第42話 散りばめられた手がかり

 農園までの帰り道。僕はえて林の中を通り、積極的に魔物を狩りながら進む。ここには以前、クモやコボルドなどが生息していた記憶がある。しかしこの世界では生息域を完全に、ワーウルフらに取って代わられていた。


 魔物は食物を必要とせず、人類以外をおそうことはないのだが。魔物には魔物なりのとうや、過酷な生存競争があるのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 道中の魔物退治を終え、無事に農園へ辿たどいた。僕は外の水場で手や靴の泥を洗い落とし、エレナの家へと帰宅する。


「ただいま。ごめん、少し遅くなってしまった」


「おかえり! ううん、アインスのことを優先させて大丈夫だよ」


 家に着いた僕はポーチからかわぶくろを出し、それを出迎えてくれたエレナに手渡す。すると彼女は中の金額を見て、茶色の瞳を丸くした。


「えっ。こんなに?」


「うん。あいことを知ってたからね。しっかりを付けてもらったよ」


「わっ、ありがとう! って説明が大変だから、今回はいいかなーって。さすがは経験者だねっ!」


 僕が〝農夫〟世界のエレナから聞いた話によると、市場で使う合言葉とは〝出荷する作物の名を五十音順に並べ、品目数と同じ文字を順に伝える〟というものだった。


 本日であればアルティリアカブ・ウサニンジン・サラム・ネデルタむぎを出荷したため、合言葉は〝インナタ〟といった具合になる。


『――じゃあ、出荷が五種類の場合のサラム菜は?』


『その場合は〝ナ〟だねっ! そっか。あなたの世界でもノイン語を使うんだね。うふっ、なんだか嬉しいかもっ』


 どうやらミストリアスでは、〝ノイン語〟という言語が広く使われているようだ。さらにの住人は、物心つく頃には自然と言葉をマスターするらしい。


 その理由をエレナたずねてもみたのだが、収納ポーチの時と同様に、〝当たり前〟との答えが返ってきた。つまりはミストリアスでも現実世界の僕と同じく、どこかの段階で知識を直接インストールされるのだろう。


 しかし、この〝ノイン語〟なる言語は、現実世界むこうでも使われている統一言語だ。なんらかの意味があってが採用されたのだろうが、世界統一政府発足後には、その理由や本来の名前すらも失われてしまった。


 〝神々も使うとされる、クソ由緒ある言語〟


 めいきゅうかんごくの男の言葉が、僕の脳裏をぎってゆく――。


 ◇ ◇ ◇


「――はいっ、アインス! お昼ご飯、残り物になっちゃったけど」


 エレナは台所からトレイを持ち出し、皿とカップをテーブルに並べる。


 カップには温かなこうちゃが注がれており、皿には野菜炒めを包み込んだ、薄切りのパンが載せられている。


「あ、これ大好きなんだ。ありがとう、エレナ。いただきます」


 僕はテーブルに着き、大好物に手を伸ばす。甘辛く炒めた野菜のうまが、柔らかなパンに絶妙に染み渡っている。


しい。この料理って名前とか無いんだっけ?」


「うんー。残り物サンドとか、テキトーパンとか呼んでるかなぁ」


 床に座ったエレナはあさぶくろいながら、僕の質問に淡々と答える。せっかくの美味しい料理だというのに、相変わらず不名誉な名を付けられたものだ。


「あっ、そうだ!――アインスが気に入ってくれてるなら、これからは〝勇者サンド

〟って名前にしよっか!」


「ゆっ……。勇者サンド!?」


「そっ! アインスが立派な勇者になれますようにって。そんな願いも込めて!」


 そう言ったエレナは顔を上げ、僕にニッコリとほほんでみせた。僕は〝勇者サンド〟をのどまらせそうになり、あわてて香茶で流し込んだ――。



 ◇ ◇ ◇



 昼食を終えた僕は午後の畑に水をき、今度は西の森へ魔物退治へ向かう。


 魔物は畑を荒らすことはないとはいえ、作地が広がればまもるべき面積も拡大してしまう。やはり防衛面へのねんから、いつもより作付けの規模をせばめる必要があるようだ。



 森へ入った僕は、そこで見知った男に出くわした。

 彼は前回〝犯罪者〟の世界で会った、アルティリア戦士団長のアダンだった。


 僕があいさつと自己紹介をすると、アダンも気さくな笑顔をみせる。


「おお! 力無き庶民の強い味方、我らアルティリア戦士団をぞんとは! 魔物討伐へのご協力、まことに感謝いたします!」


「いえ、お邪魔してしまってすみません。あの、一つうかがいたいことが」


 僕はアダンに対し、どうしても気になっていた〝ガース〟の所在を訊ねてみる。前回の世界と同様ならば、奴は戦士団にるはずなのだ。


「そうですか、ガースの行方ゆくえを。実は彼は数日前に、戦士団を退団しておりまして」


「えっ。それじゃ、今の所在などは」


「おそらくは南のランベルトスに向かったかと。今やの街は前線のかなめもうばなしにはこときませんからな」


 やはりガースはランベルトスに向かったのか。ミチアの無事もわからない以上、彼女がそちらへ行っていないことを願うばかりだ。



 僕があごに指を当てていると、戦士団の少女も近づいてきた。彼女はクロスボウで魔物を射抜きながら、おもむろに〝お手上げ〟のジェスチャをしてみせる。


「アイツはカネよりオンナでしょ! 最近はランベルトスの教会も、積極的にを受け入れてるって聞くし。アイツ、とんでもないコトやんなきゃいいけどね」


「うっ、カタラよ……。まぁ、あの街には色々と〝裏〟もありますからな……」


 この少女の名はカタラというらしい。彼女はそれだけを言い、今度は刃の長い短剣ダガーを構え、素早い身のこなしで樹々の間へと飛び込んでいった。


 ランベルトスの〝裏〟といえば、盗賊ギルドに暗殺者ギルドか。二人の言い草から察するに、教会は孤児らをとして教育するつもりなのだろう。



 その後は僕も戦士団と共に、魔物の討伐に精を出した。いまだ進むべき道は見えないが、何があっても対応できるよう、可能な限り強くなっておくに越したことはない。



 ◇ ◇ ◇



 今日の一連の仕事を終えた僕は、エレナとゼニスさんと共に夕食の席に着いた。


 からだはしばしに激しい疲労を感じるが、現実むこうでの労働義務に比べれば、実に心地よい感覚だ。


「――ごちそうさま。エレナ、僕も片付けを手伝うよ」


「ううん! アインスは頑張ってくれてるし、少しでも休んでおいて!」


 食事を終えたエレナは個性的な鼻歌を歌いながら、空になった食器をトレイに載せる。〝農夫〟の世界ではゼニスさんの食が細くなっていたのだが、こちらではれいに完食されていた。確かにエレナの言うとおり、彼の体調は良好なようだ。



「ゼニスさんは若い頃、旅をしていたんですよね? あの、勇者の装備ってご存知ですか?」


「ほっほっ、自慢ではないがの。はて、勇者の装備とな?」


「光の聖剣バルドリオン、精霊の盾ユグドシルト、虹の鎧レストメイル――という名前らしいのですが」


 僕はポーチの中から、一冊の〝薄汚れた薄い本〟を取り出した。


 その本の汚れっぷりに少々顔をしかめながらも、ゼニスさんはふところから拡大鏡ルーペを出し、まじまじと中身に目を通しはじめる。


「こりゃあひどい話じゃの。――じゃが、この〝シエル大森林〟というのはガルマニアの西にある森の正式名だの。いまや闇に支配され、〝しょうもり〟などと呼ばれておるそうじゃ」


 やはり〝ノイン語〟で書かれた文章は、ゼニスさんにも読むことができるようだ。


 それにしても、作中の地名が実在していたということは、勇者の装備も存在している可能性がある。


 僕は手を伸ばしてページをめくり、表題タイトルさししょをゼニスさんにしめした。



「これが勇者の姿か? いやはや奇妙なイラストじゃ。あらすぎて〝鎧〟は見るに耐えんが、この〝盾〟に記されておるのはガルマニアの紋章かの」


 拡大鏡を前後させながら、ゼニスさんはうなごえをあげる。


 そんな彼の言葉を聞いた瞬間、僕は〝ようへい〟の世界でた、ガルマニアでの戦勝パレードを思い出した。あの時、リーランドさんの隣にた人物の腕に、紋章の刻まれた盾が輝いていたのだ。


 あの人物は確か、本隊を率いていたクィントゥスという総将軍インペラトルだったはず。


 リーランドさんいわく、鉄壁の防御を誇るクィントゥスは、〝ガルマニアの盾〟の異名で知られていたらしい。


 そうであるならば。

 あの盾こそが〝精霊の盾ユグドシルト〟だった可能性が高い。



「ううむ。この剣はしん殿でんたちの持つ、聖剣ミルセリオンに似てなくもないのぉ」


 そう言ったゼニスさんは拡大鏡をい、両手でがんをマッサージする。僕は彼に礼を言い、薄汚れた本をポーチに戻した。


 神殿騎士の剣といえば、光やたいようかたどった、あの威圧的なフォルムが思い浮かぶ。ランベルトスにて、僕を捕らえにきた三名が共に帯剣していたということは、あれは〝光の聖剣バルドリオン〟のレプリカということなのだろうか?


 ――まずはおのれきたえながら、勇者の装備の情報を探る。


 少しずつではあるが、まるで霧が晴れるかのように、向かうべき目標が見えてきた。エレナたちに挨拶をした僕は寝室に戻り、明日からの行動にそなえるべく、早めの眠りにいたのだった。

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