2度目の年越しそばのわけ

平成03

第1話

 かじかんだ手に息を吹き掛けると、また少し指が動くようになる。突き刺すような寒さの中、神様に奉納する舞の稽古はますます熱を帯びていく。明日は大晦日、私たちの巫女舞を披露する日はもうすぐそこまで来ている。




 この地域では、12歳を迎える女子は神社の巫女舞に参加するのが慣わしになっている。多い年は20人ほどいたこともあったが、今年は私を含めて8人。


 転校したばかりで知り合いがいなかった私は正直後ろ向きな気持ちだったが、写真家のお父さんが「奈緒子の晴れ舞台か……」と感慨深げだったのでやむなく参加した。もっとも、地域の慣わしに反して不参加の意を表明するなんてできないってことに、この時の私は気づいていなかったけど。




 それにしても、寒い。巫女服は思ったよりも寒い。みんなはどうしているのかと周りを見ると、ヒートテックを重ね着したり厚手のタイツを履いたりしている。そういうテクニックを教えてくれる先輩や友達はいないもんね、と改めて孤独を感じながら着替えを済ませ帰路に着く。


 寒気がするのでコンビニで肉まんを一つ買って、頬張りながら帰ることにした。ホカホカと湯気を立てながら提供された肉まんは持つだけで暖かく、口に含むと熱かった。玉ねぎのいい香りが鼻を通り抜ける……はずだったのだが。


「……あー、風邪かなこれは。ズズッ」


 鼻が詰まって味がよく分からない。寒い寒いと思っていたけど、この震えは熱のせいかもしれない。ぼんやり歩いて、気がついたら家の前にいた。ひと口かじっただけの肉まんはもう冷えて固くなり始めていた。



 

 お父さんに体調のことを伝えると、一瞬残念そうな顔をしたけどすぐに


「そうか……奈緒子の体調が一番だからな。しっかり休むといい。神社の皆さんには父さんが連絡しておくから」


 そう言うと父さんはいそいそと部屋を出ていってしまった。ご飯はいつものように冷凍ごはんとスーパーのお惣菜。こんな時くらいおかゆの一つでも作ってよ、と言いたいところだが、男手一つで私を育ててくれているのだから文句は言えない。




 手をつけないのは申し訳ないので付け合わせの野菜を少しつまんで自分の部屋に戻った。熱を測ると38.4℃、どうりで頭がぼーっとするわけだ。


 私は布団を被ってぼんやりとスマホを眺めた。みんなストーリーに練習風景や出演の時間を載せている。自分たちの代だけ観客が少ないのは恥だ、と話しているのを聞いたことがある。みんなそれぞれツテを使って人を集めようとしているわけだが、よそ者の私は戦力外と言うことで今のところ宣伝を頼まれたことはない。



◇◇◇◇



 気がつくと懐かしい人形が目の前に置いてあって、私はこれが夢だと気づいた。この人形はお母さんが作ってくれたものだ。お母さんが離婚して家を出ていく時「絶対に受け取るから、しばらく預かってて」と私が押し付けたものだから、それが私の部屋にあるはずはない。つまり、夢だ。




「奈緒子チャン、ダメダヨ! ソンナ顔シテチャ!」


 人形はお母さんの裏声で喋り出す。そうだったなあ、仕事で家を空けることが多い両親だったから、こうして手作りの『友達』を用意してくれたんだった。トイレとかご飯とか寝るときなんかも、いつも抱きしめていたっけ。それでお母さんが裏声で人形のセリフを言ってくれたりして。




「独リボッチノ時ハ、ドウシタラ良インダッケ?」


「……自分から行動すること。いつもお母さん言ってたもんね」


 人形は満足そうに頷いたけど、私は正直不満だった。自分から行動したって、なんともできないこともある。どうしたって抜け出せない孤独もあるよ。だって、私がどんなに頑張ったってお父さんとお母さんは離婚しちゃったでしょ。確かにお父さんは仕事で家を空けがちだし、気は利かないし稼ぎも不安定だよ。でもやっぱり、みんなで一緒にいたかったよ。




 目が覚めると点けていた部屋の明かりは消えていて、私の身体にはきれいに布団が掛けられていた。


 ほらね、お父さんって優しいところもあるんだよ。どうして行っちゃったの、お母さん……。



◇◇◇◇



 お父さんは夕方からの巫女舞を撮影しに行った。もともと私がいなくても仕事で撮る予定だったから仕方ない。私の熱も37℃台に落ち着いていたし、別に問題はなかった。ただ出がけに心底嬉しそうな顔で


「なあ奈緒子、夜のお参りだけでも一緒にしないか? 今年の除夜の鐘はなんだかスゴいらしいぞ」


 なんて言ってくるのは勘弁してほしかった。ただでさえ舞台当日に穴を開けているというのに、年の瀬ムードだけ味わいに行くなんて選択肢はなかった。そんなことをすれば冬休み明けの学校に私の居場所は、ない。まあ、今もあるわけじゃないけど。



◇◇◇◇



 毎年見ていた年末のお笑い番組はもうやらないらしい。年越しそばにお湯を注ぎながら何となくつけっぱなしにしているテレビに目をやる。今年流行った曲が次々披露されている。懐かしさも感じるが、大晦日を1人で過ごす孤独を紛らわせるほどではなかった。


 時刻は23時前。お父さんは除夜の鐘がどうとか言ってたからまだまだ帰っては来ないだろう。テレビもつまらないし、かと言ってSNSは見ても寂しくなるだけだし。どうやって時間をつぶそうか、なんて考えていたらタイマーがそばの完成を告げる。かき揚げを乗せて食べ始めると、何だか少し元気が出た。温かいものは良い。




 遠くからゴーン、ゴーンと鐘の音が聞こえてくる。お父さんは何かスゴいらしいことを言っていたけど、何も変わらないように聞こえる。あんなに幸せそうなお父さんの表情は、2人が離婚してからは初めて見た。


 


「独リボッチノ時ハ、ドウシタラ良インダッケ?」




 夢で見た人形の声が聞こえた、気がした。自分で行動してみる、ね。どうしたらお母さんが帰ってきてくれるかなんて分からないよ。……でもまあ、電話くらいしてみてもいいかな。年末だし。なんてよく分からない理屈で自分を説得して、行動を起こしてみることにした。




 プルルルル、プルルルル……カチャ。




「奈緒子? どうかしたの? またお父さん写真のお仕事で奈緒子のこと1人にしてるの?」


 お母さんは相変わらずの早口で優しい言葉をたくさん投げかけてくれた。ああ、電話してよかった、と思っていた矢先、あることに気がついた。




 ゴーン、ゴーン、ゴーン……。外から聞こえる除夜の鐘がお母さんの電話からも鳴っている。リズムがまるで一緒だ。


「え……? お母さん、今どこにいるの?」




 疑問を、淡い期待とともにぶつけた。そのとき、玄関の方から音がした。電話口からもガチャンと音がする。


「奈緒子、ただいまー。年越しそば、もう食ったか?」


 お父さんの声が2回聞こえる。そして、こちらに走ってくる足音も。




「奈緒子! 体調悪いんだって? ゴメンね、奈緒子のことひとりぼっちにするなんて。お父さんってば全然子どもの気持ち分かってないんだから! ……ってそれはお母さんも一緒か」


 途中からはあんまり聞き取れなかった。お母さんの胸の中に埋まっていたから。




 外からはゴーンと鐘が鳴り、テンションが上がった人たちの叫び声も聞こえた。ハッピーニューイヤー、そしてさよなら、ひとりぼっち!







お題:ひとりぼっちの脱出口&すごい除夜の鐘





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