僕は殺し屋、好きなお菓子は『たけのこ〇里』
十二歳の誕生日、僕は初めて人を殺した。
「ま、待て! 助け……ガハッ!」
特にこれといった感想はない。というか、その後も沢山人を殺し続け、次第に殺人に慣れていき、当時の感覚もすっかり忘れてしまったのだ。
心臓を刺した時の感触も、頭から被った血の臭いも、だんだん人から肉人形へと変わっていく相手の顔も、今ではすっかり希薄化している。
「見逃してくれ! 金なら幾らでも出す! 頼む、命だけは……アガッ!」
だからこうして引き金を引き、返り血を浴びた今でも特にこれといった感想はない。
さっきの命乞いも飽きる程聞いてきたし、今更そんな甘い蜜に引っ掛かる程子供でもない。
「残念。僕を買収したいなら、『たけのこ◯里』紫芋のスイートポテト味を百個用意するんだったな!」
一応言っておくが、僕は好きで殺しをやっている訳ではない。
仕事だから仕方なくやっているだけで、そこに特別な感情なんてこれっぽっちもないのだ。
ナイフを振り、銃をぶっ放し、奪った命の数だけ金を稼ぐ。
僕は――殺し屋だ。
殺し屋斡旋事務所『
それが僕、
年齢十八歳。ちなみにもう少しで十九歳を迎える。
殺し屋歴は今年でもう七年目になり、業界では中堅の位置に足を踏み入れようとしているが、気持ちではまだまだ若手に負けていない。
今日も今日とて
「あっ、
「お疲れ様でーす」
すれ違う同業者と軽い挨拶を交わしながら廊下を歩き続け、目的地の扉の前で僕は立ち止まった。
軽く三回ノックをすると、扉の向こうから声が聞こえてくる。
「は~い」
「
すぐに入室の許可が下りた。
ドアノブを捻り、そのまま中へと足を踏み入れていくと、キャバ嬢がいかにも着ていそうな派手なドレスを纏った人が書類を両手に満面の笑顔で出迎えてくる。
「おかえりヤッくん! ご飯にする? お風呂にする? それとも……コ・ロ・シ♡」
一番大事な最後が物騒な三文字に変わってしまった。
いや、本来あるべき三文字でも、同じくらい、あるいはそれ以上に背筋が凍っていたかもしれない。
このセリフは本来、新婚ホヤホヤの奥さんの為に存在する物だが、残念な事に今僕の目の前に立っている人は奥さんじゃないし、そもそも女性ですらない。
身に纏っているドレスのギチギチという悲鳴が聞こえていないのか、その筋骨隆々な体をクネクネと動かす事で無慈悲に追い討ちを掛けている彼――いや、ここで『彼』と言ってしまったら後が怖いのでここからは『彼女』と呼ばせてもらう。
「社長、僕ついさっき仕事を終えてきたばかりなんですけど。もう次の依頼請けたんですか?」
「ウチみたいなちっさい事務所が生き残るにはとにかく仕事を請け、とにかく実績を積み上げるしかな~いの。ウチが嫌って言うなら、辞めても結構よ? その瞬間にブチ殺しちゃうけど」
「ん~、ブラックぅ……」
彼女の名はミス・ヴァイオレット。この事務所の社長であり、僕を拾ってくれた恩人でもあり、僕に殺しを教えた
国籍不明、年齢不明、ついでに性別も不明(という事にしておく)。
紫紺の髪の下は度を越した厚化粧で覆われており、その様は最早
彼女も元々は殺し屋だったが現在は引退し、殺し屋事務所を立ち上げ僕をはじめとする所属
「んで? ど~だったの、今回の仕事は?」
「バッチリですよ。ちゃんと命乞いにも反応しませんでしたし」
「成長したのね~。昔は素直に聞いたせいでターゲット取り逃がしたり、逆に殺されかけたり……。五百円と引き換えに見逃したと聞いた時は、マジで空いた口が塞がんなかったっけ」
「それ中学の時の話でしょ。中坊に五百円は大金ですよ。たけのこ〇里何個買えると思ってんですか」
「せいぜい二個か三個でしょ。ちゃんと依頼達成してれば、その何万倍も買えるわよ」
呆れるようにため息を吐いた後、社長は僕にソファーに着くよう告げる。
僕もその指示に従い、キャリーケースを傍らに置いてからソファーに座ると、社長が手に持っていた書類を渡してきた。
「とりあえず、しっかり依頼は熟せたみたいね。けど、今度のターゲットは一筋縄じゃあいかないかもよ?」
そう言われ、僕は依頼書と思われる一枚目のプリントに目を通していく。
「殺し屋『
そこに書かれていたのは依頼主の名前とターゲットの名前。そして報酬の金額と、スカウト欄にある僕のコードネームだった。
「珍しいですね、同業者の暗殺の依頼だなんて」
「まあね、ウチもそれなりに依頼は請けてきたけど、殺し屋は今回が初だわ」
暗殺のターゲットとして多いのは財界の人間や政治家、反社会的勢力など。
基本的に依頼主にとって不都合な存在や、個人的恨みを買った者がほとんどだ。
一方で、殺し屋がターゲットに選ばれる事は滅多にない。懸賞金が懸かっていれば話は別だが、この『
「報酬1億円ですか……。殺し屋一人にしては、中々の金額ですね」
「それだけこの『
ページを巡り、僕は次から次へと情報をインプットしていく。
性別は女性。年齢18歳。殺し屋歴は僕と同じ七年目……。
僕が言える事じゃないが、あまり穏やかな人生は送ってきていないみたいだ。
「向こうも事務所所属の殺し屋……。それも同じ市内にある所ですか」
「そっ。たま〜に一緒に仕事請けたりもするくらい、ウチと縁のあるトコのね。ハァ〜イヤだわ〜、次から顔合わせづらくなっちゃう」
深いため息を吐くヴァイオレットを尻目に引き続き書類を読み込んでいったその時、一枚の画像が僕の目に留まった。
「もしかして、これが
「ええそうよ。ウチの調査班が頑張って撮ってきてくれたの」
ヴァイオレットの返答を耳に、僕はその遠くから撮影したと思われる解像度の低い写真を凝視する。
後ろに纏められた一見奇抜ではあるもののクールな印象を受ける蒼い髪。鏡の前に立ち、ロングコートを体に重ねる姿。
そして、
「いや
写真の七割を埋め尽くす、無造作に床に散らばったお菓子の空箱達。
「服装の確認する前に部屋掃除しろよ。床、お菓子の箱で埋まってるじゃないか!」
「分かっているのは彼女の顔と所在、そして『きのこ◯山』に病的なまでの愛着があるって事くらいね。それも季節限定の和栗のモンブラン味に」
「ったく、いい趣味とは言えませんね。よりにもよって『きのこ』だなんて……」
「あら、アナタってきのこ派じゃなかったっけ?」
「一体いつの話をしてるんですか。僕はもう誰よりも献身的なたけのこ信者ですよ」
しかし不思議だ。
最初こそ部屋の汚さに目を奪われてしまったが、この顔、どうにも初めて見た気がしない……。
ボヤボヤで正確に捉える事は出来ないが、僕はこの女性に見覚えがあるような気がしてならないのだ。
「どーしたの?」
「いえ、何も。この資料貰っていきますね。帰ってからも目を通したいんで」
「いいわよ。んじゃあ、明日の夜お願いね」
「え? 明日ですか? マジで言ってます?」
「マジもマジ。大マジよ。どうせ無傷で帰ってきたんだし、一日寝れば万全でしょ」
「でも武器の準備とか下見も……」
「ヤッくんならそれ含めても余裕でしょ?」
「ブラックぅ……」
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