第35話 ミルセリア大神殿

 ランベルトスのまちなかにて、白昼堂々に起きた凶行の末路。

 ガースを始末した僕は剣を納め、ミチアのなきがらを抱き上げる。


 そしてミチアをソアラの元まで運び、小さなからだを彼女にたくした。


「ソアラさん。お怪我の具合は?」


「あ……。足を斬られて……。それよりアインスさん……! このままじゃ、あなたが裁かれます……! 早く逃げて……!」


 僕は最初からポーチの中に入っていた回復薬を取り出し、それをソアラの傷口に流し込む。みるみるうちに傷はふさがり、やがて裂けたほうの奥に、白い肌がのぞき見えるようになった。


「いいえ。やったことの責任は取ります。……どうかミチアを、家に連れて帰ってあげてください。お願いします」


「そんな……。あの男がミチアちゃんを……。悪いのは、あの男なのに……!」


 ボロボロと涙を流すソアラにほほみ、僕はゆっくりと立ち上がる。

 するとほどなくして、三人の神殿騎士がノコノコとやってきた。


 一人のしん殿でんは僕の前に立ち、白銀の兜をギシギシと左右に振ってみせる。



「フン、やはり貴様か。まわしき旅人よ」


「遅いですよ。もっと早く駆けつけていれば、ミチアは死なずに済んだのに……」


「我らが役目をちがえるな。おのが身を護るは市井しせいが役目。おのれの無力を恥じよ」


 残りの二人はガースとソアラの前でひざをつき、なにやら分析しているようだ。アレフの話ではは、全員で意識を共有しているらしい。



「すべての状況は把握した。貴様を殺人罪により、ミルセリア大神殿へ連行する」


「わかりました。逃げも隠れもしませんよ」


てんせいしゃによるきんぼうとく。もはやきょっけいまぬがれまい。存分に後悔することだな」


 大勢のうまが見守る中、僕は二人の神殿騎士によって、大きな袋をかぶせられる。直後に腹を強く殴られ、そのまま僕は意識を失った。



 ◇ ◇ ◇



 次に僕が目覚めた場所は、白く輝く空間だった。


 しかしミストリアの居る空間ではなく、いわゆる城や神殿といった形式の、建造物の内部のようだ。足元には赤いじゅうたんが敷かれており、それは真っ直ぐに前方へと延びている。


「目覚めましたか。登録名アインス。認識番号ID:PLXY-W0F-00D1059B06-HH-00BB8-xxxx-ALPよ」


 また僕を、その不快な数列で呼ぶつもりか。

 しかし声は神殿騎士のものではなく、幼い少女のものに聞こえる。


 僕は二人の神殿騎士に肩と頭を押さえられ、視線を動かすことしかできない。



「なぜ、ミルセリア大神殿へ連れて来られたか。わかっていますね?」


「はい。まちなかで人を殺したから、でしょう?」


「そうです。〝神の定めた法と秩序〟により、けいそう以外での殺人行為は禁止されています。なんじは禁忌を犯したのです」


 これは、いわゆる裁判なのだろうか。それとも物語に登場する〝おさばき〟か。

 現時点でわかることは、ここが〝ミルセリア大神殿〟だということだけだ。


 少女の声は淡々とした口調で、法と秩序とやらをれっきょする。


「――よって、アインスよ。極刑として、汝を〝やみめいきゅうかんごく〟へ収容します」


「僕は後悔していません。エレナも、ミチアも――僕が守りたかった人は、みんな殺されてしまった。もう、どうだっていいんです」


 この世界を守ると。すべての人々を守ると。僕はあんなに誓ったのに。

 目の前でミチアの亡骸を見た瞬間、頭が真っ白になって。

 そう。すべてが、どうでもよくなってしまった。


 なんだ。

 僕の決意なんて、これっぽっちのものだったのか。



「本当に後悔しては、いないのですね?」


 わからない。ガースに刃を突き立てた時には、一切の迷いも感じなかった。

 ただただ怒りと、悲しみと――。


「……わかりません。この感情が何なのか、僕にはわからないんです」


 ミルポルの世界が消えた時。エレナとゼニスさんが死んだ時。

 そして、ミチアがガースに殺された時。


 あの時に感じた、震えるような気持ちは何だ――?


「僕には、どうしてもわからない……」


「ふむ、まあよいでしょう。汝には闇の中にて、永遠の時間が与えられます。そこで好きなだけ悩み続けなさい。その苦しみこそが、汝に与えられしばつなのです」


 僕は神殿騎士に髪をつかまれ、強引に頭部を引き上げられる。


 その瞬間、前方の玉座に見えたのは――。

 白く豪華なほうを着た、銀髪の少女の姿だった。



「えっ!? まッ、まさかきみは! ミチア――ッ!?」


「このものめ! 大教主ミルセリアさまに対し、何たる無礼か!」


 彼女が〝大教主ミルセリア〟だって?

 髪と眼の色こそ違っているが、顔も表情もミチアとうりふたつじゃないか。


 神殿騎士に力ずくでおさえられるなか、僕は少女に右腕を伸ばす。


「僕は……! 僕は君を助けたかった! 君が幸せに暮らせる世界を――ッ!」


 少女は玉座の上から、のうかいしょくの冷たい瞳を僕に向ける。

 そして彼女は静かに首を振り、神殿騎士たちに命令を下した。


「連れてゆきなさい」


「待って! 待ってくれ! 僕は、僕は――ッ!」


 あきらめたくない。まだ絶対に、終わらせたくはない。

 しかし無情にも。またしても僕の頭には、大きな袋が被せられた。



 ああ、そうか――。

 闇に包まれ、薄れゆく意識の中で。ようやく僕は気づいたのだ。


 この感情の正体は、から完全に失われてしまった心。

 過去に、現在に、未来に、運命に。強く〝あらがいたい〟と願う心。


 ――これこそが、〝くやしさ〟という感情だったのだと。

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