第21話 おでん

「あ゛ー……」


 カウンター席で出来上がっている、クラーケン賢者。

 触手が綺麗なピンク色に染まって、机に半分突っ伏してとろけている。


「はやくない??」


 それを見た、隣席の幼女魔王。言われてみれば、たしかに奇妙だった。

 賢者は酒に強い方である。

 それが、開店20分でこれ。ツマミを出してからまだ10分も経っていない。


「たいしょー、おさけかえた?」

「いえ、いつもと同じです」


 不意打ちで度数の高い酒を出すようなクズではない。


「ふふふ……」


 クールな笑みの、酔っ払いピンク触手クラーケン賢者。

 触手で器用に掲げて幼女魔王に見せたのは、今宵のツマミの皿である。


「出汁割りだよ、魔王陛下」

「だしわり……ッ!?」


 おでんである。


「おでんかぁ」


 おでんであった。

 具は大根、卵、餅入り巾着、牛すじ、あと糸こんにゃく。

 時間が経って少し冷めたが、まだ出汁の良い香りがしていた。


「ニホン酒と、あう」

「だしわりが?」

「出汁割りが」


 おでんの汁をお猪口に入れる、クラーケン賢者。

 少し行儀が悪い気もするが、くぃっとして。


「……あ゛ー…………」


 くらくらしたように頭を回す様を見ると、なんと言えない。


「ボクは、世界を滅ぼす発明をしてしまったのかもしれない」

「ほぇー」

「賢者だからねぇ」

「けんじゃならしかたないかあ」


 賢者なら仕方ないらしい。


「たいしょー」

「へい」


 私にも、だろうか。


「わたしにもちょーらい!」

「へい」


 予想的中である。

 一度に大量に作っておいてよかった。


「こんぶいっぱいいれて……」

「へい、おまち」

「こがねいろだぁ」


 おでんの色に目を輝かせ、早速試す、幼女魔王。

 合わせる酒は生ビール。

 ちゅっと皿のつゆを吸い、ジョッキを傾けた。


「……うぇへ」


 気に入ったらしい。


「くらーけんちゃーん、これだーめー」

「世界を滅ぼす発明だからね」

「せかいほろぼすかぁ」

「滅ぼしてしまおう」


 世界滅亡へのカウントダウンが始まっている。


「……おさけってさぁ」

「うん」

「なんで、まぜると、ごくごくいっちゃうんだろうね……」

「世界を滅ぼす発明だからね」

「せかいほろぼすかぁ」

「滅ぼしてしまおう」


 繰り返される台詞。カウントダウンは進んでいないらしかった。


 箸でしみしみの大根を切り分け、からしをチョンと乗せる、幼女魔王。

 ぱくつき。


「っぱは……くぅ……!」


 からしと出汁のコンボが効くらしい。


「……くらーけんちゃん、こんぶかじりながらやってみて」

「世界を滅ぼす発明かい?」

「ほろぼすほろぼす」

「大将」

「へい」


 昆布追加。


「…………あ゛~…………」

「うぇへへへ……」


 世界を滅ぼす発明が量産されていた。魔王城である。

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