三題噺「黒い影」

亜鉛とビタミン

黒い影

 深夜二時。閑静な住宅街の外れにある、二十四時間営業のコンビニ。


 近くに街灯や家の灯りはない。店内から漏れる白い電灯の光は、新月の夜海に立つ灯台のように辺りを照らしている。


 彼は、散歩をするような何気ない足取りで、そのコンビニへと向かっていた。できるだけ自然に、かつ堂々と。彼の編み出した「犯行」のコツである。


 コンビニの前に立ち、彼は店内の様子を伺った。店内にいる人間は一人だけ。この時間になると、ほぼ毎日いる男だ。深夜の退屈に耐えかねたらしく、レジに立ったままコクコクと舟を漕いでいる。


 彼は自動ドアの前に立ち、そこで初めて、足取りに緊張感を滲ませた。格好の獲物を目の前にして、思わず狩猟本能が滾る。


 落ち着け、落ち着け。いつも通りやれば、必ず出来る。彼は自分にそう言い聞かせながら、自動ドアの前に堂々と歩み出る。すると、センサーが反応し、静かな駆動音と共にドアが開いた。


 よし、もらったぞ。これで、今日の夜飯にありつける。彼はそう確信すると、機敏な動作でレジ横のシャケおにぎりに飛び付き、それを口の中に仕舞う。だが、


「あ、コラッ!」


 どうやら、自動ドアの音で目を覚ましたらしい。鬼の形相をした人間が怒声を上げ、レジから飛び出してきた。


「出て行け、このクソ野郎!」


 ああ、しくじった!


 彼は素早く踵を返し、自慢の四本足で店から逃走した。彼のスピードに人間がついて来られるはずもない。彼はあっという間に、人間の視界から姿を消した。


 夜道をしばらく駆けたあと、彼はコンビニの白い灯りを振り返る。


 あーあ。次の店、探さなくちゃな。


 猫サマとしたことが、やれやれだぜ。

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三題噺「黒い影」 亜鉛とビタミン @zinc_and_vitamin

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