第3話 本当にゲームなのか?

 魔物に襲われていた少女・エレナを助けたことで、彼女の家へと招待された僕。

 しかし家の中の様子を見て、早々にガッカリすることになった。


「ただいまっ! おじいちゃん!」


 室内の大きなテーブルには四つのがあり、そのうちの一つには、つえをついたまま居眠りをしている老人が腰かけていた。


 そりゃあ流石さすがに、いきなりヒロインと二人っきり――なんてことにはならないか。


 老人はエレナに軽く肩を叩かれ、ようやくゆっくりと目を開ける。



「おお。おかえり、エレナ。――そちらは? 珍しいのう、客人かの?」


「ううん。この人はアインスさん。実は……」


 エレナは老人に僕を紹介し、これまでのいきさつを説明する。どうやら彼女は農作業中にオークにおそわれ、あの危険な場面におちいってしまったようだ。


「――そうでしたか。孫が大変お世話になりました。わしはゼニス。この農園のあるじをしております」


 ゼニス老人はそう言い、座ったままの状態で頭を小さく下げてみせた。


 加齢によって肉体の機能がおとろえているのか、彼のからだからは、老人特有のにおいが発せられている。


 本当に良くできてるな……。

 でも、こういう匂いまで再現しなくてもいいのに。


 僕があいわらいを浮かべながら、なんともにしていると――ほどなくしてエレナから、ありがたい助け舟がやってきた。


 ◇ ◇ ◇


「お礼に美味しいものでも作りますから、今日は泊まっていってくださいね!」


「え、いいの? でも、さすがに泊めてもらうわけには」


「もう夕暮れも近い。娘夫婦が使っていた部屋が空いておりますゆえ、どうかお使いくだされ」


 ゼニスさんに言われて窓の外を見ると、確かに日が傾いていた。

 もっとも、僕が本物の夕日を見る機会なんて一度も無かったんだけど。


 ん、本物……?


 なんだろう。

 すでに僕は、このゲームの世界に入れ込んでしまっているのだろうか?


 結局、僕は二人のこうに甘え、食事と宿を提供してもらうことにした。


 どのみち、今から外を出歩いたって、得られるものは無いだろう。

 まずはエレナたちから、情報収集をするのがとくさくだ。



「実はあの子の両親は、魔物に殺されてしまいましての……」


 エレナが料理の支度へ向かったため、残された僕にゼニスさんが話しかけてきた。しかし何と返事をすれば良いのかわからず、僕は適当にあいづちを打つしかできない。


「あの子の父親は元・旅人でしての。優秀な戦士だったんじゃが、ごとさいちゅうということもあって武器も無く……」


「旅人って、プレイヤーだったってことですか?」


 確か、僕らのようなプレイヤーは〝旅人〟という設定になっていたはずだ。

 僕は頭の中から、インストールした説明書マニュアルの情報を参照する。


 だが、ゼニスさんは〝プレイヤー〟という単語に心当たりが無いかのように、軽く首をかしげているばかりだ。仕方がないので僕は改めて、「異世界からの旅人」だと言い直した。



「――おお、そうです。最近はあまり見かけませんが、昔はたくさんりましてな」


「そうなんですか? 実は僕も、旅人なんです」


ようでしたか。それはまた……。何かのえんなのかも、しれませぬな……」


 ゼニスさんはかんがいぶかげに目をじ、ゆっくりとうなずいてみせる。


 なんだか彼の話をさえぎる形になってしまったが……。とりあえずは、間違った〝せんたく〟を選んだわけではなかったようだ。


 なにより、いまの会話で、ひとつ重要な事実が判明した。

 それは旅人ぼく現地人キャラクタとの間にも、子供が生まれるということだ。


 現実世界じゃ最下級労働者は、自分の子供なんてとうてい望めない。知らない間に遺伝情報を掛け合わされて、勝手に労働力としてされるだけだ。僕自身、自分の親が誰であるのかさえも知らない。


 〝ミストリアンクエスト この世界では、あなたは何にでもなれる〟


 あのキャッチコピーにいつわりが無いのなら、〝親〟にもなれるだろうか?

 僕は台所の方へ目をりながら、そんなことを考えはじめていた。


 ◇ ◇ ◇


 やがて台所あちらからは食欲をそそる香りがただよいはじめ、ほどなくして大きなトレイを手にしたエレナが姿を現した。


「おまたせ! お口に合うと良いんだけど」


 エレナは手際よく台所とリビングを往復し、次々と食事の載った皿を並べはじめる。もうひざの具合は良いのか、脚を気にしている様子はない。


「あれ? は? 手伝おうか?」


「ううん! もう薬で治っちゃったから平気! アインスさんは、ゆっくりしててねっ!」


 やはり〝回復の薬〟みたいなものがあるのだろう。

 ここはゲームの世界なんだ。


 そうは思っていても――。

 目の前に並べられた料理から迫りくる香りが、そんな考えを一瞬で否定させる。


 湯気の立つスープからは懐かしさと安心感を覚えるような香りが漂い、焼きたてのパンは見ただけで香ばしさが伝わってくるかのようだ。野菜炒めからは熱々の油が弾ける音が鳴り続け、紫色をした飲み物は僕にのどかわきを知らしめてくる。


「お……しそう……」


「わぁ、よかった! それじゃいただきましょっ!」


「うむ、そうじゃな。久々ににぎやかな食卓じゃわい」


 二人は手を合わせ、そろって「いただきます」と唱える。


 どうやら食事の作法は、地球人ぼくらが学習するものと同じらしい。これならば、いきなりそうをする心配はなさそうだ。僕も二人に続き、手を合わせてからスプーンでスープをすくい、それを口に運んでみた。


「うッ……いッ!」


 白色をしたスープには数種の野菜が溶け込んでいるのか、深みのある味わいが次々とおそってくる。パンも支給品の簡易糧食レーションなんかよりも柔らかく、あっという間に口内で溶けてしまった。甘辛い野菜炒めとの相性もちょういい。


「それ、さっき採れたアルティリアカブのスープなの。そんなに喜んでくれるなんて……よかったぁ!」


 夢中で食事を口に放り込む僕を見つめ、エレナはにっこりと微笑んでみせる。


 そんな彼女の姿に、少し照れ臭い気分になりながらも――。

 僕は夢中で、目の前の料理をほおり続けたのだった。

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