ベリーの味は甘くてほろ苦い

入江 涼子

第1話

 俺は木枯らしが吹く中を一人で歩く。


 侘びしい独り身で過ごして、もう幾星霜と言えた。そんな俺だが、実は人には言えないがある。まあ、現代ではボーイズラブとか言うが。要はやおいの趣味がある。そう、俺は同性をどうしてか、昔から好きになっていた。まあ、たまに女性もそう言う対象として見るが。いわゆるバイとも言えるか。

 昔の言葉で表したら、両刀とも。世の中、ままならないなと思ったのだった。


 俺がいつものように、自宅にて料理をしていたら。ふと、よく使うコショウを切らしている事に気づいた。

 仕方ない、スーパーに調達しに行くか。財布やスマホなどをいつも使うショルダーバッグに入れて、エプロンを外した。軽く手を洗ってから、自宅を出た。


 近くのスーパーに行き、コショウや他に足りない食材を調達する。レジにてお会計を済ませた。ナイロン袋に品物を入れたら、店を出る。テクテク歩いているとなかなかに可愛いショートカットの女の子が通り掛かった。隣には、セミロングの同じく少し年上とおぼしき女性が一緒だ。二人して喋りながら、ゆっくりと俺の横を通り掛かる。


「ねえ、陸。今日は寒いね」


「うん、そうだな」


 俺は女性が女の子を「りく」と呼び、しかもそのりくが見かけとはそぐわない低い声で答えたので耳を疑った。

 ……は??

 な、女の子かと思ったら、男だったのか!けど、俺にしたら好都合ではあった。見かけがタイプど真ん中だし、男の方が断然良いに決まっている。また、会えたらいいが。そう思いながらも自宅に帰った。


 一週間後、また自宅近くのスーパーに続く道をなんとはなしに歩いていた。


「……あ、待ってくれよ。姉ちゃん!」


「陸、早くしないと。遅れるよ!」


 今は朝方だが、あの時の二人組が急ぎ足で通り過ぎていく。りくは一週間前に見かけた美少年だ。恐らくだが。


「たく、何でヘアセットに三十分も掛けてんだよ。空姉ちゃんの気が知れねえ!」


「あんたね、何を時代遅れな事言ってんのよ!」


「俺だったら、二十分も掛けねえな」


 二人して、口喧嘩しながらも走って行った。若いねえ。そう内心で皮肉りながら、見送った。


 その日の夕方、俺は野暮用があってそれを済ませに行った。帰り道にあの道を歩いていると、向こうから朝方に出くわした美少年が通り掛かる。


「……あ、こんばんは?」


「こんばんは」


 美少年から、挨拶をしてくれた。俺もそつなく返答する。美少年は微笑みながら話し掛けてきた。


「よく会いますね、お兄さんは近所の方ですか?」


「そうです」


「俺も近所に住んでいて、お兄さんをよく見かけていたんですよ」


「え?」


「いきなり、すいません。お兄さん、俺が通り掛かると真っすぐ見てくるから。気になってたんですよね」


 美少年はそう言うと、「失礼します」とお辞儀をする。さっさとそのまま、行ってしまうのだった。


 あれから、半月近くが経った。美少年もとい、陸君は俺に挨拶をしたり話し掛けてくれるようになった。陸君、なかなかに顔は可愛いが。結構、口が悪いし毒舌少年だった。

 いつの時だったか、陸君に年齢を訊いたことがある。見かけから、勝手に高校生かと思いきや。彼は「今年で大学三年になるよ」と言った。

 世間でよく言う童顔だったのだ。陸君、少年とか呼んですまん!

 内心で思いっきり、反省したのは今となっては良い思い出だ。


「おはよう、海さん」


「おはよう、陸君」


 もう、陸君とは敬語無しで喋る間柄になった。まあ、恋愛感情は未だにないがな。俺も今年の誕生日が来たら、三十七歳になる。陸君とは二回り近く違う。彼からしたら、俺なぞ圏外中の圏外だ。しかも、野郎となんて考えちゃいないだろうな。


「どうかした、海さん?」


「いや、何でもない。陸君は今から授業か?」


「ああ、そうだよ。ちょっと、苦手な教科だから。憂鬱ではあるけど」


「そっか、まあ。頑張れよ」


「……分かった、行ってきます」


 陸君はぶっきらぼうに言った。くう、照れてやんの。やはり、可愛いじゃねえか!

 俺はニヤケそうになるのを我慢しながら、陸君を見送った。


 ゆっくりと時間は経っていく。陸君と出会ってから、一ヶ月半が過ぎていた。俺はある事を秘かに決める。陸君に自分の想いを告白しようと。

 まあ、当たって砕けろと言うし。今はクリスマスだ。十二月二十五日の夕暮れ時に俺はいつもの道に出たのだった。


 陸君に、「話したい事がある」とだけスマホのラインでメッセージを送る。後はひたすら彼を待っていた。一時間程して、陸君がやって来る。暗い中、外灯の下で彼が照らされていた。やはり、顔立ちは凄く男にしとくにはもったいない。本人に言ったら、殴られそうだから黙っているが。  


「海さん、いきなりどうしたんだよ。話したい事があるとかあったから、来たけど」


「うん、唐突に呼び出して悪い。どうしても言いたい事があってさ」


「うん、何?」


 陸君が何の気なしに問いかけた。俺は深呼吸をしてから、はっきりと言った。


「……俺、陸君の事が好きだ」


「……は?」


「その、今まで言ってなかったけど。俺はゲイなんだ、陸君が前から気になっててさ。ごめん、いきなり言われて迷惑だったよな!」


「え、ゲイって。海さんが?!」


「ああ、隠してて悪かった。俺さ、君に気持ちを押し付けるつもりはないから。ちょっと、知っててもらいたかったんだ」


 陸君はあんぐりと口を開けて、固まった。しばらくはその状態だった。有に五分くらいは経ったか。陸君は答えた。


「……海さん、悪い。あんたの気持ちには応えられそうになくてさ、俺。彼女いるしなあ」


「……そっか、本当にごめんな。じゃあ、その彼女さんと仲良くな!」


「あ、海さん!」


 俺は早足でその場を離れた。あーあ、やっぱり駄目だったか。北風が吹く中で俺は目からにじみ出る物をぐいっと袖で拭うのだった。


 ――END――

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