第15話  猫

           1

 

「魔王城までどれくらいでしょうか?」

「そうだな、まだ半分くらいか」

「まだまだ長いなあ」


 街の大通りから声が聞こえる。

 声の主は一人の少女と二人の生首である


「早く行きたいのですが……」

 少女クレアは焦っていた。

「しかたあるまい。馬車の故障ではな」

 魔王の生首ヴァ―ルはたしなめる。

「いい機会だ。ここで英気を養おうぜ」

 勇者の生首アレックスは楽しそうに笑う。



          2


 魔王城に向かう一行は途中の町で滞在していた。

 馬車に故障がみつかり、修理してもらうため数日この街に滞在することになったのだ。

 ここは魔族の町で、二人の生首も不審に思われることはなかった。

 だがクレアは見た目が人間のため、変装することでごまかしていた。

 一行は修理してくれる店を探しに街を散策しているのだった。


「しかし、大きな街ですね」

「ここは立地が良くてな。国の貿易の要所として栄えたのだ」

 クレアの疑問にヴァ―ルが答えた。

「だから、修理する店も簡単に見つかるであろう」

「しかし、道がたくさんあって迷子になるな。

 地図はないのか?」

「広場に行けば大きな地図があるはずだ」


「狭い道も多いので迷わないようにしないと……」

 広場に向かって歩いていると、狭い路地から猫が飛び出してきた。

「あっ、猫です。こっちおいで」

 クレアは視線を低くして、猫を呼び寄せようとする。


「ニャアニャア」

 クレアがなんとか猫と会話を試みようとしていた。

 その様子を見ながら、アレックスはヴァ―ルに話しかけた。

「ここら辺にも猫はいるんだな」

「当たり前だ。魔族を何だと思っている。

 と言いたいところだが、我も最近まで人間も猫と生活することがあるのを知らなかったがな」

「ふーん」


 近づいてきた猫は、一行から少し離れたところに座り、ヴァ―ルを見つめた。

「あれ、ヴァ―ル様を見ていますね。

 お知り合いですか?」

「我に猫の知り合いはおらんよ。

 それに我は猫が苦手だ」

「おや、それは初めて聞きました」


 ヴァ―ルの言葉に、三人の誰でもない声が答える。

 驚いた一行は周囲を見渡すも、誰もいない。

「こちらです」

 声の方を向くと、そこには猫しかいなかった。


「皆様お久しぶりです。

 わたくし、バレア―です。

 猫を媒介してお話しさせていただいおります」

 猫は低い男の声でしゃべり始めた。



          3


「猫さんはどうしたんですか?」

 クレアが猫の瞳の先にいるであろうブレアを睨みつける。

「ご安心ください。用が終われば元通りです。

 後遺症もありません」

 ブレア―はなんてこともなく答える。

「その通りだ、クレア。

 安心するといい。

 こういうのはお互いの了承がないとできん契約魔術だ。

 謝礼も支払うことになっている」


「随分と紳士的な契約だな。

 もしや魔族は猫好きが多いのか?」

「まあ、そうだな。

 適度に愛想を振りまき、適度に冷たくする。

 そんな猫を、人間も魔族も魅惑的に映るらしい」

 その言葉を聞いてクレアは安心したように息を吐いた。


「それで何の用だ?」

 今度はヴァ―ルがブレア―に問う。

「はい。アイスト様に皆様のことを報告したところ、伝言を頼まれまして」

「伝言?やつは何と?」

「『来るのを待っている、歓迎しよう』とおっしゃっていました」

「物騒なほうの歓迎か?」

「いえ、文字通りの歓迎です。

 食事の用意もすると言ってました。

 いろいろ話したいことがあるとも」

「いいだろう。期待していると伝えろ」

「畏まりました」

 猫は頭を下げるような動作を行う。


「伝言は以上です。

 ああ、一つ言い忘れていました。

 この猫への報酬はヴァ―ルさまより与えてください。

 それでは」

 そういうと、気配が一つ消える。


「あいつ、自分で報酬やらないのかよ」

 アレックスは吐き捨てると同時に、猫の意識が戻ったのか、不思議そうな目で一行を見ていた。

 状況を理解した猫は、ヴァ―ルに近づきニャアと鳴いた。


「これヴァ―ル様が報酬を与えない場合どうなるんですか?」

「バレア―が契約不履行の制裁を受ける」

「じゃあ、放置するか?」

「それは得策ではない。

 この契約魔術は我ら魔族と猫社会の相互の信頼あってこそ。

 特に理由もなく約束を破れば、契約自体が成り立たなくなる。

 我も魔王として、それを見過ごすことは出来ぬ。

 あやつ、そこまで読んで、こちらに投げたのであろう」

  ヴァ―ルは渋々と言った様子で、猫の方を見る。


「猫は苦手なのだがな。

 クレア、非常食から食べ物をやってくれ。

 そう、その袋にある―

 いや、それじゃない。猫の体に悪いからな。

 もう一つの方の―」


「……お前、猫好きじゃん」

 呆れているアレックスを尻目に、ヴァ―ルは嬉しそうにご飯を食べる猫を眺めているのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る