第34話 怒りと悲しみの先に待つもの

 ミチアと最後のあいさつを交わし、僕はアルティリアから南に位置する〝自由都市ランベルトス〟へと飛行する。


 飛翔魔法フレイトの制御にも慣れてきたことで、今回は剣を握ってんでみたのだが――これを空中戦で利用するには、あと一歩足りないといったところか。


 ◇ ◇ ◇


 街に着いた僕は酒場に向かい、まずは昼食をとることに。昼間から酒場はようへいらで混雑していたが、幸いカウンターのすみに、一つ空席を見つけることができた。


 僕は足早に席に着き、見慣れないメニューを注文する。


「ほらよ、しおなまガエルのあぶりきと、サラム菜とはっこうまめのスープだ。あいにく酒は切らしてんで、ランベルベリージュースをサービスしてやる」


 腕っ節の良い店主マスターが僕の前に料理を並べ、せわしげに別の客の相手をはじめる。


 僕は小さく手を合わせ、はじめての品目にはしを伸ばす。今朝は何も食べていなかったこともあり、慣れない料理も美味しく感じる。特にわんに入った発酵豆のスープは、どことなく懐かしさを感じる味わいだ。


 料理にしたつづみを打ちながら、僕は周囲の話に聞き耳を立てる。

 やはり話題の中心は〝戦争〟だ。


 現在、ガルマニア帝国は、ネーデルタール王国と激戦を繰り広げているらしい。アルティリアの出方としては、王国に加勢する形で帝国を背後から突くか、それとも両者のへいを待ち、大陸全土を制圧するか――といった選択の瀬戸際にあるようだ。


 当然、ガルマニアも愚かではない。アルティリアこちら側の国境にも、警戒感を強めているだろう。正直なところ正攻法での侵入は、もはや不可能に近い。



 そういえば、ランベルトスにも〝転送装置テレポータ〟はるのだろうか?

 もしかするとを使えば、むこうへ侵入できるかもしれない。


 昼食を終えた僕はカウンターに代金を置き、むせ返る臭気の酒場を出た。


 ◇ ◇ ◇


 死したすなぼこりの舞う街を彷徨さまよいながら、僕はアルティリアの孤児院で聞いた、ソアラの話を思い出していた。元々、彼女はランベルトスで暮らしており、幸せな結婚もしていたそうだ。


『子供には恵まれませんでしたけれど、夫との生活は幸せでした。でも、ある日……。彼は任務に失敗して……』


 ランベルトスには表の顔となる〝商人ギルド〟の他に、裏の顔となる〝盗賊ギルド〟や〝暗殺ギルド〟といった組織も存在しているらしい。そしてソアラの夫も、くだんの暗殺ギルドの構成員だったとのこと。


 任務に失敗した暗殺者の末路など、想像するにかたくない。彼女の夫は返り討ちに遭い、さらにの家族であるソアラにも、追っ手が差し向けられることとなった。



『私は命からがらアルティリアへ逃げ、クリムトさまの保護を受けました。そこで教会の衣服を借り、こうしていやしく隠れています。だから私は、聖職者には……』


『でも、それはソアラさん自身が悪いわけでは……。僕なんて実際に、農園をおそいにきたあっかんや、戦場で敵を殺しています』


『いいえ。私は今でも、夫の復讐を望んでいます。もちろん、先に仕掛けた〝悪人〟は彼ですが、それでも相手ターゲットを見つけた時には……。私は絶対に迷いません』


 そのように言いきったソアラの瞳には、悲しくも強い決意がみなぎっていた。彼女は彼女なりに確固たる意志を持ち、自らの務めを果たそうとしているのだ。



 ◇ ◇ ◇



 入り組んだ街中をひととおり歩き、転送装置テレポータの探索を諦めかけていた頃。ふと僕は〝傭兵キャンプ〟のことを思い出し、街の南側へと足を向ける。


 あそこは前回に訪れたものの、時間に追われていたことやテントが乱立していたこともあり、念入りな探索をしていなかったのだ。


「あっ……! あれだ!」


 僕は目当ての構造物オブジェクトを視界にとらえ、喜び勇んでそちらへ駆けだす。円形の石柱に水晶クリスタルと二つのリング、アルティリアに在ったものと同じで間違いない。


 僕は静かにのどを鳴らし、ゆっくりとに右手を伸ばした。


《……ポータル登録完了。現在地・拠点ベータ。目標・登録なし。転送プロトコルを実行するためには、目標地点を設定してください……》


 設定? いったいどうすれば良いのだろう。仕方がないのでつきなみながら、僕は「アルティリアに行きたい」と心の中で強く念じてみる。


《……目標地点、設定完了。現在地・拠点ベータ。目標・拠点アルファ。転送プロトコル準備完了。――認証を確認。転送を開始します……》


 その音声こえが流れた瞬間、僕の視界は〝白〟に包まれ、まるで上下が逆さになったかのような、不思議な浮遊感に包まれる。


 そして次の瞬間には――。

 僕はアルティリアの、ふんすいひろ辿たどいていた。



 ◇ ◇ ◇



 やはり思ったとおりだった。本当に転送ワープは成功したのだ。


 僕はただならぬ高揚感に包まれながら、強く両手を握りしめる。しかし周囲の人々には僕の浮かれた様子をいぶかしむ者はいるものの、僕が〝いきなり現れたこと〟に対して、驚いているような反応はない。


 これは〝地下酒場〟を利用した時と、同じような反応だ。あの時、僕とミルポルはガースから逃げるために地下へ駆け込んだのだが、ガース本人も周囲の客たちも、特に〝異常なことが起きた〟とは認識していなかったのだ。



 僕は試しに転送装置テレポータに触れ、今度は「ガルマニアに行きたい」と念じてみる。しかし頭には〝エラーメッセージ〟が流れるのみで、転送してはもらえなかった。


「うーん。やっぱり行ったことがある場所だけか」


 よくある〝ゲームのシステム〟といえばそれまでなのだが。この装置も例にれず、そう都合良くはいかないようだ。


 あの地下の酒場といい、あからさまに〝ゲームであること〟を感じさせるような、不可解な構造物オブジェクトは何なのだろう。この世界の住民が興味を示していないことから、明らかにミストリアスにとっては異質なだ。


 あるいはの異常物は、〝外部の存在〟が用意したものとも推察できる。

 そう。たとえば〝かいそうせいかんざいだん〟のような団体が。


 とはいえ、使えるものは最大限に利用させてもらおう。

 僕は再び転送装置テレポータに触れ、ランベルトスへ戻ることにした。



 ◇ ◇ ◇



 脳に伝わる水の香りが、一瞬で土のにおいへ変化する。


 いくら飛翔魔法フレイトを使ったとしても、ここまでの速度で街を移動することはできない。心強い味方を手に入れたことで、旅の幅は一気に広がったといえる。



 しかし今日は昼食の後、長くランベルトスを放浪していたこともあり、すでにたいようは傾きかけている。ミチアに別れを告げた手前、アルティリアへ戻るのは気恥ずかしいが――いっそのこと、住み慣れたで宿を確保しておくべきか。


 そんなことを考えていた時――。

 周囲に耳をつんざくような、女の悲鳴が響き渡った。


 ◇ ◇ ◇


 バザーがひしめく区画を駆け抜け、僕は必死に〝声〟の元へはしる。

 僕の聞き間違いでないならば、さきほどの悲鳴はソアラのものだ。


 なぜ、彼女がランベルトスに居るのか?

 いくつか理由を思い浮かべながら、最悪の事態に身構える。


 しかし、僕が人混みをくぐけた時。

 そこで見たものは、さらに絶望的な光景だった。



「え、ミチア……?」


 僕の視界に飛び込んできたのは、地面に横たわるミチアの姿。

 彼女は赤い液体に沈んでおり、すでに生気は感じられない。


 そんな彼女の右奥には、あしを真っ赤に染めたソアラがうずくまっている。

 さらに二人の正面には、血染めの剣を握った男――ガースの姿があった。



「このクソババア! よくも俺の楽しみを邪魔しやがって!」


「――ガース! いったいミチアに何をした!?」


「あぁ!? なんだ金髪野郎! 割り込むんじゃねぇ!」


 僕が声をげるやいなや、ガースはこちらへ向かって小型の斧をとうてきする。それを人だかりの中で避けるわけにもいかず、僕は凶器を我が身で受ける。


「あっ、アインスさん……っ!」


 僕の左胸に重く鋭利な刃が突き刺さり、同時にバランスをくずされる。

 しかし、そんなことくらいで、足を止めるわけにはいかない。


「チッ、まあいい。ここで味わっておくか」


 今ので仕留めたと思ったのか、ガースは僕にはわきも振らず、ミチアの衣服に左手を伸ばす。その汚い手をねらまし、僕は唱えていた呪文を解放する。


「ヴィスト――ッ!」


 風の魔法・ヴィストが発動し、収束されたふうじんがガースの左手を斬り飛ばした。

 さらに僕は剣を抜き、残った右腕も切断する。


「ぐがあ゙あ゙ぁ――!? いでぇ! テメェ! なにしやがるっ!?」


「おまえこそ……! おまえこそ何をしたッ!? 許さないぞ――ッ!」


 僕はガースのあごを蹴り上げ、奴を地面へらせる。

 そしてプルプルと震えるのどもとへ、剣の切っ先を突きつけた。



「――おっ、おい! 金髪の兄ちゃん! もうすぐしん殿でんが来るぞっ! もう、その辺でめておけっ……!」


 大勢で見物していただけの傍観者ギャラリーどもが、今さられいごとを口走る。

 そんな声には耳を貸さず。――僕は、刃を押し込んだ。

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