カビバスターズ~最終決戦案~

星野 ラベンダー

~最終決戦案~

 眼前にそびえる黒に金の装飾が施された巨大な扉は、仰々しくも禍々しい。その向こうで待ち構える存在も、この雰囲気に相応しい佇まいをしているのだろう。


 勇者、サンは大きく息を吐き出した。恐れることはない。サンは道中で数え切れない程の苦難を共にしてきた仲間達の顔を見た。


「皆、行こう!」


 仲間達は揃って力強く頷いた。サンは旅立ったときからの相棒である剣を鞘から抜き、床を蹴った。世界を危機に陥らせる魔王の部屋へ、いざ飛び込む。


「……はっ?」


 突撃したサンは呆けた声を出した。というのも一面、真っ白だったからだ。重厚感も威圧感も恐ろしさも何もない。床も天井も壁も白一色の、無機質な空間があった。いるはずの魔王どころか、誰もいない。


 困惑のまま振り返って、更に混乱を深めた。仲間達が全員消えていたのだ。部屋の扉も消えていた。どこまでも続くような、だだっ広い部屋のど真ん中に、サンは取り残されていた。


「サン」


 と思っていたら急に声をかけられた。振り向くと正面に、眼鏡をかけた三十代ほどの男性が立っていた。


「本当にすまない……」


 深々と頭を下げる男性を、サンは唖然と見た。知らない人だからではない。知りすぎているからだ。


「僕はもう、これ以上の物語を書くことができない……!」

「いや何言っちゃってるの?!」


 涙目の男性、もとい作者にサンは思いっきり詰め寄った。冗談ではない。8年以上も連載して、最終決戦を前にして、今更投げ出すというのか。


「どうしてもインパクトある終わり方が浮かばなくてっ……!」

「必要あります?! もうここまで来たんだから、後は普通に締めるだけでしょうがっ!!」

「普通なんて駄目だ! このカビバスターズという話そのものが、奇をてらった作品だっていうのに!」

「確かに世界中のありとあらゆるものにカビが生えるっていう物語ですけど!」


 ストーリーの出だしもとい、この冒険が始まったばかりのあの頃を思い出す。世界が突然雨雲に覆われたことにより、湿度が上昇。その影響で、食べ物から服から家から様々なものにカビが生えるようになった。


 世界が雨雲で覆われたのも、サンが倒そうとしていた魔王が率いるカビ魔王軍の仕業だった。世界観的に除去剤なんて便利グッズは無い。全身がカビで覆われている魔王軍の面々は、サン達の住む世界をカビで覆って支配しようとしたのだ。


「最初は完全なギャグ小説として出発したんだよなあ。懐かしい……」

「けど連載を重ねる毎に徐々にシリアスというか、エグい展開が増えていったんですよね。最初の頃は楽しみにとっておいたお菓子にカビが! とかそういうのばかりだったのに、最近だと俺に剣術を教えたドライ師匠の内蔵全てにカビが生えて死んで……とかが」

「あの展開は反省しているよ……。グロいって炎上したし……。でもおかげでますます注目を浴びたんだよな。こんな展開予想していなかったって。最終決戦が楽しみすぎるって。だから、皆があっと驚く展開を書きたいんだけど……奇抜って何、状態で……」


 というわけで、と作者は死んだ魚の目でサンを見た。


「こんな風に作者を出して、メタフィクションオチにしようと思うんだ!」

「炎上確定だろ!!」

「あとは夢オチと爆発オチと隕石衝突オチも考えてたんだけど!」

「結局燃えるやつ!」

「じゃ他にある?! 皆が驚く終わり方が!!!」


 その時だった。「ちょっと」と横から声が入った。見るとセーラー服姿の女子が立っていた。誰、とサンと作者の台詞が重なる。全く知らない人物だった。


「勝手に盛り上がらないで。オチはもう決めてあるんだから」

「オチ?」

「“カビバスターズという作品の作者を書いた作者が出る”というオチよ。ちなみに私が本当のこの世界の作者ね」

「いやいや全然違うぞ!」


 次いで出てきたのは、腰の曲がった老人だった。


「儂こそが作者じゃ!この作品のオチは“カビバスターズという作品の作者を書いた作者が出てくる作品の作者が出る”というものじゃ!」

「ウッキー!(違う、僕が作者だよ!)」


 次に現れたのは、猿だった。


「ウキウキ、ウッキー!(“カビバスターズという作品の作者を書いた作品の作者が出てくる作品を書いている作者が出てくる作品を書いている作者が出る”っていうのがオチだよ! ちなみに僕は実験によって創作ができる程の知能を与えられた猿だよ!)」

「違う違う、それも含めてオチだから! 本当の作者はオイラだ!」

「わたくしですわ!」

「あたちだもん!」

「ワンワン!」

「ニャーニャー!」

「モーモー!」


 白い空間に、どんどん人やら動物やらが現れる。すぐに人でぎゅうぎゅうになった。自分こそが作者であり、これこそ含めてオチなのだと、思い思いに訴えている。もはや何も聞き取れない。


 サンは、なんでもいいのでとにかくこの「カビバスターズ」をちゃんと完結させてほしいと切に願った。

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