君と月を見たかった

ゆーぎり

少女M

 今の日々も退屈ではあるけれど、あの頃の日々は虚無だったように思える。

 友達とレッテルを貼ったような相手と仲の良いふりをしている演劇じみた学校生活。

 楽しいと思いこみながらやっていた習い事。

 誰かの描いた絵空事みたいな夢を盲目的に追いかけてしていたお勉強。

 その全てが退屈でどうしようもなく虚しさだけを積み重ねている日々だった。


 そんな世界の中で私が唯一、意味を感じられた時間は彼女と話をしている僅かな瞬間だった。


「この子、かわいくない?」


 そう言ってA4のノートに書いた白黒の少女を見せてきた。

 それはある日の学校の休み時間のことだ。

 彼女は絵を描くのが好きで、よく授業中や放課後にイラストを描いていた。それはすでにいるキャタクターの模倣だったり、オリジナルのキャラクターだったりする。

 どっちにしても実際に商品として出ているようなモノと比べると陳腐なモノに思えるけれど、上手に特徴を掴んでいて、そのキャラクターの魅力は十分に伝わるようなモノだった。


 私が彼女とお話をするようになったのは本当に些細なことだった。席が隣になったというだけのこと。私のクラスはくじを引いて席替えをするタイプのクラスで、私が引いたくじと彼女が引いたくじが隣り合っていただけ、それだけのことだ。

 そして当時、私が好きだった本を読んでいたときに、彼女が「それ、私も好きなんだ」とそう言って笑いかけてきた。

 ただ、それだけのこと。

 だけれど、それだけのことが私の人生を変えたといっても過言ではなかった。


 それから色々と彼女と会話を重ねた。きっかけになった小説のお話だったり、普段の授業のこと、教師への愚痴だったり、クラスメイトのお話を。ありふれた雑談だったり、ノートの切れ端を使った文通だったり、それは色々な手段を使って。

 

 もう、どんな言葉を重ねていたのかも覚えていないけれど、その時間がどうしようもなく楽しかったことだけは覚えていて、その楽しさがあの頃の私の生きる理由で、今までの私の生きる燃料だった。


 彼女が私に教えてくれたモノは今も私の中に残っていて、それが私の枯れ果てた胸の中でかすかに燃えている。それが有ったから私は今でも生きている。


 それは例えば機械が奏でる音楽。

 それは例えばキャラを愛すること。

 それは例えば創作することの楽しさ。

 それは例えば言葉を綴ることの価値。


 彼女が居なければきっと、こうしてアニメみたいな小説を読むことはきっと無かったし、ネットを使って音楽を探すことも、本にならない小説を読むこともきっと無かった。それらを楽しむことを教えてくれたのが彼女だった。


 見たことも無いような世界を、彼女が教えてくれた。今まで好きだったモノはもちろんそれまで通り好きだったけれど、彼女が教えてくれたそれらは確実に私の世界を広げてくれた。


 彼女も自分が書いているキャラをインターネットにあげているといっていた。ついにそのアカウントを教えて貰うことは無かったけれど、そこで出来た、顔も知らない誰かとの繋がりを楽しそうに話す姿に私は憧れた。


 彼女と過ごしていた日々の中には彼女が作ったキャラに物語を綴ることも有った。彼女が自分の好きに作った少年少女に要素を当てはめて、一人の人間として産み落としていく。自分の理想だったり、逆に自分の嫌いを押し込めて人間を作っていくことは楽しくてかけがえのない日々だった。


 そういうことをしながら生きていけたらきっと幸せなんだろうとは思うけれど、生きていくためにそんなことをし始めるとそれはそれで苦しみが生まれることだって分かる。


 それでも、そういうことをしているときだけは、彼女と過ごした日々が確かに有ったのだと感じられるような気がするから、その思い出に縋るように私は妄想をノートに綴った。

 

 物語を読んだ。

 言葉を並べた。

 音楽に溺れた。


 きっとこんなことに意味なんて無いけれど、そういう無意味なモノに縋り付いていないと私は生きていくことすら出来ないから。無意味に彼女との日々を綴る。

 その度に、今の私は彼女の面影を追い続けるようなことしかしていないことを理解してしまう。彼女はコレを好きになるのだろうか?それともくだらないと吐き捨てるのだろうか?そんな風にしか世界を見ることが出来なくて、それはひどく味気なく思えた。

 

 きっと彼女に今の自分が好きなモノを話すことは無いのだろうけれど、それでも目の前のことを一つずつ追いかけて、そうして意味の無い何かをずっと重ねていく。


 意味なんてきっと無いけれど。

 

 

 

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君と月を見たかった ゆーぎり @mizakimisae

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