第3話 この世の中に拒否権などほぼないのだよ

 風呂上がりのサツキは新しく服を着直した後、沢城とパソコンでテレビ通話をしていた。


「相変わらずお前は実戦になると強いな。丸腰で爆弾魔を止めるとは」


「まぐれですよ沢城さん。俺、基本弱いんで」


 サツキは沢城には数日前に会ったばかりなのに彼女の顔を見たのはすごく久しぶりな気がした。


「動きもビビってる時以外は無駄がなかった」


「何で知っているんですか?」


「早速お前の動画がネットにアップされてたからな」


「そうなんですね。まあ、流石にあれだけ人いれば何人かは撮ってますよ」


 申し訳ないと思いながらも、褒められて嬉しいと言う感情が入り混じる。照れくさいと言うわけではないし、落ち込むと言うわけでもない変な気持ちだ。


「お陰でこっちは大忙しだ。動画を削除してはあげられ、また削除してもあげられる。エンドレスゲームだ。あげたやつは特定され次第吊るす気ではいるが。そしたら特バツはフダなしで動けるだろうから、遊び半分で特バツの者が自宅にカチコミで家宅捜索という体でヤサを荒らすだろう」


「腐ってますね、、、」


「まあ、殺さなければ私がとやかく言う権利はない」


 沢城の言うとおりである。犯罪者を痛めつけようが、いじめようが、半殺しにしようが、生きていれば良い。それが特バツなのだ。


「さて、本題に入ろう」


 沢城は穏やかな表情だったが、急に真面目な顔になった。

 彼女がこのようにする時は大抵説教か仕事の話である。


「何で殺した?」


「いやあれは」


「何で殺した?」


「、、、すみません」


「お前は殺し屋か?いっそ殺しの任務を与えた方がこなせるんじゃないか?こっちでお前がさっそくやらかしたとざわついているんだが」


 やはり殺したのはまずかった。特バツは警察とは色々と違うが一応逮捕を目的としているのは同じだ。犯人を殺したらそれはもう処刑人だ。


「なあ、私はお前の努力と強さは認めている。実際丸腰で爆弾魔を殺したんだからな、それはすごいことだ。だが、ミッション通りになぜ動けない?そもそもなんで受け止めた爆弾を投げたんだ?」


「いやだって怖くて、、、」


 言い訳はダメなのは分かっているが、サツキはどうしてもダメな時はダメなのだ。何もすることができない。


「私はお前の臆病なところはしょうがないとして受け入れてはいる。だが、特バツの仲間には笑われているんだぞ」


「え、、、」


「なんかビビっている時の映像だけ切り抜かれて仲間内で動画まわされているらしい」


 その沢城の言葉が、サツキのネガティブスイッチをONにした。


「ですよね。やっぱり俺って何やってもダメだ。何かできるんじゃないかと前進しようと努力すればするほど大きく空回りするんですよ。頭は悪いし、人間性もクソだし、貧弱だし、もうダメだ。次の仕事でホシに向けて爆弾抱えて突っ込みます。そして俺にお似合いのチリになるんだ」


「いやそこまで言ってないんだが、、、」


「いやいいんですよ、そう思っているならいるで。気を遣って無理しないでください。そもそもここに飛ばされたのって俺がミスばかりしてるからですよね。ミスってことは戦力外なわけで誰からも必要とされていない居なくなったとしても誰も気づかないどころか死んだ時はみんな俺の墓の上でダンスを、、、」


「あーもう!分かったから!!お前は大事にされてるぞ!私がそうだからな。アホだとは思っているがお前を頼りにしている」


「、、、ありがとうございます」


「全く、、、。そのマイナス思考はどうにかならないのか」


 一度気分が下がったらどこまでも落ちていくのが不二華サツキである。


「あ!でも!プラスな話、ちょっと気になることを知りました!」


「お前の脳みそでも何か気づくことがあるのか?すごいな、人間の進化は」


「クラッシャーってやつ、あいつボスがどうのこうのっていってました」


「どうのこうのってなんだ」


 そう聞かれてサツキは言葉に詰まった。

 確かに、どうのこうのと言われて何をどうすればいいのだ。何の役にも立ちもしない。


「それは、、、」


 またしてもサツキのネガティブスイッチが入ろうとしたその時。


「いや待てよ?そういえば、、、」


 沢城はあることを思い出した。


「おいサツキ、いい知らせだ。マニュアルに書いてあったこと覚えているか?」


「マニュアル見たくないです、、、」


「なぜだ」


「俺のことを嫌いな奴が書いたものなんですよ。馬鹿にしてる文章で」


「なに?変だな、私が渡されているものは普通の文章だぞ」


「俺専用のマニュアルを作ってくれたんでしょうね」


「すまん。それは私もチェックしておけばよかったな、、、。だが我慢してみてくれ、最後のページだ」


言われたとおり最後のページを捲る。


「サツキくんがもし何かしらの成果をあげられたらもとの拠点に戻してあげてもいいよ。せいぜいがんばってね。まあ、どうせ無理だけどねwww」


 成果。

 成果など何を得ればいいのか。そもそもこれを読ませて沢城はどういうつもりなのだろう。


「すみません。これがどうかしたんですか?」


「分からないのか?その、ボスってやつを逮捕すればお前が私の特バツの拠点に戻れるかもしれないってことだ」


「え、、、」


「いいか?これはチャンスだ。今お前がいるのは最強に治安の悪い街だ。その街のボスを逮捕したという成果を得れば、お前は戻って来れる可能性が大いにある」


 サツキはその言葉を聞いて色々と考え始めた。


「つまり、俺がボスを逮捕すればみんな俺を認めてくれると?」


「ああ」


 サツキにとんでもないチャンスが舞い込んできた!ボスの逮捕というイベントを解決させれば戻って来れるのだ!


「うまくいけばここから出ていけるということですか!?」


「そうだ」


「すげえ!」


「だろ?やるか」


「無理です!」


「は?」


 沢城はサツキの言葉に唖然とした。


「何を言っているんだお前は」


「だってボスって、、、。怖いですよ、逮捕する前に殺されちゃいます。いや、行動を起こす前にそこら辺の通り魔に刺されて人生終えるかも」


 あまりに弱気なサツキ。沢城はそんな彼を画面越しに数秒見つめると口を開いた。


「、、、なあ、実はお前に言い忘れていたことがある」


「なんです?」


「今回の住みこみでの任務だが、もし何も成果がなかったらお前を解雇する話になっている」


「、、、はえ?」


 そんなの聞いていない。この任務が処罰のはずだ。


「そしたらお前は学校に行かなければならなくなるなぁ」


 "学校"という言葉。

 それはサツキの嫌な記憶をフラッシュバックさせるものである。


「あの暗ーい暗ーい学校生活に戻るんだ。いじめられ、先生に馬鹿にされ、ダサい奴らからもハブられ、、、」


「うわー!!ヤダヤダヤダ!やります!やりますぅ!!」


「何を?」


「ボスを捕まえます!!」


「さすが私が見込んだ男、それでいいんだ」


 沢城は満足そうに頷いた。

 とても面倒なことになった。ボスの話などしなければこうならなかったかもしれないが、解雇されるのもいやだ。運がいいのか悪いのか、チャンスを手に入れたことは確かだが。


「でもボス捕獲作戦はきっと一人じゃ難しいミッションだろう」


「まあ、そうですね」


「だからお前にとって良い助っ人となるであろうものを呼んでおいた」


 サツキは嫌な予感がした。


「助っ人?え、まさか、、、」


「じゃあ仲良くやれ」


「いや待ってくださ、、、」


 とても胸騒ぎがする。

 いや、まさかそんなはずがないだろう。あいつがここに来るはずがない。

 その時、その不安をさらに増幅させるかのように、ドアのチャイムが鳴り響いた。


「ひっ、、、」


 3回ほど鳴らした後、今度はドアを力強く叩く音がした。


「誰もいませんよ!」


 そんなことを言っている時点で誰かいるのは丸分かり。

 ドアの向こうの人物はサツキが中にいると確信してドアは勢いよく開かれた。


「特バツだ!!不二華サツキぃ!!自宅はここで合っているかなぁ?」


「ツツジ、、、」


「せんぱーい!!可愛い後輩が会いにきましたよー!」


 そいつはサツキがもう会いたくなかった人物だった。

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