22 冬川 何かを思い出す?

 すると「ふふ」っと夏焼が笑みをこぼした。僕が睨むと首を横に振る。

「それ、このあいだの駐車場でカラまれてた時さ、やっぱ無双できたんじゃないの?」

「ん?」

「いや、なんでもない。冬川って怒るとコワいなって」

「怒って怖くない奴なんていないよ」


「そうだな」夏焼はそう言って笑ったけどすぐ咳き込んだ。寒気がするのか布団を鼻が隠れるまで被った。雨がシトシト窓を打った。いつもうるさい奴が急に静かになってしまったので、僕は少し気まずくなって近くの丸椅子に座って話しかけた。


「なぁ。家が爆発したのはいいとして、もう制服のままあんまりススキノうろつくなよ。またありもしない噂流されるよ」

 すると夏焼はチラリと片目を開いて僕を見た。なんで冬川がそんな心配すんだ? って目だった。そして天井と僕の顔を交互に見る。なにか迷ったような顔をしたが、小さい声が聞こえてきた。布団を被ったせいで声が籠もっている。


 夏焼の声が小さいなんて、それは不気味……、いや、ちょっと気持ち悪いかも。

「心の声のつもりだろうけど、聞こえてるぞ」

「あ、ごめん、本音」

 僕がそう言うと、夏焼は力なく笑った。いよいよ力尽きそうだなって思った。声に覇気がない。


「あそこにある店にちょいちょい顔出してるのは本当。叔父さんがいるのも」

「なんでまたそんなとこに」

「エリコが来てないか聞こうと思って」

「えりこ????」

「俺の母親」

「え?」

 僕が聞き返すと、夏焼はもう両目を閉じていた。そして静かに静かに、寝息をたてた。


 ただ見つめた。

 ふと、記憶の底からなにかが浮上しようとしていく感覚が芽生えた。

 ずっと前にあったことだ。確か公園だった。たぶん大通公園の端っこかもしれない。


 あの時、あの子は泣いていたけど……。僕はそれを見て、どうしたんだっけ。

 それを掴みあげる前に、チャイムが僕の思考を邪魔した。


 僕は夏焼を起こさないようにそっと席を立ち、静かに保健室を後にした。誰もいない廊下に雨の音だけが残った。

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