第41話 勇者へと至る道

 ふかい、ふかい暗闇のなか。ちいさな銀の光が浮かぶ。


《私は、愛してしまいました。この世界を。そのすべてを》


 ここは、どこだ? あれは、だれだ?


《最後の時が近づいています。もう頼れるのは、あなただけ》


 闇の中でひかる銀色。ごうかな飾りの白い法衣ふく

 ミチアによく似た、ちいさな少女。


 ちがう、あれはだいきょうしゅ

 なまえはミルセリアだったか?


《私は、重大なる罪を犯しました。私の選択により、あなたは犠牲となります》


 かのじょは誰に言っている?

 かのじょは何を言っている?


 もしも僕のことならば、とっくに覚悟はできている。

 だから教えてくれ。このせかいを救いたいんだ。


《真世界の〝光の鍵〟を。どうか四つの〝はじまりの場所〟へ》


 真世界だって? はじまりの場所?

 まるで情報が足りていない。わかるように教えてほしい。


 僕の頭がえるにつれ、彼女の姿にかすみかる。


《終了をめるすべはありません。全能なる神は痛みを知らない》


 だ。あきらめてはいけない。

 僕が必ず救ってみせる。


《私に八つの〝うつろの鍵〟を。神の眼をあざむいて……》


 鍵とは何だ? それをどうすればいい?

 これ以上、謎を増やされても困るよ。


 しかし、そんな僕の叫びもむなしく。

 彼女の姿は白く輝き、暗闇は光に支配されてゆく――。



「……うっ? 朝? いつの間にか寝てしまったのか……」


 そして僕は読書机にしたまま、窓からの陽射しで目を覚ました。



 ◇ ◇ ◇



 今日から農作業を手伝うつもりだったというのに、すっかり寝過ごしてしまった。僕はかたまったからだを軽いストレッチでほぐし、リビングへ続く扉を開く。


 年季の入ったテーブルには僕の朝食が用意されており、室内では農作業着姿のエレナが出荷作業の準備をすべく、せわしなく動き回っていた。


「あっ、おはようアインスっ! その……。よく眠れた?」


「おはようエレナ。うん、おかげさまで」


 そういえば〝農夫〟の世界でも、二日目からエレナの距離が近くなってたっけ。一晩のうちに彼女なりの、思考の変化があったのだろう。


 僕は懐かしい喜びに包まれながら、テーブルに着いて朝食をいただく。そしてエレナが家に居るうちに、昨夜の相談を切り出してみた。


「えっ、いいの? もちろん手伝ってもらえるなら、とっても心強いけど……」


 明るい笑顔で答えたものの、すぐにエレナはまゆじりを下げる。そう、今回の僕はあくまでも一時的に、ここに滞在させてもらうつもりなのだ。


 やはり図々しい頼みだったか。僕は謝罪し、提案の取り下げをしようとしたところ、エレナがあわてて両手を振った。


「ちっ……違うのっ! その、わたしの問題だから……。うん! それじゃ好きなだけ居ていいから、お手伝いよろしくねっ!」


「ありがとう。これでも農園ここの経験者だから、可能な限り頑張るよ」


 僕が寝坊したこともあり、朝の作業はエレナ一人で片づけてしまったあとのようだ。それなら野菜の出荷をするためにと、僕が王都へ向かうことになった。



「そういえば、ゼニスさんの薬は?」


「あっ、やっぱりも知ってるんだ。――うん、薬は大丈夫! 実は魔王が現れてから、おじいちゃん元気になっちゃって」


 若き日の血が騒ぐというやつだろうか。かつてゼニスさんは戦士として、世界を旅していたらしい。そこで奥さんと出会ったことを機に冒険をやめ、この農園を継ぐことに決めたそうだ。


「それでも足は悪いままだから、あまり無理はさせられないけど……」


「そうだね。僕もゼニスさんには、いつまでも元気でいてほしい」


 生命いのちを生命とも思わない世界に生きてきた僕に、初めて生命の美しさと大切さを教えてくれたのがゼニスさんだった。恩人である彼を守るためにも、僕は魔王を――リーランドさんを倒さなければならない。


 ◇ ◇ ◇


 外には暖かな陽射しが降り注いではいるが、どうにも空が黒ずんで見える。空中にはしょうが漂っているのか、少しずつ生命力を削られてゆく感覚が気持ち悪い。このままではいずれ、この大陸や世界全体が闇に覆われてしまうだろう。


 僕は複数のあさぶくろに出荷分の野菜を詰め、ひらけた場所へと移動する。ポーチには生物由来の食品などは入らないため、荷車や馬車などでうんぱんする必要があるのだ。


 しかし僕には試してみたい魔法がある。荷物を地面に置いた僕は、両手で印を切りながら、ゆっくりと起動の呪文を唱えた。


「どうか成功しますように。――マフレイト!」


 風の魔法・マフレイトが発動し、僕の足元に緑色に輝く魔法陣が出現した。


 魔法陣からは半球状の結界が展開され、僕と荷物を包み込む。結界は空へ向けて上昇し、ここから東――王都方面への飛行を開始する。


「おおっと。これは制御が難しいな」


 これはアレフが僕を王都まで送ってくれた移動魔法だ。複数の人員や荷物を運ぶことができ、一応は飛翔魔法フレイトの上位にあたるのだが――飛翔運搬魔法マフレイトの術者は直立する必要があり、当然ながら戦闘のようなアクロバティックな動きはできない。


 僕は結界の制御に集中し、真っ直ぐにアルティリアへ向けて飛行する。広い大農園の上空を通り、林では少々高度を上げる。エレナが丹精込めて育てた野菜だ。間違っても樹々と激突し、落下させるわけにはいかないのだ。



 ◇ ◇ ◇



 王都の外門へ着いた僕は、飛翔運搬魔法マフレイトを解除する。僕が着地するなりぐさま衛兵が近づいてきたが、こちらが農園から来たことを告げると、衛兵かれは持ち場へと戻っていった。


 これまで四度の侵入ダイブにおいて、必ずアルティリアを訪れてきたが。ここまでの厳戒態勢を見るのは、今回が初めてのことだった。


 僕は重い麻袋を抱え上げ、真っ直ぐに商店通りへ向かう。さすがに街中で飛翔魔法フレイトを使うわけにはいかない。ここからは体力づくりも兼ね、人力で市場へと運んでゆく。



「お、エレナちゃんとこの使いかい? 待ってたよ、ご苦労さん!」


 市場で出荷を済ませた僕は、職員から代金の入ったかわぶくろを受け取った。


 市場の職員とエレナの間では〝秘密のあいこと〟が決められており、僕はを伝えることで、出荷額にを付けてもらうことができた。


 僕は革袋をポーチにい、周囲の様子を観察しつつ、ふんすいひろの方へと向かう。やはり人通りは少なく、街全体の空気がさつばつとしているような雰囲気だ。


 ◇ ◇ ◇


 噴水広場にも人はらず、水音だけが心地よいリズムを奏でている。僕はだんや木陰をのぞきながら、の姿を探してみる。


「ミチア。ここにはないかな? 今度こそはきみを助けてあげたい」


 前回の侵入ダイブでは止められなかった凶行。今回こそはミチアを救ってあげたい。もしかするとすでに孤児院で保護されているのかもしれないが、今は礼拝に訪れる人々が多い時間帯だ。わざわざたずねるためだけに、邪魔をしにいくのははばかられてしまう。


 ◇ ◇ ◇


 僕は噴水広場を離れ、今度は酒場へと向かう。店内にも人は居らず、店主マスターが黙々とグラスを磨いているのみだ。彼に断りを入れた僕は、旅人専用の〝地下酒場〟へと下りてゆく。


 明るいホールにも人影はなく、カウンターといくつかの丸テーブルだけが来訪者を出迎える。やはりバーテンのナナは〝犯罪者〟の世界にしか居ないのか。僕は丸テーブルに着き、昨夜読み損ねた〝資料〟に目を通すことにした。


 やみめいきゅうかんごくで受け取った、薄汚れた薄い本。その表紙には資料とめいたれ、五十音と数字が記されている。しかし中身はてんせいしゃたちの〝活躍〟を描いた物語であり、中表紙にはさしやタイトルも付けられている。


 僕は本の一冊を開き、じっくりとページをめくってみる。


極光輝星滅消呪文フルブライトスターバニシュ? そして混沌聖破殺劇魔法カオスインホーリーデスに、魔円波動葬法陣ダ・ザーク・マジェヴル……?」


 物語の中の転世者らは、聞いたこともないような魔法や能力スキルを使い、強大な敵を相手にいっとうせんしているものが多く目立つ。魔法の名前や仕組みに統一感は一切なく、とてもミストリアスの話とは思えない。


 それでも登場する地名の一部などに、共通点は見受けられる。しかし、その大半は転世者によってじゅうりんされ、ざんに滅ぼされてしまう。


「確かに、これはバッドエンドだ」


 視点を主人公である転世者の側に向ければ、彼ら自身はハッピーなのだが。荒らされる側のミストリアスにとってはたまったものではない。残念ながら転世者かれらの行動に、僕は一切賛同できなかった。すでに僕の心は、この世界と共にるのだから。



 なにか世界を救うための、重要な策が隠されていないものか。監獄の男は僕に本を託す際、『世界を救うための助言』だと言っていた。そして『常に神の眼が監視をしている』とも。わずかな望みに賭けるかのように、僕は次々と資料に目を通す。


 すると、その中で一つだけ、気になる物語が目に留まった。

 それは〝勇者〟を名乗る転世者が、魔王をつというシンプルな話だ。


 この勇者も例にれず、道中の村や町を〝妙な魔法〟で焼き払っており、とても共感できるものではないのだが――彼は〝勇者の装備〟なるアイテムを集めて魔王を討ち、最期は世界のためにじゅんじている。


 すべてが事実でないにしろ、自らを犠牲に世界を見守る勇者の姿は、どこか僕自身にも突き刺さるものがあった。中表紙のタイトルには挿絵があり〝勇者は世界を平和にする!〟と記されている。


「それに、このたての紋章。どこかで見覚えが」


 乱雑な挿絵に描かれた〝勇者の装備〟のなかで、ユグドシルトという〝盾〟にのみ、妙なかんを覚えたのだ。僕はを一度だけ、実際に目にしたことがあるような――。


「駄目だ。頭が痛くなってきた。そろそろ農園に戻ろう」


 痛覚があることも相まって頭痛がひどい。僕は丸テーブルの資料を片づけ、午後の農作業におもむくべく、農園へ戻ることにした。

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