くだけの武器にリースは毒づく。ブレイズの頭部を軽く凹ませただけで歪んだ貧弱なブレード。ブレイズはその衝撃で仰向けに倒れた。

『うわあああああああ!!』

 煙幕がまだ晴れない最中、外部音声をオンにしながら向かってくる胴体反応がある。

 声を発すれば嫌でもそちらに反応する。それに、声を上げることは気合が入る。

 それらを相手が分かっているのか、分かっていないのかに問わず、上手いやり方だとリースは感心した。

 お互いの姿を確認したであろう距離まで近づく、データが再び情報を提示する。

 キマイラ。

 アサルトに似たオルトスだと直感的に思った。

(であるならば)

 リースは心の中で呟いて、歪んだブレードを捨てる。ビームソードのエネルギーもカットしてしまう。

 相手のオルトスは見慣れない形の銃でトリガーを引いている。

 発射されたものはビームだと思った。見えなかったからだ。ただそれは直撃もしていない。威嚇でもない。わざと外したような射撃だった。あるいは、ビビって避ければ当たる攻撃だったかもしれない。

 ともあれ、動かずとも当たらない攻撃をしても、相手は止まらない。そのまま走ってくる。敵の本命は、左手にあるブレードだ。ナックルガードのようなものがグリップに付いており、ゲイルのブレードよりは細身で切れ味のありそうな剣だった。

(それだ)

 大きく振りかぶった振り下ろされた剣攻撃を、オルトスの体さばきのみの最小限の動きでかわす。そして、避けた直後のアサルトの左肩を前に、全力でタックルをかける。

 向こうも最小限の動きでタックルを受けるとは思っていなかっただろう。逆に吹っ飛ばされ、キマイラも仰向けに倒れる。

(それをもらおう)

 タックルを受けて取り落としたであろうキマイラのブレードを回収し、一瞬だけ、辺りの様子を伺う。

「ローク、動いてくれ。今なら抜けられる。」

『お、了解』

 ラルヴァが無線通信で何も言ってこないが、特に気にしなくていいだろう。彼は性格が悪い。心配するだけ時間のムダである。

 市街地の戦闘で全てが決したわけではないが、敵中突破を図る以上、長期戦はできない。敵を破壊せずとも、倒すことができたなら、リースもこの場を離脱するべきである。

 とはいえ、最後方にいるロークのマーガムがある程度先行してからでないと、リースも動けない。つまり、ここからは時間稼ぎの勝負だ。

 焦りは禁物、とリースが深呼吸をした直後、倒れたはずのキマイラが動いた。起き上がった半身で背部スラスターを吹かして飛び上がり、リースのアサルトの上を取ったのだ。キマイラの手には未だにビームライフルが握られており、その銃口はリースのアサルトへ直撃射線を取っている。避けられるものではない。

 いくらリースでも飛び上がって射撃してくる相手に抜刀突撃できるものではない。だからこの場合は、アサルトの頭部に付いている近接機関砲を撃つ他なかった。照準をきっちり設定するヒマはない。とにかく撃つしかない。

 リースは咄嗟の行動だったのだが、幸いにもビームの直撃はなかった。機関砲の残弾は25%ほど残っているが、心許ない数字である。

 キマイラがどれほどの損傷を受けたか分からないが、今度はうつ伏せで地面に叩きつけられた。

(今のは寒気がした)

 リースは腕や足が片っぽ吹き飛んだところで死ぬとは思っていない。だが、頭や胸を撃たれたり刺されたりすれば、多少危ない気はしている。さっきのはそれと同程度のヒヤッとしたシチュエーションであった。

『脱出ルート確保だ。早く来い、そっちも。』

『まだ遮蔽完了してないねぇ』

「了解」

 先行しているロークとラルヴァからの通信に、表向き冷静さを取り戻した返事をする。倒れたキマイラを尻目に、アサルトを走らせる。

 そして未だに空気を流出させているコロニー外壁ミラーへと飛び込み、アサルトは宇宙へ出る。それにマーガム2機も続く。するとその直後に遮蔽システムが動き、コロニーの穴が塞がれた。

 どうもこちらの動きを待っていたフシがあるが、今は気にしても仕方ない。

「ラルヴァ、通信。ローク、警戒を。俺がゲート隔壁を破る。」

『おうよ』

『はいな。キョウカちゃん、副長さんでもいいや、聞こえる~?』

 宇宙を出たら、もはや上下感覚がない空間である。オルトスの映像自体は上と下と右と左はあるが、地に足が付かないということは方向感覚がほとんど無い。水の抵抗がある水中なら光が上にあるが、宇宙はそうもいかない。泳ぐことも動くことも、何から何まで、気持ち悪いほど上手くいかない。

 ここでの方向転換は、物を使うか、微細な姿勢制御のみである。前者はともかく、後者は人本来の動きではないため、直感的にはいかない。

 リースらは火星の士官学校卒業の士官候補生である。宇宙服での宇宙活動ぐらい必修である。だが、今彼らはオルトスに乗っている。宇宙服越しに感じる宇宙の冷たさや光景と違うものが、オルトスの中だ。

(嫌な感覚だ)

 今のリースたちは宇宙服を着ていない。コクピットハッチを開けるだけで死が待つ。もちろんそんなことはしないが、命と隣り合わせに普段嫌悪感を持たないリースが、宇宙に対して奇妙な気持ち悪さを感じていた。

(緊張でもしているのか)

 言い知れぬ、はっきりしない感覚でいる。そんな中で、輸送船がゲート隔壁の向こうで待つ区画へと辿り着き、アサルトはビームソードを手にして隔壁を破り始めた。

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