第17話 傭兵団長リーランド

 異世界からの旅人・ミルポルの消滅を見送ったあと

 僕はひとりで、地上の酒場まで戻ってきた。


 すると僕を見るなり、おおがらぼうな男・ガースが大声をげはじめた。


「おい、金髪野郎! どこ行ってやがった! ミルポルは!?」


「帰ったよ。元の世界に。もう居ない」


「だったら、オンナのガワに残ってんだろうが。そいつはどこだ!」


 なるほど。

 僕ら〝旅人〟に関する仕様ちしきは、世間一般にも浸透しているというわけか。


 しかしそれよりも……。

 僕の友人をろうするような、ガースの発言には我慢がならない。


「ミルポルのからだは、ミルポル自身のものだ。誰にも触れる権利は無い」


「なんだと、テメェ……」


「それに……。きみのような人には、絶対に触れさせない」


 そう言い放ってにらみつけてやると――ガースは周囲のテーブルをひっくり返しながら、じわりじわりと詰め寄ってきた。


「いい度胸だ、ヒョロガキが。ブチのめしてやる!」


 ガースに左手でむなぐらつかみ上げられるも、僕は視線をらさない。断言できる。たとえに殴られたとしても、絶対にと。


 しかし奴が右手を振り上げた瞬間――。

 酒場にしぶめで低音の、男の声が響き渡った。



「よし、そこまでだ! 酒場とはいえ、ここは王都。これ以上の騒ぎは目に余る」


 声を発した男は窓際のテーブル席から立ち上がり、逆光を背にこちらへ歩いてくる。光のせいで表情は見えないが、彼の真っ赤な髪と背中の大型剣のシルエットだけは、ここからでも確認できる。


「リーランド! よそ者のようへいごときの分際で、偉そうにすんじゃねぇ!」


「ほう、ガースよ。ならば、またけいをつけてやろう。ろん、傭兵流のな」


 リーランドなる男はおだやかに言い、ガースの眼を真っ直ぐにる。

 するとガースはおじづいたかのように首を振り、僕の服から左手を離した。


「クソッ、覚えてやがれ……!」


 ありふれた捨て台詞と共に舌打ちし、ガースは酒場から走り去る。

 僕は軽く服のしわを伸ばし、リーランドに対して頭を下げた。



「お騒がせしてしまって、すみません。あの、助かりました」


「ハハッ、俺はガルマニアのリーランド。ただの傭兵だ。かしこまる必要はないさ」


「僕はアインス。えっと……、異世界からの旅人です」


 リーランドは気さくに笑い、こちらに向かって右手を伸ばす。


 彼の年齢はアインスよりも二周りは上の、およそ中年といったところだろうか。

 僕は再び頭を下げ、差し出された手を取った。


 鍛え上げられた、硬く大きな手。

 少し握り返しただけでも、リーランドが歴戦の戦士であることがわかる。


「君はい眼をしているな。守るべきものを守ろうとする、強い意志を感じるぞ」


「えっ……? そうですね。できることなら、この世界を守りたい……。そのためにやれるだけのことは、何でもやってみるつもりです」


 僕の壮大でほうもない理想をわらうこともなく、リーランドは大きくうなずいてみせる。そして彼は僕の肩を掴み、真剣なまなしをこちらへ向けた。



「アインス。突然だが、俺の傭兵団に入る気はないか?」


 リーランドによると――。近々アルティリア王国と隣国のガルマニア共和国とが合同で、大規模な軍事作戦を決行するらしい。それに際して正規軍と共に作戦に参加するための傭兵を、大々的に募集しているとのことだ。


「もしかして、相手は魔王とか……ですか?」


「いや。南方の砂漠地帯を根城にする、ざんにんなマナリエン族だ。君には〝エルフ族〟といった方が伝わるかな?」


「エルフ……。つまり、人類同士の戦いですか……」


 やはり自身が〝異世界人〟であるためか、正直なところ対人戦には気乗りしない。それが人類同士の戦争ならば、なおのこと。そのエルフらは〝残忍〟とのことだが、それはあくまでも、一方から見た評価でしかないのだ。



 僕が答えを決めかねていると――。

 リーランドが何かを確信したかのように、わずかに口元をゆるめてみせた。


「もちろん、今すぐに決める必要はないさ。――集合は五日後。南の〝自由都市ランベルトス〟が作戦拠点となっている。もしも気が向いたなら、訪ねてきてほしい」


 僕はを置いた後にゆっくりと頷き、真剣に検討するむねを伝える。


「ああ。君のように強い意志があり、正しく物事を見極められる者にこそ、共に戦場にってほしいと願っている。それでは、失礼するよ」


 リーランドは僕の肩を軽く叩き、続いてカウンターへと向かう。そして店主マスターの前に三枚の金貨を置いて、ゆっくりと酒場から去っていった。


 僕はしばらくの間――。

 彼が出ていったあとの扉を、ただ静かに見つめていた。



 五日後か。せっかくのさそいだ。

 それまでに答えを決めなければならない。


 ――いや、違う。


 もう僕の中では、答えはすでに決まっている。ミストリアスへ本気で移住するつもりなら、ここで暮らす者としての〝自覚〟と〝覚悟〟を持たなければならない。


 そして〝真の意味で世界を救う〟ために、あらゆる可能性を試さなければ。


 この戦争に参加することが何をもたらすのか、それは決してわかりようもないが。少なくともアルティリア王国は、僕ので世話になった国だ。ならばこの国アルティリアのために戦うということは、参戦理由として充分だろう。


 まだ迷いがないと言えばうそになるが。

 僕は一旦の決意を固め、今後の準備を行なうために酒場から出た。



 ◇ ◇ ◇



 街はすでに、夕暮れの風景となっていた。相変わらず人通りは絶えないが、皆は心なしか、足早に家路へとおもむいているようだ。


 僕は酒場にへいせつされた宿で部屋を確保し、少し街をぶらついてみることにする。もしかすると買い物がてらに、何か情報が得られるかもしれない。


 そう思い、ふと食料品を扱っているてんってみると。今朝、ふんすいの前で見かけた幼い少女が、物欲しげに周囲を見回していた。


 彼女は相変わらずボロボロの衣服を身に着けており、見るからにおびえたような、あいに満ちた表情を浮かべている。


 僕はあらかじめ顔面の筋肉をほぐし、精一杯の笑顔を作る。

 そして少女に近づき、優しく声をかけてみた。


「ねぇ、お嬢ちゃ……」


「あうぅ――!?」


 ああっ、またしても……。少女は僕の顔を見るなり、だっごとく人通りの中へと逃げてしまった。


 彼女は僕――というより、大人が怖いのだろうか。

 もしかするとガースのような人間から、酷い扱いを受けたのかもしれない。


 僕は肩を落としながら広場へ行き、そこから教会へ向かうことにする。

 確か教会あそこは、孤児院も運営していたはずだ。


 ◇ ◇ ◇


 教会の中へ入ると、そこでは前回の侵入ダイブで訪れた時と同じしん使の男が、礼拝堂のだんじょうに立っていた。僕は街でで見かけたことを彼に伝え、彼女の保護を願いでる。


「ご報告くださり、ありがとうございます。なんじにも、我らが光の神・ミスルトのご加護があらんことを」


「よろしくお願いします。――あの、神使さま。南方のマナリア……えっと、エルフ族とは、どういう人たちなのでしょうか?」


 ではないという話しやすさもあり、僕は彼に、エルフ族についての情報をたずねてみることにした。とっに〝マナリエン〟の名が出てこなかったのだが、〝エルフ〟でも問題なく通じるようだ。


ものらは残忍さゆえに、エルフらの住まう〝神樹の里エンブロシア〟を追放された者たちです。闇にせられ、極めて好戦的であり、魔物を使えきする能力も持ちえています」


 神使いわく、〝砂漠エルフ〟は国を持たず、砂漠の北に位置するランベルトスを奪取するために、度重なる攻撃を仕掛けてきているようだ。


 そして攻撃のみならず、りゃくだつゆうかいなども積極的に行なっているらしい。


 すべての情報をみに出来ないにせよ――神使から聞かされた内容は、どれも顔をしかめてしまうようなものばかりだった。



 国か。僕らの世界には、すでに国といった枠組みは存在しない。世界で最も長い歴史を誇った〝ある国〟の滅亡を機として、まるで集合意識に導かれたかのように、すべての国があっという間に統一されてしまったらしい。


 そうして誕生したのが、現在の世界統一政府という存在だ。


 しかし国や思想が一つにまとまったことで〝そら〟を失い、大きなとうと内部崩壊の先に、急激な人口減少を招いてしまったことは、誰もが知るところだろう。


 国を得ること。国を守ること。

 果たして正義がどちらにあるのか、国を知らない僕には判断ができないが――。


 少なくともアルティリアの人々へ向けられるばんこうを止めるために戦うことは、決して悪い行ないではないはずだ。


 ◇ ◇ ◇


 僕は神使に礼を言い、街の教会をあとにする。

 そして星々がきらめく夜空のもと、今夜の宿へのについた。


 きたるべき戦いの前に、少しでもレベルアップをしておかなければ。

 明日からの準備に備え、僕は早めのとこくことにした。

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