Fルート:金髪の少年の物語

第2話 チュートリアルバトル

 ミストリアンクエストの世界――。

 僕が〝ミストリアス〟に降り立った直後に響いた、助けを求める少女の悲鳴。


 この世界にはどうやら、ものというエネミーはいかいしているらしい。

 もしかすると、いきなりの戦闘が始まるのかもしれない。



 さっそくの任務クエスト――いや、チュートリアルバトルの発生か。

 ともかく僕は胸をおどらせながら、悲鳴が聞こえた〝畑〟の方へと走ってゆく。


 ◇ ◇ ◇


 辿たどいた畑では、茶髪の少女がおびえた表情を浮かべながら、農道にへたり込んでいた。……そして彼女の視線の先には、とげの付いた棍棒を握りしめ、いまにも少女におそかろうとしている、ぶたの頭をした魔物の姿も確認できる。


「こいつは……、オークかっ!?」


 人間型のからだに豚の頭、今の僕アインスよりも二周り以上も大きな巨体。ファンタジーでこの手の魔物といえば、やはりオークが定番だ。


 思わず出てしまった僕の声に気づいたのか、少女の顔がこちらを向いた。



「お願いします! 助けてっ……!」


「あっ……。うん、頑張ってみるよ」


 せっつまった様子の少女とは対照的に、僕は緊張感のない返事をする。キャラクタとの会話はどうほんやくされるのか、問題なく通じているようだ。


 何せ、まだ僕は右も左もわからない状態だ。

 まずは、このゲームの仕様を色々と確認しておきたい。



「ブオォ――!」


 そうこう考えている間に、オークがこちらにターゲットを変えた。


 この少女キャラクタを助けなかったら、どうなるのか?

 ――ちょっと試してみたかったけれど、こうなったら戦うしかない。


 僕は初期装備の長剣ロングソードを抜き、両手で真正面に身構える。

 わりとリアル志向なのか、実際に持ってみると意外と重い。



「あっ、あぶないっ!」


 少女の声に反応し、僕はとっに後ろへぶ。

 直後、僕の立っていた地面が大きくえぐれ、周囲に土やすなけむりが舞った。


 いくら作り物バーチャルとはいえ、ものすごい迫力だ。


 なんと口に入った砂の味までも、完璧に再現されている。

 現実の掘削労働義務で慣れてはいるが、やっぱり嫌な味がする。



 なんてのんに構えていると、オークの追撃が迫ってくる。

 水平に振りぬかれた一撃を、僕は剣で受け流そうと――


「――うわっ! 無理無理!」


 ざまにもオークのパワーに負け、僕は斜め後ろへ吹き飛ばされてしまった。棍棒の棘で傷を負ってしまったのか、僕の腕からは赤い液体がれ出ている。


 痛覚伝達率P・T・Rは低めに設定されているのか――。

 それほど痛みはないものの、軽い目眩めまいのようなものは感じてしまう。


「これ、負けバトルなのかな……?」


 最初に戦う相手にしては、少々強すぎる気がする。わざと負けることがぜんていで作られている、いわゆる〝負けイベント〟なのかもしれない。


 しかしオークは僕にトドメを刺すことはなく、再び少女にターゲットを変えた。

 彼女は地面に尻をついたまま、じりじりとうように後ずさる。


 少女はひざを負傷しているようで、農作業着にはが広がっている……。



「……助けなきゃ駄目だ……」


 いくらキャラクタとはいえ、やっぱり目の前で人が死ぬのは見たくない。


 僕は目眩めまいをどうにかこらえ、しっかりと剣を両手で構える。

 そしてオークが少女に気を取られている隙に、敵の背後から静かに近づく。


いやっ! 来ないでっ――!」


 少女の悲鳴をたのしむように、オークはじわりじわりと獲物に迫る。

 そして魔物がゆっくりと、手にした棍棒を振り上げた!


 ――今だッ!


 僕はオークの首筋を目掛け、思いきり剣を突き上げる!

 剣先は首から頭を貫き――その瞬間、魔物の動きがピタリと停止した!



 この一撃で息絶えたのか、オークは振り上げていた棍棒をドサリと落とす。

 続いて巨体も崩れ落ち、全身から黒い煙を噴き出しはじめた。


 やがて黒煙が治まると、オークの肉体はあとかたもなく消え去っていた。さっき魔物が落とした棍棒も、一緒に消えてしまったようだ。



「はは……。なんとか勝てた。無理ゲーかと思ったよ」


 初めての勝利による達成感からか、額には汗がにじみ、思わずヘラヘラと笑いが込みあげてくる。


 気づくと僕を見上げるように、茶髪の少女がこちらに視線を向けていた。


 ◇ ◇ ◇


「あ……あのっ。ありがとうございました」


 少女は座り込んだまま、その場でぺこりと頭を下げる。


 大きく結った長い三つ編みに、茶色い瞳の大きな目。

 今は農作業着姿だが、着飾ると結構かわいいかもしれない。



「ああ、えっと。うん、無事でよかったよ」


 ずっとながめているわけにもいかないので、僕は当たりさわりのない返事をする。


 正直言って、僕は他人と話すのが得意じゃない。

 現実世界に友人は居ないし、労働中は私語厳禁だ。



「わたし、エレナっていいますっ! なにかうちでお礼を……たっ!」


 このの名前は〝エレナ〟というらしい。


 膝を怪我した状態で立ち上がろうとしたエレナだったが、痛みに屈し、倒れかけてしまったようだ。僕は反射的に彼女の腕をつかみ、肩でからだを支えてやる。


「大丈夫? 僕はアインス。よろしく」


「あっ……。はっ、はい! ありがとうございますっ……アインスさん……」


 エレナはアインスに見惚れたかのように、頬を染めながら見つめてくる。


 まぁ……。美形にキャラメイクしたんだから、そりゃそうか……。

 本当の僕の姿や声じゃ、絶対にはならない。


 それにしても、良くできてる。まるでエレナは本物の人間のようだ。

 腕の柔らかさや体温、女の子のにおいまで。


 もしかすると、彼女は〝攻略可能〟なんだろうか?

 偽物アバターの僕ではあるけれど、そういう展開ルートも悪くないね。



「このまま歩ける? とりあえず安全な所に」


「はいっ。……えっと。あの家まで、お願いします」


 どうやら僕が最初に見かけた農家が、エレナの住居だったようだ。


 彼女を助けたことで何かほうしゅうが貰えるのなら、先に〝このクエスト〟をこなしておいて正解だったかもしれない。……どんなお礼をしてくれるのか、わからないけど。


 僕は先の展開を色々ともうそうしながら――。

 エレナを連れ、少しずつ農家へと歩みを進めてゆくのだった。

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