第11話 スーパーGT 富士450km
7月の第2週、朱里は富士にいた。T社のホームコースである。今年のT社は3人体制で450kmを走る。山木・朱里そして庄野である。女性2人のチームなので、他のチームからはうらやましがられていた。チャンピオンカーなのに、ハンディ1分を得ているからである。
チャレンジチームは今季SUGOで優勝したのみで、あとは表彰台を逃していた。サクセスウエィトは60kgである。正直、庄野では役不足だと思われている。今回の富士、8月末のMOTEGI、9月の大分オートポリス450km、そして最終戦の10月鈴鹿450kmと連続して朱里が乗る予定なので、連続チャンピオンに向けて巻き返しを図る腹積もりなのだ。
WECの方は先週、イタリアモンツァで6時間レースが行われ、7号車は3位に入ったが、8号車は5位に沈んだ。やはりウエィトがきいており、6時間レースでは取り返しがきかないまま終わってしまった。次は8月初めの富士6時間、その次が最終戦のバーレーン8時間で11月初めに開催される。朱里が乗るかどうかは未定である。
予選Q1、朱里が任された。1分25秒964の好タイムでQ2にすすむことができた。もうおしもおされぬ一流ドライバーの仲間入りである。女性ドライバーだからといって、幅寄せをしてくるドライバーはいなくなっていた。
予選Q2、山木のドライヴィングでアタック。だが、ウエィトがきいており、昨年のタイムより遅い1分25秒932に終わってしまった。予選6位からのスタートである。
翌日曜日。決勝日は暑い日となった。35度を超す予報が出ている。路面温度は60度まで上がると思われた。タイヤの勝負だ。監督の館山はバクチをうつことにした。そうしないと上位に食い込めないと判断したのだ。
「4スティントでいくぞ」
と言い出したのである。皆は、ソフトタイヤででるのかとびっくりした。しかし、ソフトタイヤで走るのは山木だけで、朱里と庄野はハードタイヤだ。
スタートは山木が担当することになった。99周の内、最初の16周を走る。次の33周を庄野、3番目の33周を朱里、そして残り17周を山木が走るという作戦だ。
スタートラインに全車がならぶ。ソフトタイヤをはいたのは山木だけだ。だが、館山は、N社のスタートドライバーがマリアであることが気になった。今回、サードドライバーの近澤は登録されておらず、山上との2人体制だ。ふつうの人は2人で4ステイントをすると思っている。
(もしかして、マリアが2スティントを走るとしたら、うちのチームの1分間マージンがなくなる。だが、この暑さで女性が2スティントを走ることができるだろうか)
マリアのチームは3位表彰台が一度あるだけで、ランキング5位にとどまっている。ここでバクチをうってくる可能性は大いにある。
ローリングスタートが始まった。ポールポジションのH社高橋のペースでレースが始まる。山木はいいペースで走り、1周目に5位にあがった。10周目にはトップの高橋にせまる2位までにあがっている。だが、ソフトタイヤが厳しくなっている。16周もたないかもしれないと判断した館山は1周早くピットインさせた。
16周目、庄野に交代。順位は8位に落ちている。だが、庄野には
「トップと1分以内にいればいい」
という命がだされている。現在40秒差。まだ余裕がある。
35周目、全車がドライバー交代を行い、順位が確定してきた。注目のマリアは33週を走り終えた。もしかしたら3スティントにまたでてくるかもしれないと、館山は思った。庄野は他車のピットインがあったので、3位にいる。トップとの差も20秒に縮んでいる。館山は
「KEEP」
と言い続けている。庄野も自分の役割を心得ており、無理はしない。たんたんとGT300のマシンを抜くことだけをしている。
48周目、朱里に交代。ピットインの影響で、トップとの差は50秒に広がった。まだ10秒の余裕があるが、館山は朱里に
「チャンスがあったら抜いていいぞ」
と言っている。WECドライバーである朱里には全幅の信頼を寄せているのだ。
67周目、山上に代わってマリアがまた出てきた。このまま最後まで走れば、女性ドライバー2人のチャレンジチームと同じになる。レースアナウンサーも見た目のトップ争いよりもマリアと朱里のトップ争いと叫んでいる。実際には4位争いなのだが、朱里が前にいて、マリアが10秒後ろに位置している。これだと、朱里がピットインするとマリアが前にでることになる。20秒差まで拡げないと、対等にはならない。朱里はがんばって走ったが、15秒差まで拡げるのが精一杯だった。
82周目、山木に交代だ。タイヤはソフトではなく、ミディアムにした。最後でたれてしまったのでは、勝負にならない。
山木はマリアの5秒差の5位でコースにもどった。トップとの差は、30秒差だ。見た目は5位だが、ハンディがあるので実質2位だ。山木のドライヴィングならばトップにでることも可能だ。館山は山木に
「任せたぞ」
と一言言っただけだ。山木は無言でうなずいた。
90周目、山木はマリアのすぐ後ろについた。ここからプレッシャーをかけ続ける作戦だ。マリアは2回目の走行で、疲労がたまっていると考えたのである。
95周目、ヘアピンでマリアのラインが変わってきているのを山木は気づいた。
99周目ファイナルラップ。第1コーナーで、マリアがはみだした。山木が抜いていく。そのまま、チェッカーを受けた。館山は、してやったりとガッツポーズを見せた。ピットは大騒ぎだ。チームの皆がそれぞれの役割を果たし、勝ち得た優勝だ。しかし、朱里は心から喜べなかった。ハンディで勝つことは何かしっくりこない。ハンディなしで勝ちたいと切に願う朱里であった。
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