夢を諦めない

そうざ

I won't Give up on My Dream

 満月の午前零時、北東の方角に置いた鏡に向き合いながら自分の携帯番号へ電話をすると、十年後の自分と喋る事が出来る――そんなあり得ない話をアルバイト先の後輩から聞いた。

「十年後の私は、優しい旦那さんと二人の子供と幸せに生活してるみたいです」

 後輩が真顔で話した。その口調に冗談のニュアンスはなかった。

 私は調子を合わせてみた。

「モデルになるって夢はどうなったの?」

「それが……とっくに諦めたって言ってました。やっぱり現実は厳しいですね、ははっ」

 急に自嘲気味になった後輩を、私は腹の中でせせら笑っていた。どう見たって彼女はモデルという柄ではない。普通の平凡な生活に安住するのがお似合いだ。それにしても、未来の自分に引導を渡されたなどという諦め方――言い訳は中々に傑作だ。

 私は彼女とは違う。日々、小説家になる為の努力をしている。まだ開花していないだけで、才能があると信じている。少なくとも数年以内に新人賞を受賞し、プロデビューを果たす。そして、十年以内にベストセラーを出す。今はアルバイトに忙殺されているが、ある程度お金を貯めたら執筆に専念する計画だ。

 その夜、私は教わった通りの方法で電話を架けてみた。真に受けた訳ではないが、一応確認しておきたかった。

 コール音もなく、直ぐに相手が出た。恐る恐る問い掛けてみる。

「あの、十年後の私……ですか?」

「あぁ……そう言うあんたは十年前の私ね」

 抑揚のない口調。十年後の私は今夜、十年前の私から電話がある事を知っているのだから、別に驚かないのだろう。

「単刀直入に訊くけど、十年後の私は夢を叶えてるわよねっ?!」

「私に訊かれてもねぇ……」

 電話の向こうからかすかな溜め息が聞こえた。鏡の中の私が不安気に私を見詰めている。

「誤魔化さないではっきり答えて。小説家になる夢はどうなったのっ?!」

「ついさっき、私も十年後に電話してみたの。そしたら、更に十年後の私に訊かなきゃ判らないって言われちゃってさ……私って幾つになっても同じ言い訳してるみたい」

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夢を諦めない そうざ @so-za

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