シャープシューター

小松こまつ 伸一しんいち石田いしだ いわお

パトロールカー コールサイン「広域410」

仙台市青葉区八幡付近/南東北州/日本国

平成45年3月1日


「いやー、石田って猫好きだったのな、意外」

「……はあ、いささか」

 運転席の石田は、既に仏頂面を取り戻していた。


 さきほどまで臨場していたのは、『猫が崖から降りられなくなっている』という平和極まる事案だった。「そんなんで警察呼ぶなよ」という案件ではあるのだが、現場げんじょうにいたのは小学生5人組。泣いている子もいた。子どもに泣かれてしまうとさすがに堪えるものがあるし、普段の仙台市警――特に『通った後はペンペン草も生えない』とまで言われてる特殊班S I U――のイメージ回復として、それに大人としてやらざるを得なかった。


 問題は、相勤あいきんことだった。


 テレビ仙台の警察密着番組では、『狙った悪党は許さない新人警官』として『鬼の石田』というトンチキなあだ名をつけられ、市警内部ではイジりの種になっていた。当の石田は無口ゆえにどう思っているかなどは口に出さず、いつもの仏頂面で応えていた。

 引ったくりや喧嘩などの案件で臨場する際には、「鬼の石田が来た」と被疑者バカがビビってくれることもあり大変ありがたいのだが、子ども絡みの案件となるとまず泣かれてしまうのだ。


 ところが。


 先ほどの猫事案で、石田は猫の姿を認めるなり目尻は下がり口の端は上がり、最終的にはくっつくんじゃないかというほどの柔和な顔つきになっていた。無事に猫を降ろしたあと、『重大な案件でなければ、いきなり110番通報しないで、まず#9110に電話すること』を子ども達に説くまで、その顔つきは変わらなかった。――「本当に鬼の石田さん……?」とあっけにとられている子もいたので、説諭をちゃんと理解してもらえたかは微妙なところだが。


 そんな石田の意外な一面が知れたものの、4月から石田は異動となる。そう、特殊班である。隠れた一面をこれ以上見ることは、おそらくないのだろう。そんなことを考えた刹那せつな――


『仙台本部より。青葉区川内かわうち42番地付近、大学構内で男がライフル銃を乱射している旨の110番通報あり。近い移動は応答願いたい』


 位置表示器ロケータに目を落とす。一番近いのは――俺たちだ。レシーバをひっつかみ応答する。


『広域410より本部、角五郎つのごろう2丁目より緊急走行きんそうにて向かいます、どうぞ』

「行くぞ石田!」

 言うが早いか、石田はノールックでサイレンと回転灯を操作し、一気にアクセルをふかした。


『本部より広域410、本件にあっては防弾資器材を有効に活用、受傷事故防止に十分に留意されたい』

「広域410了解。現着後においては一帯の封鎖及び交通規制にあたる」


 現場に到着するころには、川内を中心とする半径5キロメートル圏内の緊急配備は完了、仙台市営地下鉄も運転見合わせとなっていた。

「410より本部、現着」

『仙台本部より広域410』

「どうぞ」

『現在時、特殊班が出向しています』

「了解、410より本部、PM2名にて構内からの避難誘導にあたる」

 特殊班が来るなら遠巻きに見るに限る。俺はそう思った。が。

「小松先輩、車載の特殊銃はベネリM3ですか?」

 ――その気になっている奴がいた。

「まさかやりあおうって気じゃねえだろうな」

 石田は無言でPCパトカーをドリフトさせ、車止めを跳ね飛ばした。


 地下鉄東西線の川内かわうち駅を横目に見ながら、川内北かわうちきたキャンパス構内、その広場へと入る。若人の学び舎に突っ込む不作法は大目に見ていただきたい。

 ルーフにガンガンという弾着音。

「ご挨拶されてるぞ」

「発射点はわかりますか?」

「窓から顔を出せってのかい」

「一回転しますんでよく見てください」

「おい、何をする気だ!?」

「舌噛まないでくださいね」

 強烈な横Gのスピンターン。舌は噛まなかったがサイドウインドウに頭を押し付けられる。

「見えましたか」

「見えるわけねえだろ!」

「もう二回転します」

 タイヤから白煙を上げながらパトカーが激しく回転する。被疑者やっこさん、煙幕で視界を遮られたのか、やみくもな射撃に移ったらしい。ちょうど建物に真後ろを向けたとき、後部ガラスに着弾があった。

「真西の方角、Aと書いてる建物の方向だ! たぶん屋上」

「了解、下車します」

「オイオイオイ本気か!?」

 石田は建物にパトカーを正対させてドアを開け、ドア下のベネリM3散弾銃を手にしながらパトカー後部に回り込んだ。自殺の予定がない俺もそれに続く。

「上から撃ちおろされていたら避難誘導もおっつきません。テキサスタワー事件と同じことになります」

 ほれぼれするような手つきの四発装填クアドラロード。間近で見たくなかった。

「だとしたってどうすんだ!? M3が4発とと回転式拳銃レンコン5発で!?」

「M3の低致死性弾レスリーサル・スラッグ2発でクセを掴んで2発で仕留めます。50メートルなら人間大でもなんとかなるかと」

 言うが早いか、石田は1発目をぶっぱなした。建物の白い壁に着弾痕。

「少し左か……」

 お返しに3発がパトカーのボンネットに撃ち込まれる。

「俺も威嚇射撃したほうがいいか?」

「いえ、今撃てば向こうさんが隠れます。しばしお待ちを」

「お言葉に甘えさせてもらうよ」

 石田の2発目。

「……もう少し上」

 お返しの4発。至近距離に着弾。

「おいお前の居場所バレてんぞ!」

「次は当てます」

 石田の3発目に少し遅れて、相手の悲鳴。

「武装解除」

「当てたのか!?」

 おそるおそる顔を出すと、A棟の屋上で腕を押さえて悶絶する被疑者マルヒが見えた。ライフルは手にしていないが――リュックサックから何かを取り出そうとしている、あいつはまだやる気だ!

「石田! あいつもう1丁出そうとしてるぞ!」

「頭狙います」

 石田は前進し、運転席ドアの上にM3を据え付ける。依託しての精密射撃の構え。そして、小声で何事かささやく。

「――“ハイ”」

 神経を研ぎ澄まし、狙いすました一発は、被疑者の頭部にクリーンヒットした。もんどりうって仰向けに倒れる姿がここから見えた。

「ありゃ痛えな」

「死ぬよりはマシです」

「違いねえ」


 5分後、特殊班がA棟に突入。被疑者は無事確保された。

「さすが特殊班からスカウトされるやつは違うな。?」


「……はあ、


「特殊班行く前に、愛想のひとつも覚えとけよ。被疑者と交渉とかもするんだろ」

「努力します、小松先輩」

 石田はそういうと、やっとぎこちなく笑った。

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