第1章 空想少女1 イケメン二人、何する人ぞ1

 才色兼備の女子高生夏川リサが高二の三学期に両親と共に惨殺されてから一年。同級生たちは大学生となり、それぞれ平和な学生生活を送っていた。 


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 ハロハロハロー! みんな準備はできてる?

 今人気急上昇のダークファンタジー小説「M&R」はいつもこの言葉で始まる。午前零時十三分。無料投稿サイトに定時更新がなされると、深夜であるにもかかわらず、画面上に表示される「今読んでいる人」の数がどんどん増えていく。作品の冒頭にはこう書いてある。

「これは魔族の物語。もちろん作り話である」


***

 

 びゅーん、と髪を振り乱した女の生首が飛んできたかと思うと、耳まで裂けた口が、転んで四つん這いになって逃げようとしている男の尻に噛みついた。

 ギャーっという悲鳴が暗闇に響いた。


 そのとき前方から黒い人影が近づいてきた。一瞬雲が晴れた隙に暗闇に浮かび上がったのは膝丈のロングジャケットを着た細身で長身のシルエットだ。生首はハッとしたように咥えていた男の尻を離し、そのまま宙に浮いてその人影を眺めている。空気の抜けかかった風船が宙に浮いているようだ。

 男も人影に気づき、「た、助けてくれ」といいながら這うようにして人影の足元まできて、しがみ付いて見上げたが暗くて顔までは見えない。


 はあーっ、と人影は大きく溜息をつき男を見下ろすと聞いた。

「おっさん、女に恨まれるようなことをしたんじゃねえの?」まだ若い男の声だ。

 人影の問いに、はあ、はあ、と息も絶え絶えに男は

「い、いや。そんなの身に覚えはない。きゅ、急にあんなお化けが出てきて」と答えた。

 ガクガク震えているせいで、ぶつかり合う歯がカチカチと小刻みな音を立てている。


「そうか。おかしいなあ」


 人影が頭を捻ったのが気配で分かった。待ち構えていたように生首が人影めがけて高速で突っ込んできた。人影はサッと身をかわしたが牙がかすったらしく衣服がこすれる音がした。そのまま行き過ぎた生首が急ブレーキをかけたように止まってまたこちらを振り返った。


 休む間もなく顔はまた高速で引き返してきて人影に襲い掛かり、それをまた人影がかろうじてよけるという振り子のように行ったり来たりを繰り返す攻防が続いた。人影は顔をよけるのが精一杯で、徐々に顔や手に傷が増えていく。いきなり顔がピタッと空中で静止した。


 周囲が少し明るくなったので尻もちをついたままの男が辺りを見回すと、人影の血の匂いを嗅ぎつけたかのように、多くの顔が集まって来て周囲を取り囲んでいる。顔たちはふわふわしながらどんどん集まり、ついに顔だけで巨大な人型の生き物を作り上げた。


 うわーっ! と男が絶叫したとき、顔だらけの巨人の腹を内部からぶち破って真っ白い玉が飛び出してきた。


 予想外の出来事に男は叫び声を飲み込んだ。


 白い玉はやわらかい蕾が花開くようにふわっと広がったかと思うと、あっという間に一匹の大きな獣の姿に変わった。青い闇の中で目が真っ赤に燃え上がり、呼吸をするたびに口から青い炎の息が出たり入ったりしている。ペットショップで見たフェレットとか、そういうのが巨大化したように見えたが、尻尾が九股に分かれている。


 今度はこいつに喰われるのか、そう思っているとその化け物は、顔たちに襲い掛かり、再集結し始めていた巨人の型を崩した。弾き出された一つの顔が、ポーンと男の方に飛んできて、ついでに喰ってやるといわんばかりに口が大きく開いた。


「よけろ!」

 少し離れたところにいた人影が大声を出したが間に合わない。


 もうだめだ!

 そう思った瞬間、目の前を真黒い塊が横切り、そのあとには顔はどこにもなかった。


 キョロキョロと当たりを見回すと、白い獣と対をなすようによく似た黒い獣がすぐそばで鵜が魚を飲み込むように、顔を一口で飲み込んでいるところだった。唖然としている男の横をすりぬけ白い獣が駆け寄り、黒い獣に炎を吐いた。


「ソレ、ビャクダンノ。ヨコドリ、ズルイ」

 すると黒い獣が、火を吐き返して

「オレガ、トッタ。コレ、シャンカラノモノ」といい返した。

 白い獣は人影の方を向いた。

「トーリ、ミテ。シャンカラ、ビャクダンノオヤツ、トッタ。オコッテ」

 桃李とおりと呼ばれた人影は

「いいから。仲良く分けて食べなさい。たくさんあるから」と優しく子供をあやすように答えた。


 男は怪訝な表情でその奇妙なやりとりを目を凝らして見つめた。

 これは現実なのか。


 そのまま桃李が寄ってきて、自分の肩に手を置いた。その間にも、顔たちは集まって再び大きな人型を形成し始めていた。


「おい。しっかりしろ。立て」

 桃李が男の腕をもって立たせようとしたが、男は腰が抜けて立ち上がれない。男の様子を見かねた桃李は、暗闇に向かってこういい放った。


れい、いるんだろう? 出てきて手伝え」


 すると闇を切り抜いたようにぬっと現れた別の人影が桃李の側に立った。

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