流離王、JKになる。

ブモー

第1章 流離王、JKになる。

第1話 自害したら女になってたんじゃが

「どうやら、ここまでのようじゃな」


 壮大な王宮の中、激しく燃える炎。阿鼻地獄と違わぬ惨状の中、男は静かに呟いた。彼は流離るり王。古代インド・コーサラ国の王で、シャカ一族(※)を滅ぼした人物だ。


「最期の時まで、お傍にいられること。真に光栄でございます」


 側近の男が、王の下に跪いた。彼の名は好苦こうく。幼少期から流離王を支え、シャカ族との戦争に大きく活躍した人物である。


「――覚悟は良いな。好苦よ」


 携えていた剣を、好苦へと向ける。高貴な命を、狂人のつけた炎如きで散らせはしない――。王の意図を汲んだ好苦は、感極まりながらも、何も言わずに剣を抜いた。


「……好苦。もし、彼の者の教えの通り、来世とやらが在るというのなら――戦乱のなき、泰平の世に生きてみたいものじゃな」

「お戯れを。では、仮にそのような世界がありましたら、この好苦梵志こうくぼんしもお供してもよろしいでしょうか?」

「はっはっは! 知れたことを。その時は、わしをまた導いておくれよ」

「……仰せのままに」


 少し離れた場所で、焼け焦げた梁が落ちる。下敷きになった者が、断末魔の悲鳴をあげた。


「――頃合いか」

「……ええ」


 短く言葉を交わし、剣を構え直す。


「では、ゆくぞ。さらばじゃ、好苦!」


 覚悟を決めた表情で頷き合うと、2人は同時に踏み込み――互いの胸に、剣を刺した。


(視界が、暗くなってゆく。嗚呼、これが死か……)


 微睡むような感覚に、身を委ねる。激動の人生が、走馬灯のように駆け巡る。


(戯れのつもりで言うたが……。来世は、安らかな生を受けたいものじゃな……)


 ――遠くから、得体の知れない音が鳴っている。不快な音だ。ゆりかごの中から、追い出されそうな感覚。


(ああ、うるさい! ようやく、安穏の時が訪れたというのに! 何じゃ、この耳につく音は!)


 穏やかな時間を壊す音を、振り払おうとした、その時だった。


「いい加減、起きなさい!」


 女性の怒鳴り声で、目を覚ます。知らない言語だったが、不思議と意味が理解できた。視界に飛び込んできたのは、しかめっ面をした、45歳くらいの老女だった。


「な……っ」


 流離王は、驚愕のあまり絶句した。状況が、全く呑み込めない。目を覚まして、わずか一秒後、入って来た情報の何もかもが理解できなかった。


「ほら! ボサっとしてると遅刻するよ! さっさと布団から出る!」


 布団を引っぺがされ、流離王は不愉快になった。寝床から飛び起き、老女の胸倉を掴む。


「おい――!?」


 発した声にも、衝撃が走った。自分の――それどころか、男のものではない。紛れもない、女の声だった!

 流離王は、よろよろと老女から離れた。信じられないことの連続に、頭を抱えるしかない。項垂れる頭に、容赦なく手刀が振り下ろされた。


「何寝ぼけてんの! キレるくらいなら、自分で起きなさいよ! だって、忙しいんですからね!」


 老女の放った言葉に、流離王はまたも衝撃を受けた。今、この女は何と言ったのか。数秒前に放たれた言葉を、反芻する。

 ――お母さん。つまり老女は、自分は流離王の母親だと言い放ったのだ。信じられなかった。彼の母親は、奴婢とはいえ美しかったから。

 しかし、目の前にいる女は違う。しわもあるし、白髪も混じっている。記憶の中の母親と、似ても似つかない。


「おぬしは一体――」

「朝ごはん食べて、さっさと学校行きなさい!」


 質問するより早く、扉が閉められる。激しい混乱を抱えたまま、流離王は1人、取り残されてしまった。


(……落ち着け。まずは、深呼吸じゃ)


 大きく息を吸って、吐く。これを3回ほど繰り返すと、いくばくか心に平静が戻っていくのが分かった。落ち着いてきたところで、状況の整理をすることにした。


 自分は流離王。コーサラ国の王。

 シャカ一族を滅ぼし、城で宴をしていたところ、狂人に火をつけられた。

 もはやこれまで、と悟り、第一の臣下である好苦と共に自害する。

 そして気づいたら、見知らぬ老女に見下ろされていた――。


(死人が生き返るなど、ありえん。なら、これは夢か?)


 頬をつまんでみるが、痛みが走るだけ。それが意味することは1つ。今の状況は、紛れもない現実だということだ。


「どういうことだ? 夢でないのなら、これは一体――」


 ふと、視線の端に誰かの姿を捉える。急いで振り返った先にあったのは、鏡だった。細長く、全身を移すことができるほどの、大きな鏡だ。彼の知る形状とは大きく異なるが、己の姿を映す道具に違いはない。

 だが、そんなことはどうでも良かった。鮮明に映された己の姿に、流離王は青ざめていく。


「なっ……な……っ」


 ぼさぼさの黒髪。

 寝ぼけた表情。

 大きな青い瞳。

 すらりとした白い肌。

 どこをどう見ても――――。


「なんじゃこりゃああああああああああああああああ!!?」


 悲報。一国を滅ぼした大王、知らない場所で女になる。




 ◇ ◇ ◇


 ※仏教の開祖として知られる、ガウタマ・シッダールタ (俗にいうお釈迦様)の出身の一族。


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