幕間:黒髪の青年の苦悩

第25話 接続失敗

 ミストリアスでの二度目の冒険を終えた。


 僕は現実世界へと引き戻され、自室の全自動ベッドで目を覚ます。時刻を確認してみると、まだ労働へ向かうには少し早い。


「今回は死んじゃったからか。でも、悔いのない人生だった」


 悔いのない人生か。

 が終わりを迎える時にも、自信をって言えるだろうか。


 僕はベッドから起き上がり、頭から取り外した接続器をサイドテーブルへ置く。

 そしてシャワーを浴びるために、ベッドから足を下ろした。


 シャワーといっても、自動的に吹き付けられる気体と薬剤で、からだを洗浄されるだけだ。あのままベッドに横になっていても、同じことをしてくれる。


 それでも自発的に行動することは、気分を軽やかにしてくれるものだ。服を脱いだ僕は縦長の箱型装置に入り、固く眼をじた後に、数十秒間呼吸を止める。


「……はぁ、さっぱりした」


 ふるした清潔な労働服に着替え、軽い屈伸運動をする。そして何気なく配給品ボックスをのぞくと、そこには数枚の紙束が入っていた。



かいそうせいかんざいだんからのお知らせ。きんけい――」


 僕は紙束に目を通しながら、ベッドの上に腰かける。どうやら〝ミストリアンクエスト〟を送付してきたとおぼしき、〝財団〟なる組織からの配布物のようだ。


 紙面にはかしこまったあいさつのほか、いくつかの〝商品〟の名と簡単な説明文が記されている。そこで僕は気になる記述を見つけ、思わず視線を停止させた。


「サービス終了のお知らせ。植民世界:デキス・アウルラ……」


 デキス・アウルラ。それは異世界むこうで知り合った友人である、ミルポルがという世界の名だ。


 しかし、サービス終了だって?

 やはり本当に消え去ったということか?


 ミルポルがのこした本に記されていた不吉な内容が、寒気と共に頭をぎる。は世界の消滅を阻止する方法をさくしていたことが、あの時の書き込みからはすいさつされた。


 さらに記述を目で追うと、またしても文言が飛び込んできた。



 終了予定/植民世界:ミストリアス――。


 現在、この世界は終了の準備を進めております。

 終了準備が完了次第、該当世界への侵入は不可能となります。

 予めご承知のうえ、ご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。



「そんな……。それじゃあ、アレフの言っていたせんたくは」


 およそ三十年以内に、ミストリアスは滅ぶ。そのような宣託を受けたと、〝はじまりの遺跡〟で会った聖職者・アレフは言っていた。


 〝滅ぶ〟というのが、文字通りに〝消滅〟を意味するのなら……。

 僕はどのようにして、あの世界を救えばよいのか。


 いや、もしも次に侵入ダイブする時代も〝そうせい 三〇〇〇年〟つまり〝ゼニスさんが生きている頃〟に固定されるのならば――。


 まだ、充分に時間はある。

 何か打つ手は残されているはずだ。


「そうだ。またミストリアにも、確認してみよう。だけが、世界の外側のことを知っている。打開策だって、わかるかもしれない」


 管理者であるミストリアとて、自身の世界が消滅するのは忍びないだろう。


 今夜も異世界ミストリアスに行かなければ。最初に一度だけ訪れることのできる、あの真っ白な空間。あそこに何か、重大な秘密が隠されている。そんな気がしてやまないのだ。


 ◇ ◇ ◇


「最下級労働者、ID:XY01B-AC00D3-TYPE-W10-NIJP000015-0C520A-H。速やかに労働へ向かってください。世界統一政府は、規律ある行動を求めています」


 僕が情報を整理し、思考をめぐらせていると。ベッドから耳障りなしきかくともなった、合成音声が流れはじめた。


 現実こちらの僕には〝うさやま ろう〟という名があるというのに。近ごろでは、そう呼ばれる機会も無くなってしまった。いずれ人間は、人間としての名前アイデンティティさえも失ってしまうのだろうか。



 僕は手にしていた紙束を接続器と共にサイドテーブルに置き、ベッドの音声にうながされるまま、直ちに部屋をあとにする。


 今は規律ある行動を。あの世界を救うためにも、僕が現実こっちつまずいてしまうわけにはいかないのだから。



 ◇ ◇ ◇



 その後――。無事に労働義務を終えた僕は自室へと帰還し、早々に侵入ダイブの準備を進める。やはり以前の配布物と同様に、今朝受け取った〝紙束〟も、僕が部屋を空けている間にあとかたも無く消え失せていた。


 もしも統一政府の立ち入りならば、この接続器ごと没収されてしまうはずだ。


 しかし、これに関しては、僕に調査するすべは無い。

 あまりにも現実ここは不自由で、嗅ぎまわるには危険すぎる。


 僕は後頭部の脳電組織接続端子エンセフェロンアダプタに接続器をセットし、三度目となる〝異世界ミストリアス〟への門をくぐった。



 ◇ ◇ ◇



「ようこそ、ミストリアンクエストの世界へ」


 いつもの真っ白な空間に到着し、聞き慣れた音声こえが僕を出迎える。前回と同様に質問のを申し出てみたところ、やはり〝会話内容の記録と送信〟という、条件付きで応じてもらうことができた。


 それでは、まずは単刀直入に。

 僕は「ミストリアスの終了は、いつなのか」とたずねてみる。


そうせい 三〇三〇年までには実行され、該当の年へ至った世界ワールドから順に、随時終了されることが決定しています」


 ミストリアスには、いくつもの平行世界パラレルワールドが存在する。


 そして、それらの〝現在時刻〟は異なっていることから、三〇三〇年を迎えた順に消滅させられてしまうわけか。こうして考えてみれば、アレフから聞いたせんたくの内容とも一致する。


 次に僕は、〝僕が降り立つ日時〟に意味があるのかを訊ねる。



「ユーザーの降臨日時は〝オリジナル・ディスク〟によって規定されています」


 接続器に最初にセットした、あのディスクのことか。


「――と、いうことは、僕が世界に降り立つたびに、新たな平行世界が生み出されている?」


「いいえ。適合下にある時空上に、ユーザーのアバターそうにゅうされます」


 僕が無限に侵入ダイブを繰り返せば、ミストリアスの終了を先延ばしできるかとも考えたのだが、そうは上手くいかないらしい。そもそも現実の僕だって、いつ〝終了〟させられてしまうのかわかったもんじゃない。


 しかしエレナの例を思い出すに、僕の行動によって確実に未来は変わっている。たとえ〝エレナとシルヴァンの結婚〟が規定された結果だったとしても、アインスという異物によって、一つの世界の未来が変えられたのだから。



「それじゃ最後に。僕にミストリアスの終了を阻止できる手段はある?――ねぇ、ミストリア。もしもが、世界の存続を望むとしたら、なにか僕に……」


「……エラーが発生いたしました。管理プロトコルに従い、接続を終了いたします」


 僕が質問した直後。ミストリアの無機質な音声と共に、けたたましい警報音が白い空間に鳴り響いた。真っ白だった世界は真っ赤に染まり、意識を保てなくなるほどの、がたい頭痛がおそってくる――!


 ◇ ◇ ◇


 そして次に気がつくと――。僕は全身にあぶらあせを流しながら、現実の世界へと引き戻されてしまっていた。

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