第15話 喫茶法廷
中は騒々しかった。普段からこの時間帯は混みやすいが、今日は特段混んでいるという様子もなかった。では何故騒々しいのか。
「もう一回、言ってみろよッ!」
「ああ、何度でもいうさ。この犯罪者め!」
「お客様おやめください!」
慶、土生、店員の三人がスクラムを組んでいたからである。
店員は皆店長を呼ぼうとか刺又持ってこないとなどと言ってはけていき、店の中央には三人とそれを囲う他の客という不気味な図面が出来上がっていた。
周りの客も多くは席から立って円状になって三人を見守り、数人はスマホを構えている。
ももと優奈も、観客席の最前列にいた。
「なにこれ、どうなってんの?」
「あ、夏南。来たんだ」
「なんかね、土生が慶のことを犯罪者とかなんとか言い始めたんだよ」
「ええっ、本当の話?」
「事実無根にきまってんじゃん」
「さっき証拠とかいって万引きで捕まったときの録音?を聞かせてきたんだけどさ、それがもう酷い出来なの。慶の声のデータを全然持ってないのか知らないけど、慶の台詞パターンが少ないおかげで会話は支離滅裂だし」
「おまけに説教されてる土生の声を消しきれてないんだよね」
夏南は苦笑することしかできなかった。
「慶も普通に指摘すればいいのに激昂しちゃってさ」
「警察来なきゃいいけど」
ももと優奈も苦笑する。
「お、あれが土生だね?」
後ろからぬっとロゼが出てきたので、夏南、もも、優奈の三人はひゃっと小さい悲鳴を上げた。
「ちょっと、びっくりしたでしょ!」
「ま、いいじゃん、些細なことは。それより、あいつが土生なんだよね?」
「ん?まあ、そうだけど」
「おっけー」
またニヤリと笑ったロゼはそのまま取っ組み合いをする三人に近づいていった。
「ちょいちょい、ここらで収めて」
「なんだよ、
土生は邪魔だと言わんばかりにロゼを突き飛ばした。
──はずだった。
細身のロゼは簡単に突き飛ばされると誰もが思っていた。しかし彼は予想に反してびくともしなかった。
「……は?」
そして、驚きのあまり声を漏らす土生の右腕を掴み、無理矢理引きずりはじめた。
「お、おいやめろ!痛い痛い!!」
「僕は知ってるんだよ。君はそこの隅で震える少年にもっと酷いことをしていたんだって」
土生を掴んでいない方の手で指差した先には、岳がいた。恐怖に震えるような、あるいは酷く混乱しているような目でぼんやりとこちら側を眺めている。
「例えば……こんなこととか!」
ロゼはそう言いながら土生を投げ飛ばした。予備動作も何もなく、手に持っていた石ころでも投げるように軽々しく。
土生が目の前にあったテーブルに激突し、そこに乗っていたカップや皿が落ちて割れ、コーヒーが床に流れ出す。
きゃっと、何人かの悲鳴が聞こえた。
「それに……おや、少年の頬には4つの点が並んでるような痣があるね」
そう言っておもむろにさっき落ちたフォークを床から拾い上げる。土生は逃げ出そうとするが、依然その右手は力強くホールドされているため不可能だ。
「きっと、こんなふうにされたんだろうね!」
土生の左頬にフォークが突き刺さる。
「いだっ」
土生も周りの人間のように悲鳴を上げる。
「たしかその言葉は、暴力タイム延長の合図なんだっけ?」
ロゼがそう言うと、土生は震えて歯を鳴らし始めた。カチカチと言う音が店内に響く。
「やめて……やめてください……」
「そうやって、何度彼が懇願したんだろうね」
岳の方をちらりと見た後、視線を土生に戻す。
「彼の親友たちの名前を使って、上手いこと彼をいじめていたみたいだね。さぞ楽しかったろう」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ロゼは土生の謝罪を無視しながら軽く周りを見渡し、料理とセットでついてくるナイフを発見した。
「じゃあ最後に、彼の首筋にある傷を再現しようか」
土生が今までより一層激しく首を横に振り始めた。
「ほう、そんなに嫌かい。そりゃ何で?」
何も言えず歯を鳴らしながら、ただ首を横に振る。
「まあわかるけどね。あれ、すごい出血したんでしょ。そんな怪我させて周りとゲラゲラ笑っておいて、いざ自分がされそうになったらこんな態度なんだもんね」
全て図星だったのだろうか。土生は首を横に振ることすらできなくなってただ震えている。
そんな土生の右腕から手を離したロゼは、そのままその手を土生の首に持っていく。
しっかりとからの首を掴み、そのまま持ち上げて目線を自身と合わせる。
「馬鹿やんのもいい加減にしろよ?今度は一つ漏らさず再現してやるからな」
耳元でそう囁いて、手を離した。
土生は震えが収まらないまま、這うように逃げていった。
辺りは水を打ったように静かになる。
「……さて、岳くん」
ロゼはそんな静かな店内をスタスタと歩き、岳のもとで跪いた。
「その……ちょっと乱暴なやり方で自白させちゃったけど、慶くんも夏南さんも優奈さんもももさんも、誰も君をいじめてなんていなかったんだ」
「そんなこと、言ったって……」
岳はロゼから目を逸らす。
「いつ頃からこんなことをされていたのかを訊く気はないけど、とっても長い時間だったろう。その間夏南さんたちに不信感を募らせていたんだから、一朝一夕にそれを元通りにすることはできないと思う」
でも、これからどうすれば良いのかは僕が言うまでもないだろ。そう言ってロゼは立ち上がった。
「さて、僕はそろそろ帰ろうかな」
「あの、貴方は……?」
「僕?……そっか、そりゃ訊かれるか。僕は──」
その時、外からサイレンの音がしてきた。
「あっやべ、警察来た。まあ結構荒らしちゃったからなー……まあいいや。僕のことは君のことをよく知ってる先生にでも訊いておいてよ。じゃあね」
そう言うと、ロゼは扉を開けて出ていった。
「……あいつ、柳先生と事故りかけたやつだよな。何だったんだ?」
「さあ?」
「まあ、いいじゃんか。土生は成敗された訳だし。すっきりしたぁー……!」
「本当は私たちの手でボッコボコにしたかったけどね」
「まあまあ……とりあえず、帰ろう?岳との話はその後でも」
「……あの」
四人のものとは異なる声に驚いて四人が振り返ると、さっきまで座り込んでいた岳が立ち上がっていた。その目は、まっすぐこちらを向いている。
「……その、ごめん。」
言葉だけ見るとぶっきらぼうな謝罪だが、それを聞いた四人はそうは思わなかった。
「……解決したし、別にいいんじゃない?」
「ついでにこの前俺にタックルしたのも謝ってくれよ」
「ちょっと、慶!」
「冗談だよ」
「本当、ごめん」
「おい、本気にすんなって!」
「いいじゃん。誤解も解けたし、土生は制裁を受けたし。これにて一件落着!」
夏南がぽんと手を打つと、自然と五人とも疲弊からか安心からか体から力が抜け、すとっと床に座り込んでしまった。
互いに、互いの顔を見合わせる。驚いたような、疲れたような、少しだけ滑稽な顔だ。
それを見て久しぶりに、
放課後、学生に夕化粧を 橘谷椎春 @20080925
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