フランスC社のゴールドイヤリング

榊 薫

第1話

 金は宝飾用途だけでなく、工業品にも使いやすく、資源が限られていることから長期保有を前提に価格上昇が続いています。

 高級ブランドの店員さんが「金めっきイヤリングを輸入して、ブティックのウインドケース内で保管していたところ、半年後、紫色に変色したので、どうやったら治るのでしょうか?」と大事そうに箱を抱えて相談にやってきました。

 税関では最初その値段なら“18Kか24Kで、めっきのはずがない”と疑われましたが、検査で正真正銘のめっき品であることが確かめられたとのことです。

 ウインドケース内には銀製品もあることから、「パッキンなどゴム製品はいおう化合物が含まれているので使わないように注意して保管していた」とのことですが、「管理が悪いのではないか」と疑われているとのことです。

 観察

 日本人の肌色に合うピンクゴールドでなく、わずかに銀を含む金めっきのイエローゴールドで銅の含有量は少なそうです。表側だけしか変色していません。

 提示されたものは、不良個所は表側の約半分で、比較的まんべんなく小さな斑点状の円を描いた紫色模様が重なり合うように発生していますので、以下のことが考えられます。

 仮説1

 1. 平面部のうち表側だけにみられることから素材成分そのものが原因であるとは考えにくいです。

 2. 表側は裏に比べて光沢があり、研磨しています。

 3. 凹部や切断部に限らず発生しているので、洗浄が不十分だと残存しやすい加工箇所ではありません。

 4. 斑点状小さな円形中心部に色の濃い箇所があり、素地の酸化が起こって広がっている可能性があります。

 5. 中心の小さな紫色変色の原因は、表側の研磨した素材に腐食が起こり、その腐食箇所に濃度の高い酸洗浄液が局部的に侵食して起こった可能性があります。

 6. 酸洗後の洗浄工程で凹部の酸が十分除去されないほど深い侵食があり、めっきで覆われたあとから、じわじわと表面に拡散し、酸化が円形に広がるとき特有の形態です。

 過去にアドバイザーが“神秘なアドバイザー実験の原点”で言った腐食現象を思い出しました。これが今回の研磨面にも当てはまりそうです。

 測定

 蛍光X線による定性分析結果では、表側のX線強度はAg=Au=Cu >>Mg>Si>>Co>S>Znで、裏側の主成分はAg>Au>Cuであることが分かりました。下地の上の銀めっきの上に金めっきされています。

 金は裏表ほぼ同じですが、表側で銀が少なく銅が多く検出されていることになります。

 表側の亜鉛も裏に比べて多いです。

 このことから、下地は十円硬貨と同じ、銅95%、スズ1-2%、亜鉛4-3%の青銅製です。

 わずかに銀を含む金めっきの厚さは約1.5ミクロン、下地の銀めっき厚さは表側2ミクロン、裏側3ミクロン程度で、通常の装飾に比べて金は比較的厚くめっきされています。

 仮説2

 十円硬貨は腐食しにくいですが、柔らかいです。銀はさらに柔らかいです。

 一般に、柔らかいものの研磨は“傷”が残りやすく難しいです。最初は比較的粗い研磨剤を使って縦方向に少し傷がつく程度に軽く磨き、それより少し細かい研磨剤を使って横方向からその傷がなくなるまで軽く磨き、研磨剤を次第に細かくしながら同様の作業を鏡面になるまで繰り返して研磨します。強く磨くと研磨剤が突き刺さり取れなくなります。研磨剤が残らないよう除去しながら作業します。研磨剤の粒度を一気に細かくすると傷はなかなか消えません。少しずつ粒度を小さくして繰り返し、繰り返し行う根気のいる作業です。

 しかし、Mg, Siといった研磨剤に含まれる成分が検出されているため、表側研磨後、研磨のバフかす、研磨粒子など付着物が刺さったまま、十分除去されず、微細な凹凸ができて、めっき前の酸洗で一部除去されて、酸がその凹部に残った可能性がありそうです。銀は酸で酸化され、じわじわと表面に酸化が進行します。

 また、表側の銀が裏側に比べて薄いことから、銀めっき後にも研磨し、銀を含む金めっきを施しています。研磨粒子など付着物が下地の銀に刺さって、一部が残り、めっき前の酸洗で、酸がそのすき間に残った可能性もありそうです。

 金めっきとしては比較的厚い方ですが、1.5ミクロンですと顕微鏡で断面を眺めると、表面の微細な凸部は金で埋まっていますが、凹部には下地の銀が見えている状況で、そこから銀の変色が現れています。

 AI(人工知能)への教育

 科学の視点と技術の視点で眺めると、

 気付くものとして、腐食が表面に現れています。この商品の片側で発生しています。

 腐食の広がり方は、不均一で、素地か金の下地が原因で発生しています。

 発生率3%以上で起こっています。

 計測レベルの機器分析利用料金が発生する申し込みがありました。

 気付くことが難しいものとして、

 表面腐食は不均一な分布で電位差が起こっています。

 発生原因物質は酸洗の液体です。

 研磨した表側で腐食が起こった原因を推定することが必要です。

 AIによる企業診断

 素地、下地が原因の可能性が高く、作業管理ミスの可能性があります。

 単一部品で腐食の不均一分布・下地による円形拡散があることを示しているので、パッキンなどにゴム製品を使わずに保管しており、保管管理は正しかったことを示しています。

 顧客店頭で3%以上発生していることから、起こることを予測し、輸入元の組織として予め試験しておくべきことで「事前試験要」です。

 研磨管理の悪さ、作業管理ミスがあり、設計開発、事前確認が必要です。

 変色対策

 一般に、銀が黒く変色した原因は、表面から酸化された場合は通常、研磨すると除去できます。一般家庭では、研磨剤に歯磨き粉が利用できます。歯磨き粉の研磨粒子は通常数十ミクロンですので、銀表面を軽く擦ることで、研磨傷を残さずに酸化物だけ除去することができ、銀の光沢を取り戻すことができます。

 金は銀より柔らかいので、この金めっきの場合、傷をつきにくくするため、わずかに銀を含む金めっきをしています。素地の銅や下地の銀からの変色だとすると、研磨してもきれいになりません。金の下の銀が変色しているため金色に戻ることは考えにくいです。保管場所が悪くて、金めっきに含まれる銀めっきの変色であれば研磨傷を残さずに表面の酸化物だけ除去することはできますが、変色が下側にも進行していると研磨してもきれいになりにくいです。なお、金も一緒に除去されますので、短時間に軽く研磨する必要があります。金属研磨仕上げは、きつい、汚い、危険な3Kとか5Kとか言われ、若者からは見向きもしない職業に変わってしまい職人芸が消えようとしています。

 補遺

 金めっきと言えば、奈良東大寺の大仏に金めっきが施されていたことから日本古来の技術用語としてJISでは当用漢字に“鍍金”が無いので、ひらがなの“めっき”を用いることになっています。

 当時は、水銀に金を溶かして青銅像の上に塗り付け、水銀を熱して蒸発させて金を析出させ、黄金色に輝かせていました。現在なぜ黒いのかというと、金と銅は結晶構造が似ているので互いに拡散し、銅の腐食した色で黒く見えています。

 現在の大仏は奈良・鎌倉・江戸時代に幾度も戦火を受けて焼失し直されてきたため、部分ごとに修復の時代が異なり、初期のものは蓮華座の一部に残っていると言われています。

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フランスC社のゴールドイヤリング 榊 薫 @kawagutiMTT

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