38. 娘、引きこもる

 琴乃ことのが校門を出ていく姿が見えた!

 ジャージから着替えもせずにそのまま外に出ていってしまった!


「ぜぇぜぇ……! ひゅー……!」


 後ろから異常な呼吸音が聞こえてくる。


 もどかしいっ!


 琴乃ことのに追いつかないといけないのに、木幡こはたの足がそれに追いつかない!


「おい! 先に行ってるからな!」

「ま、待って……!」

「待てって言われても琴乃ことのが!」

「そ、そっちの方角なら琴乃ことのの行った場所が分かるから……」

「本当か!? どこだ!?」

「い、家に帰っただけでしょう……ぜぇぜぇ……」


 ん? 確かに言われてみれば琴乃ことのが走った方角は前世の俺の実家の方角だ。


「本当に?」

「だ、誰の娘だと思ってるのよ……ぜぇはぁ……」

「……」

「そ、それに自分のお母さんのことを甘くみないほうが……」

「オフクロ?」

「私たちの代わりに琴乃ことのを育ててくれた人よ。琴乃ことのの育ての親はお義母さんなんだから……。琴乃ことのが何かあったら頼るのはお義母さんだと思う」

「……」



(あっ! おばあちゃんがいるみたい! 唯人ゆいとくん、うちに寄ってって! ちょっと待っててね! 今掃除してくるから!)



 言われてみると、事件のときも、琴乃ことのは真っ先にオフクロに報告をしていた。


 嬉しいことがあったときに琴乃ことのが真っ先に報告するのはうちのオフクロだった。


「よし、うちに行くか!」

「うん、そうしましょう」

「頼むぞ、オフクロ……!」


 俺たちは、前世の実家に向こうことにした。




※※※




「こんにちはー!」


 木幡こはたが元気よく挨拶をする。

 前世の実家に着き、インターフォンを押すが誰も出てこない。


「あのババアめ……! 頭だけじゃなくて耳も悪くなったようだな!」

「こらっ! 自分のお母さんのことをそんな風に言わないの!」

「今は俺の母親じゃないし」

「あははは、うまい! そうだった!」

「そこはツッコまないとダメなところだと思う……」


 出てこないなら勝手に入るまでだ。


 だって俺の家だし!


「オフクロー! 入るぞー!」

「いいの?」

琴乃ことのにちゃんと言うんだろう? じゃあもう隠す意味ないし」

「そうだね」

「……それに、お前がいるって知ったらオフクロも喜ぶと思うよ。オフクロはお前のことを可愛がってたから」

「えへへへ、そうだよねぇ~」

「全然、謙遜しないのな」


 玄関に入ると、琴乃ことのが履いていた靴が散乱している。

 こいつの読み通り琴乃ことのは、家に帰ってきているということで間違いなさそうだ。


 そのまま居間に行くと、ピシッと閉じられた襖の横にオフクロがいた。


「お、おやおや。先ほどはどうも湯井ゆいさん」

「どうもです……。勝手に入ってすみません」

「それはいいんだけどね。琴乃ことのがね、帰ってきたと思ったらすぐに自分の部屋に引きこもっちゃって……」

「そうですか……」


 オフクロが心配そうな顔で襖の奥を見つめている。


「喧嘩でもしたのかい?」

「そんなところです」

「困った子だねぇ、父親が好きすぎて同級生に恋をすることはないと思ってたんだけど」

「……」

「なんでもお父さんと一緒がいいって言って聞かなくてね……。この部屋も、昔は父親の部屋だったんですよ」

「はい、知ってます」

「え?」


 オフクロがとても驚いた顔をしている。

 ……オフクロにも沢山言いたいことがあるが、今は琴乃ことのが優先だ。


「お義母さん、あとは私たちに任せてください」

木幡こはたちゃん……?」


 後ろにいる木幡こはたが、オフクロの手を取って座布団があるところに連れていく。


琴乃ことの! 俺だ! 開けてくれ!」


 どんどんと襖をノックする。

 しばらく待ってみたが、琴乃ことのからは返事がない。


琴乃ことの、入るぞ」


 今度は襖を開けようと試みる。


 ……が、つっかえ棒か何かで押さえられていて開くことができない。


「うーんと、ここらへんだったかな。よいしょっと」


 この襖にはがある。


 俺も親父と喧嘩したときは、こんな風に部屋に引きこもろうとしていたが、いつも襖を外されて、勝手に部屋に入られてしまっていた。


 下を持ち上げて……少し斜めにすると……。


 よしっ、襖が外れた!


 部屋に入ると、奥のベッドの上で琴乃ことのが突っ伏しているのが見えた。

 部屋の風景はびっくりするほど、昔のままで変わっていなかった。


琴乃ことの……」

「入っていいって言ってない」

「ごめん」


 琴乃ことのが、こちらを見ることなくそう告げる。

 冷たい声色が、どこか再会した頃の琴乃ことのを思い出させる。


琴乃ことの、少し話さないか」

「やだ」

「そう言わずにさ」


 琴乃ことのがいるベッドに近寄り、俺も腰を下ろす。

 後ろからは木幡こはたが心配そうな顔で俺たちのことを見守っている。


「返事しなくていいから聞いて欲しいんだけどさ」

「……」

「俺、本当に幸せだったんだ」


 俺は、今まで思っていたことを全部琴乃ことのに伝えることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る