第1章 空想少女5 忌まわしい記憶2

 Z大学五号館の二階の広めの待合スペースのベンチに腰かけていた黒沢くろさわれいは悩んでいた。


「どうするべきか」

 美しく繊細な指を額に当てて、苦悩するその姿さえも美しいというべきか、悩める芸術とでもいうべきか、とにかく悩む姿も絵になっている。そばには「秘境クラブ」のメンバが集まっていた。怜はまだ一年生だがクラブの部長でもある。元々は高校にあった秘境クラブをエスカレータ式に上がってきた大学に新たに創設したので上級生がいないのだ。


「あと一人欲しい……」

 怜は呻きにも似た声を漏らした。クラブといっても実際にはサークルで、秘境クラブの活動は文字通り秘境と呼ばれるところを探検したりミステリアスな場所、ときには心霊スポットを訪問したりする、いわば冒険サークルのようなものだ。


「誰でもいいんだけどなあ」

 サークルメンバの高梨たかなし卓也たくやが自販機横のベンチに座ったまま胸の前で腕を組んでいった。

「こうなったら名義だけでもいい」

 同じくメンバの山之井やまのい太一たいち

「怜、誰かいない?」

 二人の女子メンバのうちの一人、園田そのだ巴萌ともえが聞くと、怜は顔を上げた。

「うん。仕方ない。こうなったら」

「何? 誰か当てがあるの?」

 期待して身を乗り出した巴萌は、怜が見つめる視線の行方を追った。


 そこには午前の授業を終えてこちらに向かって歩いてくる集団の中心でひときわ目を引く存在、桃沢ももさわ桃李とおりがいた。楽しそうに話しながらこちらに向かって歩いてくる彼を囲んでいるのは、大学内の桃李ファンの中でもひときわ目立つ女子の集まり、通称「モモノフ」と呼ばれているグループであり、怜のファンクラブ「黒沢会」と対をなす存在である。


「相変わらず、派手ねぇ。桃李とモモノフ軍団。まさか桃李に頼むの?」

 巴萌とほかのメンバは驚いて怜を見つめた。

「駄目よ。桃李は!」

 慌てて止めたのは、もう一人の女子メンバ、名藤なとう紫生むうだ。


「幽霊部員になるのは目に見えているもの。それにモモノフだって怖いし」

「名義だけでもいいんだろ? かといって、本当に知らない奴だと何かの時に不便だし、大学側に名義貸しをバラしたりする奴だと困る。桃沢なら知らないわけじゃないし、さすがに大学側に迂闊なことを喋ったりはしないだろう。僕が頼めばモモノフも文句はいわないよ。それに、あと三日以内に届けを出さないと、今年度の公認サークル指定が受けられない。選んでいられないんだ」


 そういわれると、紫生も引きさがるしかない。部員はここにいない柳沢やなぎさわ恭之やすゆきという男子学生を含めてまだ総勢六名で、全員一年生だった。上級生がいないという点では気楽だが、メンバが少なく大学公認サークルになるにはギリギリで、あと一人のメンバが必要なのだ。大学公認サークルになれば、毎年予算が下りるし部室ももらえる。


「それに何より」

 勢い良く立ち上がった怜をみんなが見上げた。

「何より?」紫生が続きを促した。

「知らない馬鹿より、知ってる馬鹿。ちょっと行ってくる」


 怜はそういい残すと、さっさと桃李たちに向かって歩いて行った。怜がいなくなり、ほかのメンバが少し離れたところで雑談を始めたのを見計らって巴萌が小声で紫生に話しかけた。


「ねえ、昨日の更新もメッチャ面白かったよ。『M&R』」

「もう読んでくれたの?」

「うん。待ちきれなくて。まだ途中までだけどさ。二人が鎮守の森で鬼退治したとこまで」

「ありがとう」


 いま人気の投稿小説『M&R』は、実は紫生が書いている。それを知っているのは親友の巴萌だけ。紫生は将来児童文学作家になりたいと思っていて、その修行を兼ねてペンネーム「MUUムー」と称して、小説投稿を始めたのだが、意外に人気があり最近はランキング上位に入っている。


「MとRのコンビがいいのよね。それに、モデルが近くにいるから余計に面白くって」

 そういって巴萌は廊下の向こうで立ち話をしている桃李と怜をチラッと見た。


 小説の中では「M」と「R」と称しているが、そのモデルは桃李と怜であり、それを知っている巴萌は余計に面白がっている。


「MとRをわたしだけが知っていると思うと余計にワクワクしちゃう」

「巴萌特権よ。でも実際にはあの二人があんなに強いわけないけどね。かなりの脚色。イケメンってとこ以外、共通点ないかも」

 紫生は悪戯っぽい笑顔を見せた。


「ははは。けど、二人がホントに魔族だったらって想像しただけで楽しいのよ。それにいかにもあの二人がいいそうなセリフとか使っているから余計にリアルなの。ほかの人にも教えたいくらいだわ。MとRのモデルはこの二人よ~って」

「ダメダメ。それは絶対にだめよ。わたしが書いているってバレちゃうし」

「分っているって~。もちろんいわない。わたしだけの楽しみだから」

 ふふふっと二人は顔を見合わせて笑った。

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