ミストリアンエイジ

第18話 自由都市ランベルトス

　ガルマニアの傭（よう）兵（へい）を名乗るリーランドと出会い、僕も傭兵の一員として、大きな戦闘に参加する覚悟を決めた。

　その日以降。昼は戦闘訓練も兼ねて魔物を狩り、夜は知識を深めるべく、脳内の取扱説明書（マニュアル）を読み耽（ふけ）っている。

　どうやら魔法を使う際には、〝魔力素（マナ）〟と呼ばれる元素を消（しょう）耗（もう）しているらしい。この魔力素（マナ）は空気中を漂っている他、人間などの有機物にも一定の量が含まれているようだ。

　つまり魔法とは周囲の魔力素（マナ）に命令を与え、奇（き）跡（せき）論（ろん）的（てき）な事（じ）象（しょう）を引き起こす技術ということか。これに似たようなことは、ナノマシンを利用することで、僕らの現実世界でも〝暗（あん）号（ごう）術（じゅつ）〟として使用されている。

　尤（もっと）も、それを扱う権限が与えられているのは、政府の職員のみに限られるのだが。彼らは魔法のような暗号術を使い、絶対的な武力と権力を誇（こ）示（じ）している。最下級（ぼくら）に許されているのは部屋の照明を灯したり、簡単な機器を音声で操作することだけだ。

　◇　◇　◇

「ふぅ。――この剣も、かなり使いこなせるようになってきたかな」

　訓練を開始して四日後。集合を明日に控（ひか）えた夜。

　僕は念入りな準備を終え、友人（ミルポル）が遺（のこ）してくれた大型剣の手入れをする。当初は持ち上げるだけでも苦労する得（え）物（もの）だったが、今ではか（・）れ（・）のように、これを片手で振り回す力も身についた。

「うん？　そういえば、この本は……？」

　磨き終えた剣をポーチに仕（し）舞（ま）う際。茶色い革の装（そう）丁（てい）が施された、一冊の本が目についた。これは確か武器や財貨と一緒に、ミルポルが譲ってくれたものだ。

　僕は何となくその本が気になり、剣と入れ替わりにそ（・）れ（・）を取り出した。

　見たところ内容は、ミストリアスの歴史書に該当するものだろうか。

　本文中には幾（いく）つかの見慣れない文字で、注釈や書き込みがされている。しかし自動翻訳のおかげで、僕はそれらの文章も読むことができた。

「デキス・アウルラ？　この文字は、ミルポルが書き込んだのかな？」

　ああ見えて、意外と勉強熱心だったのか。自身の世界との比較や、応用できそうな魔法技術や政治形態など。そういった部分には大量の線や矢印、書き込みなどが集中しており、そういった部分をか（・）れ（・）が重点的に読み込んでいたことが窺（うかが）える。

　書き込みのなかで目立つ単語は、消滅・終了・阻（そ）止（し）――。

　そして〝もう時間がない〟といったものだった。

「えっ……？　まさか、ミルポルの世界は……」

　デキス・アウルラはミストリアスと同じく、消滅を迎えようとしている？

　世界の消滅が、どのようにして齎（もたら）されるのかは不明だ。僕の世界の〝人類〟は滅亡に瀕（ひん）しているものの、少なくとも〝世界〟の終わりを感じることはない。あの〝地球〟は植物の楽園として存続し、広大とされる宇宙では、すでに別の生命が誕生している可能性も考えられるためだ。

　しかしミルポルの書き込みからは、何者かによって明確に、直接的に――〝世界の終わり〟を宣告されたと受け取れる記載が多数見受けられる。そしてか（・）れ（・）が、それに必死に抗（あらが）おうとしている姿勢も。

　もしかするとミルポルが地下酒場に籠（こ）もっていたのは、ガースから逃れる以外にも、こうした資料を研究するという理由もあったのだろうか。とはいえ、もう本人が居ない以上、それを訊（たず）ねることも、確かめることも不可能だ。

「あっ……。マズイ、もう寝なくちゃ」

　僕は机の上に広げておいた、アレフから貰った暦（カレンダー）に視線を遣（や）る。

　現在の時刻を知る術は無いが、〝光の男（お）神（がみ）〟が〝十六〟の数字を指していることから、すでに日（ひ）が変わってしまったと判断できる。

　友人の状況は気になるが。

　僕に取れる手段は何もない。

　もしかすると、すべては悪戯（いたずら）好（ず）きのか（・）れ（・）が好き勝手に書き込んだ、妄想であることも考えられなくはない。

　そんな希望的観測と、ミルポルの無事を願いながら。

　僕はベッドに入り、出発に備えて眠りに就（つ）くことにした。

　◇　◇　◇

　翌朝。ミストリアスに、また新たな陽（ひ）が昇る。

　卓上の暦（カレンダー）を確認すると、まだ〝光の男神〟が〝十六〟を指している。昨夜は夜（よ）更（ふ）かしをしてしまったのだが、どうやら寝過ごすことはなかったようだ。

　僕は早（はや）々（ばや）と支（し）度（たく）を整え、宿から王都へと繰り出してゆく。太（たい）陽（よう）の角度や街の人通りを見るに、いまは朝で間違いないようだ。

　外門を抜けて街道へ出た僕は、路（ろ）肩（かた）で荷（に）の積み込みをしていた隊（たい）商（しょう）に声をかけ、わずかばかりの運賃と引き換えに、ランベルトスまで乗せて貰うことに。

　これは事前に街で情報収集していた際に、住人から教わった移動手段だ。僕は戦うことも出来るので、「護衛も兼ねる」との条件を提示し、交渉はすぐに成立した。

「兄ちゃん、戦争に行くのかい？　砂漠の連中は容（よう）赦（しゃ）が無（ね）ぇ。用心しなよ？」

　南へ向かう隊商の馬車に揺（ゆ）られながら、僕は恰（かっ）幅（ぷく）のいい商人と世間話をする。

　これまでの期間、街で砂漠エルフについても情報収集をしてみたのだが、やはり彼らへの評価は、〝残（ざん）忍（にん）〟や〝冷（れい）酷（こく）〟といったものがほぼすべてを占めていた。

　もう人類との戦いに抵抗がなくなったと言えば嘘（うそ）になるが――。

　僕も戦いに赴（おもむ）く以上、いいかげんに迷いを捨てなければならない。

　◇　◇　◇

　幸い、道中には魔物や盗賊といった障害が現れることもなく、まだ陽が高いうちにランベルトスへと辿（たど）り着（つ）くことができた。

　僕は商人に運賃を支払い、乗せてくれた隊商に別れを告げる。

　そしてランベルトスの外門を潜（くぐ）るなり、僕は呆（ぼう）然（ぜん）と立ち止まってしまった。

「これは、すごいな。ゴチャゴチャだ」

　自由都市の名の通り、周囲には商品を売るテントや日よけのある簡易的な屋台が、混（こん）沌（とん）とした様子で犇（ひし）めいている。なかには地面に敷いた布に商品を並べ、そこで商売が行なっている強（つわ）者（もの）までいる始末だ。

　アルティリアの王都が赤や白を基調とした上品な街並みだったことに比べ、この街は野性味に溢（あふ）れた、黄色や茶色が主体といった印象だろうか。

　真っ直ぐに伸びる街路の先には巨大な建造物があり、その丸みを帯びた屋根の形状からも、尖（せん）塔（とう）が多く目立っていた王都とは違った趣（おもむき）を感じる。

「とにかく、リーランドさんを探さないと。まずは酒場だな」

　冒険と情報収集の基本は〝酒場〟だ。

　僕は商人らの間を掻（か）い潜（くぐ）りながら、正面に見える酒場の看板を目指す。

　街（まち）中（なか）で人々が動くたびに。風が吹くたびに。

　周囲には砂（すな）埃（ぼこり）が舞い、口の中が土の味で満たされる。

　集合日まで此（こ）処（こ）で過ごすことも考えたが、僕は慣れない街に滞在するよりも、慣れ親しんだ王都に留まることを選んだ。

　どうやら、その選択は大正解だったようだ。

　いくら世界が変わっても〝土の味〟だけは、どうしても僕は好きになれない。

　◇　◇　◇

　酒場へ入った僕は口直しにと、ランベルベリーのジュースを注文する。

　この果物は前回の人生で、僕も育てた経験がある。

　名前の通り、ここ〝ランベルトス〟の特産品なのだろう。

　ジュースを味わいながら、店主（マスター）に傭兵団について訊（たず）ねると、「街外れの広場に集まっている」ことを教えてくれた。

　僕は情報料を上乗せした代金を支払い、街の南側の、教わった場所へと足を運ぶ。

　◇　◇　◇

　ひび割れた砂色レンガの壁を縫（ぬ）うように進むと、やがて木製の柵（さく）で囲われた、大きな広場が見えてきた。そこには革製のテントが点在しており、空間には金属同士のぶつかり合う音や、勇ましい掛け声などが響き渡っている。

　僕は入口付近にいた男に近づき、彼に用件を伝えてみる。

「すみません、僕はアインスという者です。リーランドさんに会いにきたんですが」

「あぁ？　団長に？　そこで待ってろ」

　彼は少し怪（け）訝（げん）そうな表情をし、広場の奥へと入っていった。

　やはりここが、リーランド率いる傭兵部隊の陣地らしい。

　僕が言われたとおりに待機していると――やがて奥のテントから、燃えるような赤い髪をした男が姿を現した。彼は僕に気づくと気さくな様子で右手を挙げ、笑みを浮かべながらこちらに近づいてきた。

「アインス！　来てくれると信じていたぞ！　ようこそ、ガルマニア傭兵団へ！」