- hiri hiri - 

久納 一湖

1 夏焼 海斗

 マンションの敷地を抜けて駆けだしたAM8:30。太陽の日差しがじりじりコンクリートを焼いている。焼いているといえば、俺の名前は夏焼海斗だ。あっつい夏と広くて大きな海の名前。まさに俺にぴったりの名前だ。親があんなんでなければ。


 今日から七月だ。これから夏本番の季節に俺は浮かれている。月曜日なのに憂鬱じゃないかって? そんなこと思ったことないよ。だって俺、学校行くの大好きだもん。敷地に沿った下り坂を駆け下りる。走らなくても遅刻はしないけど、走りたかった。この暑さと一体化したかった。そうしたら俺って存在が全解放されそうな気がして。


 坂道を下ったところで、俺は走るのを止めてゆっくり歩いて駅まで向かった。タオルハンカチで汗を拭く。さすがに汗だくの状態で電車に乗るのはマナー違反だろうと俺は思っていた。そもそも走らなければいいのにって? いや、俺は走りたいんだ。外を駆け回っていつも動いていたいんだ。そういう気持ちに蓋をするなんて、高校生から青春を奪うもんだって思わないか? 俺は今年最後の高校生活を謳歌したいんだよ。だから走りたければ走る! 笑いたければ笑う! それが俺。


 駅のトイレに寄って、電車に乗る前にデオドラントスプレーを自分に吹きかけた。鏡を見ると走って風に煽られたからか、髪があちこちの方向を向いている。俺は手で適当に茶色の髪をくしゃくしゃっと撫でて、適当に整えた。前髪が少しうっとうしくなってきている。そろそろ切りたいな。

 次いで耳たぶに触った。かさぶたが剥がれ駆けている。前にピアスを引っかけて血だらけになってから付けるのを止めていたけど、もう治るかな……、なんて思っている内にホームのアナウンスが聞こえて、俺は慌てて電車に飛び乗った。


 少し混雑していて結構揺れるローカル線は、ターミナル駅に向かうサラリーマンや大学生が殆どで、俺みたいな高校生は少ないんだ。この辺りの奴らはみんな地元の高校に行くから。俺が通っている高校も最寄りから三駅で近いけど、ここいらで電車通学の学生は珍しかった。


 ガタゴトと不安定に電車が揺れた。俺は隣に立っていた小柄なおばさんに声を掛けて場所を移動した。俺は百七十五あるからつり革に届くけど、おばさんは届かなくてグラグラ揺れてたんだ。危ないじゃん。だからポールの有るところにって思ってさ。おばさんは俺と顔を合わせなかったけど、軽く会釈してポールを掴んだ。俺のことヤンキーだと思ったのかな。そんなことないんだけど。こう見えて結構、成績いいんだけど。


 電車を降りると、俺はまた駆けだした。ここまで来ると、同じ制服の奴らがたくさんいる。歩いてくる奴、自転車の奴。みんなを追い抜いて、俺は小走りで校舎に入った。このゴール感が大好きなんだ。これから楽しい一日が始まるぞって感じがするだろ?

 靴を履き替えてクラスへ駆け出す。「廊下走るなよ~」と、藤間先生の呑気な声に「おはようございまーす!」と返事をした。教室のドアを開けるとAM8:50。いつもの時間だ。クラスの皆に「おはよ!」ってうと「おはよ」って言ってくれる。ついでに「お前はいつも暑苦しいんだ」って言って、冷感スプレーも吹きかけてくれる。こんな愉快な人たちがたくさんいるから、俺って学校大好きなんだ。


 今、俺のことを「ウザっ」って顔で見たのは冬川だな……。おはよ!



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