第16話 WEC バーレーン8時間

 10月末、バーレーンに出発しようとした時、TMR-Eにとんでもない知らせが飛び込んできた。セカンドドライバーのミックが乗ったタクシーが暴走車に追突されて、ミックが大けがをおったというのだ。

 それで、ミックの代役で朱里が乗ることになった。本来ならば男性ドライバーのリザーブドライバーが乗るはずだったのだが、中須賀と小田が話し合って今年3戦乗っている朱里にかけようということになった。

 バーレーンのレースは変則である。中東にあるサーキットなので暑い昼間の開催は困難だ。決勝は土曜日の午後2時にスタートし、午後10時に終了となる。ヨーロッパのTVタイムに合わせているともいえるが、まるでルマンのナイトセッションと同じである。もっとも担当するのはエースのミックだから朱里はさほどの緊張はない。しかし、初のサーキットなのでフリー走行だけで慣れるのは結構大変だった。特に第1コーナーからの複合コーナーと第9・10の左のブラインドコーナーは慣れるのが大変だった。しかし、コース脇にボラードと呼ばれるはみだし禁止のためのポールが立っているのだが、そこをぎりぎり攻めるのがコツということがわかったのは収穫だった。

 予選ハイパーポールは8号車の平田が1分46秒564でポールをとった。他のマシンがハードタイヤを選択したのに、T社の2台はミディアムタイヤを選択し、3周目にアタックをかけたのが功を奏した。それも7号車のニックが先行し、平田をスリップで引っ張り、ストレートの伸びを引き出したのだ。ニックも0.489秒遅れの2位を確保した。だが、3位のP社、4位のR社とは僅差となった。ウエイトハンディがなければ圧倒的な差になっていたことだろう。と思われた。

 決勝スタート。スタートから波乱が起きた。4位のR社のマシンが第1コーナーでハードブレーキング。タイヤスモークをあげている。それであろうことか、2位のミックのケツをプッシュしてしまった。ミックはコーナリングの途中でプッシュされてしまったので、ハーフスピンをしてコースアウトをして止まってしまった。幸いなことに大きなトラブルはないが、GT3のマシンが通り過ぎるまで、待つしかなかった。最後尾でもどるしかなかった。アクシデントはそれでおさまらず、第2・3コーナーでもクラッシュしている。ハイパーカーの2台が衝突し、コース上に止まっている。SCカー導入である。

 数周走ってメインストレートに一時整列。それで、ニックはハイパーカーの最後尾につくことができた。これでレースができると中須賀と小田はホッとしている。朱里はこの後の展開がどうなるやらと心配だったが、ニックの走りはすごかった。小田からフリーの指令が出たので、思いっきり走っている。30分後には6位にあがっている。最初のピットインで4位にあがり、2時間後の交代時には2位にもどっていた。ニックは満足した顔をしてマシンを降りてきた。中須賀と小田がねぎらいの言葉をかけている。朱里も言葉をかけようと思ったが、ミックが

「Don’t lose to Yuria . 」(ユリアに負けるなよ)

 と言い残してパドックのトレーラーに向かってしまった。

 そうなのだ。朱里のライバルはユリアとカイルだ。ましてやユリアと同じマシンに乗るのは今回が最初で最後になるかもしれない。ユリアは結婚を間近にしている。もしかしたら今回のレースでしばらくレースから遠ざかるかもしれない。ユリアに負けたままでは、一流とは言えないのだ。

 午後6時、まだ明るい内に朱里に交代。トップとは45秒差がある。3位のP社とは5秒差、4位のF社とは7秒差だ。2台で3位争いをしている。朱里はマイペースで走ることができた。だが、小田からは

「ユリアの1分50秒のペースを守れ」

 という指令がでている。だが、1時間走っても1分51秒台でしか走れない。

 午後7時、ピットインで給油とタイヤ交換をする。その際にミックから

「 Don't be afraid ! At least try to hit it against the bollard . 」

(おそれるな。ボラードにぶつけるぐらいせめていけ)

 と無線で言われた。朱里は守りの走りになっていたことを自省した。そこで

監督の小田に

「せめていいですか?」

 と聞くと、小田からは

「いいよ。やってみろ。朱里のドライヴングを見てみたい」

 という返事がきたので、朱里は心機一転コースに出ていった。

 タイヤがあったまったのを感じてからアタック開始。ポイントは第9・10の左のブラインドコーナーだ。無線で前にマシンがいないとわかるとボラードぎりぎりにせめる。何度か繰り返していると、ブレーキポイントやアクセル開度がわかってきた。

 残り30分で、1分50秒台がだせた。無線で小田から

「Good ! 1分50秒台が出たぞ」

 と連絡がきた。それでも朱里は気をゆるめない。次の周もアタックした。複合コーナーを最短のラインで走り、できる限りブレーキを使わず、アクセルコントロールとシフトチェンジでコーナリングをするようにした。すると

「朱里すごいぞ。1分49秒台だ!」

 という叫び声が無線で入ってきた。しかし、すぐに

「朱里、燃費が気になる。最初の1分51秒台にもどしてくれ」

 という指令が入ってきた。ということで、またもやマイペースにもどった。

 午後8時、陽が落ち始めたころ、ニックに交代。ニックは

「Good job ! 」(よくやった)

 と声をかけてくれた。朱里もやりきった気がした。パドックのトレーラーにもどるとユリアがやってきて、

「 Good work . That was a good time . Now I can retire without worrying . 」

(おつかれさん。いいタイムだったね。これで私も心おきなく引退できるわ)

 と言ってくれた。ユリアの握手はあたたかった。なんかジワーとしてきて、朱里からユリアから抱きついていた。

 ちなみにレースはT社のワンツーフィニッシュとなった。8号車の年間チャンピオン決定である。


 あとがき


 ここまで読んでいただきありがとうございます。この後、朱里はWEC全戦参戦そしてF1へのチャレンジと続くのですが、連載はしばらくお休みさせていただきます。平行して書いている時代小説の方に集中することになります。その時が来たら続編を書きたいと思っています。

 最後にモデルになった野田ジュジュさんの今後のさらなる活躍を心より願っております。


                     飛鳥竜二


 

 

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スーパーGTに女性ドライバー登場 飛鳥 竜二 @taryuji

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