その神蛇達は特に繋がりはないのですが、気苦労が絶えないところが似ています

 神御祖神かみみおやかみが良く噛んでちまちま進めていた食事を終えた頃には、大体みんな昼食を終えていました。

 その中で、一つも箸を付けていない不届き者がいて、ひめ蟀谷こめかみに青筋を立てて床を踏み鳴らして近付きます。

「こんの北向き野郎! 出されたもんくらい食え!」

 ぼんやりと北天を見上げて座るだけだったしめすに媛の怒号が火の粉を噴きました。しかし雷を落とされた当の本人は素知らぬ顔で天井を、精確にはその向こうの北極点を見上げるばかりです。

「必要を、感じない」

 一応、話し掛けられれば応答するだけの自我はあるらしい示ですが、その返事は厨房に立つ相手に対して禁句です。

 嵐にプライドを傷付けられた後なのもあって気が立っている媛は即座に怒りを弾けさせました。

「あんたも今は人間の体使ってんの! 食わないと死ぬんだっての! いい加減覚えなさい!」

 媛は吼え猛らながら示の顎を掴んで口を無理矢理に開けさせて、すっかり冷めたアジフライを突っ込みます。流石に口に入れられたので示は黙って口を閉じ咀嚼を始めます。

 何とも機械的な動きが見ていて不気味です。

「なにあれ、こわ。ご飯ちゃんと食べよ……」

 遠目に見ている小娘が食べ終えた後の茶碗を持ち上げて中をまじまじと眺めます。心配しなくても食い意地の張っている貴女が米粒一つでも残して茶碗を置いたところを一度も見た事ありませんから。

 神御祖神が食べた後の食器は使う前のようだと常宿御社とこやどるみやしろも嬉しそうに言っていました。使う前のように綺麗に食べるって逆に恐ろしくないのですかね。

「まぁ、半分方、教育的指導ではあるがな」

「そうだね、示の態度が悪い」

「やつの元を考えると、致し方ない部分もあるがのう」

 はな征嗣ゆきつぐには見慣れた光景のようで苦笑いを浮かべつつも淀みない動きで食器を流しに運んでいます。

 この二柱も自分達の神話で最高位にある夫婦神なのですが、気軽に自分の食事の後始末をしますね。

「立場が上にあっても奢らぬように躾けておる」

「支えてくれる者にこそ敬意を払うように教えてもらったお陰で、船上という閉鎖空間でも一度も反乱や下剋上が起こらなかったよ」

 それは素晴らしい振る舞いです。うちの小娘にも是非見習って欲しいものですね。

「わ、わたしだって自分の世話くらい自分で出来るし」

 そう言って小娘がカチャカチャと食器を無駄に鳴らせながらお盆を運んで行きます。しかし手元は震えていますし、慎重になり過ぎて足運びは覚束ないですし、見ていて危なっかしいです。

 それに言われた時ばかりやっても、普段は周りにいる者に当たり前のように世話して貰っているではないですか。

「は、運べたし。ほら。ねぇ、灯理とうり、ちゃんとシンクに運べたでしょ。完璧でしょ」

 お盆ごと流しの中に食器を置いた小娘が、横に立つ灯理にお墨付きを貰おうと必死です。でも食器を水に漬けていないので洗うのが手間になりますし、お盆は濡れた流しの中に置くよりも布巾で拭って片付けた方がいいですし、端的に言って余計な仕事を増やしてからに、というやつですね。

「ああ、えらい、えらい。よくやった」

 それなのに灯理は雑に褒めてしまいます。

 それで小娘は顔を輝かせてうざったいくらいの自慢に塗れた笑みを浮かべます。

 子供に手伝いをさせているのではないのですから、もっときっちりと厳しく問題点をあげつらうべきです。その神を甘やかしても青天井で図に乗るだけですよ。

 わたしがこれだけ苦言を寄せているのに、灯理は不敵に笑って神御祖神の肩に手を置きました。

「昼飯食い終わったな? じゃあ、これからは勉強の時間だぞ」

「……はい?」

 灯理は理解が及んで神御祖神が逃げる隙を与えず、肩を押してカフェモカをゆっくり楽しんでいるらんの隣に座らせます。

「え、ええと? あ、わたしにも甘いの淹れてくれるの? わーい」

 小娘は戸惑いでテンションを低くしながらも都合の悪い事は聞き間違いにしようとして悪足掻きしています。

「ああ、甘いココア淹れてやるから」

 灯理はいい笑顔で神御祖神に答えて、それから先程総司から受け取った茶封筒から一台のタブレットを取り出して、態と音を立てて小娘の目の前に置きました。

「これでちゃんと勉強しような?」

「ぴぃっ」

 小娘が小鳥のように情けなく鳴き声を上げました。

 というか、貴女、知識として持ち合わせていないものなどないのですから、勉学くらい何の苦労もないでしょうに。

「逆よ! 分かり切ってる事やらされるから苦痛なのよ! わたしには必要ない! ねぇ、灯理分かるでしょ? わたしに今更勉強なんていらないよ? テストだけやってごまかそ? ね? ね?」

「おめーはちっとは我慢とか集中ってもんを覚えろ」

 小娘が可愛い子ぶって情に訴えようとしましたが、灯理は全く取り合わず逆に凄みを利かせます。

 いいですよ、灯理。流石、我儘娘を相手に真面目に小言を続けた人生を送っただけはあります。

「やめろ、気が滅入ることを言うな……」

 しまりました。灯理を絶賛したら気落ちさせてしまいました。

「今のを褒めていると想っている辺り、ズレておるの」

「貴女に言われては鏡の神も可哀想だ」

 そうですよ、花、清淡きよあわの言う通りです。わたしがズレているのではなく、そんな事を言わせるくらいに小娘が傍迷惑なだけです。

「なんでもかんでもわたしのせいにするのよくない! よくないよ!」

 じゃあ、大人しく勉強くらいしてください。これは前に話していた通信教育とかいう物ですよね。録画された授業を眺めているだけで、ノートを確認されたり居眠りを叱られたりしないのですから随分と優しいではないですか。

「ぐぬぬぬ」

 唸って拒否する程嫌なのですか。どれだけ自堕落なのですか、恥ずかしいから止めてください。

「ほれ。一緒に見てやるから、観念しろ」

 コン、と今度は幾らか優しくココアのカップを神御祖神の前に置いて灯理は隣の椅子に腰掛けます。

 それに合わせて嵐も神御祖神の髪を優しく撫でます。

「あたしも付き合ってあげるよ」

 さらに伊佐那も椅子をよたよたと持って来て神御祖神の斜め後ろで座りました。

「私もご一緒します」

 伊佐那はそう告げた後に清淡をじっと見詰めます。

 言葉はなくとも想いは通じたようで、清淡は疲れた溜め息を吐いた後に本を手にして、神御祖神を挟んで伊佐那のちょうど反対になる位置に腰を降ろします。

「これでいいか」

「はい。夫婦はいつでも一緒です。円満です」

 こうして見ると、灯理と言い清淡と言い、嫁に弱いところが似ていますね。神蛇かむちにそんな宿業はない筈なのですけれど。

 蛇は災害の象徴でもあるので、苦労を負うよりも他者に苦労を押し付ける習性が強いのが普通なのですが。

「だから」

「気が滅入る事言うな」

 灯理と清淡に連携して苦情を上げられました。

 腑に落ちませんが……申し訳ありません。

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