困っている人を見かけたら? ☆11☆


「ルーランの仕事を増やしてしまったな」

「シュエの頼み事ならいつでも! 可愛いいとこの頼みですもの」


 ルーランは辺りを見渡して、不躾な視線を向ける村人たちに笑顔で手を振っていた。村の男性たちはその姿にぽうと頬を赤く染め、女性たちは面白くなさそうに彼女を睨む。


 絶世の美女と翠竜国でも言われているルーラン。少し羨ましそうに彼女を見上げるシュエ。


「どうしました?」

「わらわも成人する頃にはルーランのようになれるかのぅ?」

「あら、可愛い悩みですこと。成人する頃にはシュエはわたくしよりももっと魅力的な女性になっておりますわよ」


 ねえ、リーズ? とリーズに話題を振るルーラン。いきなり話題を振られて、リーズは「……ええ、きっと」とだけ答えた。


 ルーランはすっと目元を細めて、呆れたようにリーズを見た。


「まったく、なぜそこで断言しないのですか。これだから堅物と言われるのですよ」

「私のことをそう呼ぶのはあなたくらいなのですが……?」

「あら。わたくしの仕事仲間ではあなたが堅物と話していますよ?」

「……仲が良いのぅ、おぬしら」


 きゅっとリーズの手とルーランの手を取り、ふたりを見上げる。


「リーズが堅物かどうかは置いといて、ここが村長の家じゃ」


 いつの間にか村長の家までついていた。シュエが手を離すと、ルーランがこほんと一度咳払いをしてから、「では、早速取り掛かりますか?」とシュエにたずねる。


「うーむ、まずは一応、村長にルーランを紹介してからじゃの」


 シュエが扉を叩くとすぐに村長が出てきた。そして、ルーランの姿を見て目を丸くし、シュエとリーズに困惑したような顔を向ける彼に、シュエはルーランを紹介した。


「さっき言った知人じゃ。名はルーラン、職業は万屋じゃ」

「初めまして、ルーランと申します。本日はよろしくお願いいたしますね」


 ルーランが村長に向かいにっこりと笑顔を浮かべると、村長は目を丸くして彼女を見てから、


「こりゃまた、別嬪べっぴんさんが……」


 と、ほんのりと頬を朱に染めていた。褒められたルーランは「うふふ」と嬉しそうに笑い声をこぼして、リーゼが呆れたような視線で彼女を見ていた。


「それでは、早速作業に取り掛かりますわ。村長さん、よろしくて?」

「あ、ああ。えーと、わしはどうしたら?」

「どうやってつけるのか気になるようでしたら、見ていても構いませんが……。シュエはどうします?」

「わらわはちぃと散歩してくる。くぞ、リーゼ」

「はい、シュエ」


 シュエはそう言うと歩き出す。そのあとを追いかけるようにリーゼも歩き出し、彼女の隣に並ぶと声を掛ける。


「どこへ向かうのですか?」

「村の中をぐるりと散歩するだけじゃ。鬼火の様子も気になるしのぅ」

「シュエが気にすることですか?」

「だって鬼火じゃぞ? しかも結構な数の。畢方ひっぽうがこの村に向かっていたのは、鬼火の導きだったのかもしれんぞ? わらわたちが原因ではなく!」


 ぐっと拳を握って力説するシュエに、リーゼは眉を下げて肩をすくめた。確かに鬼火は多い。小さな村にはそぐわない多さだ。


「人口より鬼火のほうが多いのが謎じゃな。どれだけこの村に恨みがあるのかのぅ?」


 ニヤリと口角を上げるシュエに、リーゼはゆっくりと息を吐く。シュエの好奇心を刺激している鬼火たちを見渡して、リーゼはもう一度、今度は重々しく息を吐いた。


「人間にはえないのかの?」

「視える人には視えるでしょうが、人間と我々とでは、種族が違いますからね。見える世界が違うと思いますよ」


 リーゼの言葉にシュエは肯定するように首を縦に動かした。


 翠竜国で暮らす竜人族と、この世界に住んでいる人たちとでは、種族が違う。シュエたち竜人族が持っている力は、きっとこの世界の人たちには珍しいものだろう。


「……ところで、本当にどこを目指していたのですか?」

「んー、わらわの勘ではこの辺なんじゃが……」


 大きな木を見上げてから、シュエは大樹に対して頭を下げる。リーゼを同じように頭を下げた。


 シュエが「ちぃと記憶を見させてもらう」と呟いてから、そっと大樹に触れて目を閉じる。大樹の記憶が流れ込んで来て、シュエはその大量の記憶と大樹の前で行われていたことを知り、労わるように大樹を撫でた。


「――人間とは、本当に……」


 小さく言葉をこぼすシュエに、リーゼは心配そうに眉を下げる。そして、彼女の肩にぽんと手を置き、「シュエが解決しなくてもいいことなんですよ」と柔らかく声を掛けた。


「いいや、このままではこの村は滅ぶじゃろう。わらわは、村が滅ぶことを望んでおらん。だからこそ、この村の人々には意識を変えて欲しいところじゃのぅ」


 人の意識を変えるのは難しいことだと、シュエもリーズも知っている。しかし、意識を変えなければいずれ鬼火に導かれた悪鬼(あっき)によって村は滅ぶだろうと確信していた。


「わらわはこの世界の住人の名を聞かん。情が移ればいろいろつらいからの。じゃが、困っている人たちには手を差し伸べたいし、生きてもらいたい。――わらわはワガママじゃからな!」


 肩に置かれたリーズの手を軽く叩く。彼が手を離すとシュエはくるりと反転してリーゼに向かい合う。そして、自身の胸元に手を置いてにっと口角を上げ片目を閉じた。


「――ええ、それこそ、あなたらしい」

「じゃろう?」


 腰に手を置いて笑うシュエ。


 人間の寿命は竜人族よりも短い。この世界では悪鬼たちが蔓延はびこっているから余計に短い人もいる。


 情が移ると今までできていた判断が鈍るような気がして、シュエはこの世界の住民たちの名を聞くことはなかった。旅がどのくらいの期間になるかもわからない。


「美味しいものを食べるために、人の手は必要じゃ。悪鬼たちを倒しているのは、少しでも人口を減らさないため。まぁ、やっぱりただ単にわらわのワガママなのじゃ」


 自信満々にそう言うシュエに、リーゼは小さく笑った。

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