第13話 スーパーGT MOTEGI

 8月末、朱里はモビィリティリゾートMOTEGIのホテルにいた。いつもはチームのキャンピングカーに泊まるのだが、WECに参加しているドライバーなので特別待遇だ。朝食をゆったりとっているとマリアがやってきた。

「Good morning Shuri ! Can I sit with you ? 」

(おはよー朱里、相席していい?)

 ライバルチームのドライバーと話はしたくないのだが、断る理由もないので

「OK 、please . 」(いいよ。どうぞ)

 マリアは座ると、コーヒーを飲みながら

「 Is WEC difficult ? 」(WECは大変?)

 と聞いてくる。そこで、朱里は

「 Le Mans was a tough 8 hour ride . Especially the night sessions . 」

(ルマンは8時間も乗るから大変だった。特にナイトセッションがね)

「 Come to think of it , it was overrunning . 」

(そういえばオーバーランしていたものね)

 朱里にとっては思い出したくないことだった。

「 I'm plannning to go back to F1 reserve next year , but aren't you going to do F1 ? 」

(私は来年F1のリザーブにもどるつもりなんだけど、あなたはF1やらないの?)

 F1と聞いて、そこまで考えたことがないので

「 I've never thought about it . I'll think about it when the story comes . 」

(考えたことない。話がきたら考えるけど・・)

「Hmm , you don't have any desire . If you are a real racer , you have to aim for F1 . You get tired of the endurance race at the Endurance Tournament . 」

(フーン、朱里は欲がないんだ。レーサーだったらF1めざさないとね。がまん大会の耐久レースはあきるでしょ)

「 That's not true . It's great to see the whole team trying to win . It has a defferent meaning than winning based on machine performance like in F1 」

(そんなことないよ。チームみんなで勝利をめざすのはすばらしいことよ。F1みたいにマシンの性能で勝つのとは意味が違うわ)

「That's what you think . In that case , I won't be running the same race next year . 」

(朱里はそう考えるんだ。となると、来年は同じレースで走らないね)

 マリアは朱里が来年どうするか気になっていたんだなとわかった。朱里はマリアをライバル視しているわけではないので、ニコッと笑ってレストランを後にした。

 部屋にもどって、自分のライバルを考えた場合、T社のユリアとカイルしか思い浮かばなかった。今の自分にとっては、この2人に追いつき、追い越すことが課せられた使命だと思った。

 チームの迎えの車が来て、パドックに移動する。ここからはスーパーGTモードに入る。

 フリー走行で、MOTEGIのコースの感触を思い出す。だが、スピードが乗らない。チームがサクセスウェイトより燃料流量リストリクターを選択したために、加速が鈍いのである。すでに2勝しているので、ポイントは50Pでランキング2位につけている。1位はH社の5番、飯田・リリアチームだ。4戦とも表彰台に乗っている。こちらのチームも燃料流量リストリクターを採用している。サクセスウエィト100kgとなるところだが、リストリクターを選択することで、ウエィトが50kgに減るのである。50kgに減れば、他のマシンと同等のウエィトで走ることができる。しかし、リストリクターでおよそ5%の燃料制限がかかる。でもメリットもある。燃料消費が少なくなるので、満タンで長く走ることができるし、他のマシンと対等に走りたい場合は燃料を少なくして車体の重さを減らすことができるのだ。

 Q1には朱里がでた。ガソリンは5周しか走れない分しか入れていない。2周でタイヤをあたためて、3周目アタック。だが、バックストレートでタイムが伸びていない。チームは4周目アタックを無線で指示。朱里は、ビクトリーコーナーからアクセル全開モードに入った。第1・2コーナーをラインどおりに抜ける。加速重視のラインだ。第3・4コーナーも同様である。次は右のきつい第5コーナー。ここでアウトから一気にインに入り、アクセルをあける。マシンが振られる。つづくS字のライン。できるかぎり直線に近いラインで走る。横Gを感じる。そして問題のVの字コーナー。ここもアウトからインにズバッと切り込む。そしてヘアピンから裏ストレートへ。速度は思うようには伸びない。でも、次は右の90度コーナー。ラインをしっかり守ってビクトリーコーナーへ。左・右と細かくステアリングを切る。幸いに他のマシンに邪魔されずにすんだ。

「いいぞ!」

 と無線が入った。この時点で5番手のタイムだ。他のマシンのアタック待ちだ。結果は8位となった。ぎりぎりでQ2進出だ。ただ、同じ燃料流量リストリクターを使うH社5番には0.08秒及ばなかった。5コーナーでマシンが振られた分だと朱里は思った。だが、同じ条件のマシンに負けたのは悔しかった。救いはリリアではなく、エースの飯田ということだけであった。山木が

「朱里、よくやった。Q2は任せておけ」

 という言葉がうれしく感じた。

 Q2では、山木は5位に入った。H社のリリアは6位だった。さすが山木である。


 翌決勝日。天気は雨となった。ハンディのあるマシンにとっては有利である。加速勝負で差がつかないからである。スタートドライバーは山木で、ひとつポジションをあげて4位で朱里と交代した。残り30周、朱里の腕にかかっている。

 3位にはN社の3番マリアが走っている。5秒差だ。マリアは80kgのウエイトを積んでいる。リストリクターは変更されていないが、雨の状況ではマシンの性能はほとんどない。直線ではマリアの方が速いが、コーナーではマリアの方が早くブレーキを踏む傾向にある。少しずつ差が縮まっている。

 残り10周で、マリアに追いついた。じっくりとマリアの走りを観察する。監督の館山からは

「チャンスがあったら抜いていいぞ」

 と言われている。

 第5コーナーやVの字コーナーでは抜けそうな感がした。ブレーキング勝負で前に出ることができそうだった。

 残り5周。コーナーで横に並ぶ。しかし、マリアも負けていない。インを譲らない。朱里には負けたくないと思っているのだろう。

 残り2周。GT300の集団にひっかかった。それもトップ争いをしている3台の集団だ。バトルをしているので、なかなかゆずってくれない。バックストレートでやっとマリアが抜けた。朱里もすぐに追い抜いた。朱里がマリアのすぐ後ろにつく。そしてアウトにでる。ラインはアウトインアウトがベストだ。マリアもアウトにずれる。そこを朱里がインに入る。そこからブレーキング競争だ。ほぼ同時に右90度コーナーに入る。朱里がインにいるので、マリアは理想的なラインがとれない。オーバーラン寸前で曲がっていく。朱里はインインでまがりコーナー出口ではコース中央部のラインをとることができた。マシン1台分の幅は残してあるので、ペナルティにはならない。

 ビクトリーコーナーを立ち上がる時には朱里がリードしていた。ピットは大騒ぎだ。しかし、山木と館山は喜んでいない。朱里の課題は守りの走りができるかどうかだ。攻める走りは得意だけれど、追い上げられた時の走りに課題があると思っている。ルマンでオーバーランした時もトップにでた時だった。

 ファイナルラップ。第5コーナーでマリアが横に並ぶ。でもブレーキング競争で勝つ。Vの字コーナーでも同様だ。マリアのしつこいプレッシャーがかかる。そしてバックストレート、前にGT300のマシンが2台いる。2台がラインを譲り、朱里とマリアは前後で右90度コーナーに飛び込んだ。雨はまだ降り続いており、おもいっきりアクセルをあけるとスピンしかねない。アクセルワークでビクトリーコーナーを抜けていく。横にマリアがやってくる。後は加速勝負だ。

 フィニッシュ! 朱里がマリアに勝った。あと10mあったら負けていたかもしれない。ピットは歓声に包まれている。ハンディをしょっての3位入賞。ランキングは2位のままだが、トップとの差は3Pに縮まった。残り2戦で逆転できない差ではない。次は9月のオートポリスだし、サクセスウエイトもゆるくなる。WECは最終戦の11月バーレーンを残すのみなので、しばらく日本ぐらしが続く。富士での練習走行の日々が続いた。

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