37. もういいじゃない

「これは一体どういうこと!? 二人とも私の大切な両親の名前を出してどういうつもり!?」


 琴乃ことのが勢いよく扉を開けて、こちらに向かってきた。

 泣き出しそうな、怒りだしそうな、悔しそうな、そんなとても複雑な表情をしている。


「ちゃんと説明してよ!」

「ち、ちちち違くてこれは……!」


 俺の胸の中にいる木幡こはたがめちゃくちゃ焦っている。


「……」


 前世の妻と再会して混乱しているのに、更に前世の娘までやってきてしまった!


 俺たちのさっきの会話を聞かれた?

 もしかして俺たちが琴乃ことのの親だということがバレた?


「ごめん琴乃ことの! 今腰が抜けちゃってるから湯井ゆい君に助けてもらってたの!」


 木幡こはたの顔が青ざめていく。

 逆に琴乃ことのの顔は興奮で真っ赤に染まっていく。


「私のお父さんとお母さんがどうしたの!?」

「それは――」

「なんで二人が私の両親の名前を出すのッ!?」


 琴乃ことのが、初めて俺に向けてここまで怒りをぶつけてきた。


「私、ずっと寂しかった! お父さんとお母さんがいなくなってからずっとずっと寂しかった!」

琴乃ことの……」

「でも、心春こはるちゃんと唯人ゆいと君と出会ってから毎日がキラキラして――」


 琴乃ことのの目元に大粒の涙が溜まっていく。


「毎日が楽しかったのに……! これからもっと楽しくなると思ってたのに!」


 琴乃ことのがどんどん大きくなっていく。


「これはどういうこと!? 何で二人が抱き合ってるの? 何で二人が私のお父さんとお母さんの話をしているの?」


 これからもっと……。


 心臓が握りつぶされたかと思うくらい心が苦しくなる。


 俺は完全に失念していた。


 大きくなった娘の成長が見ることが楽しくて、琴乃ことのと一緒にいる毎日が楽しくて……。



 ――この子と一緒に過ごす未来のことを全然考えていなかった。



「……あなた、もういいよね?」

……木幡こはた……?」


 木幡こはたの声色が、前世の妻のものに変わっていた。

 その懐かしい声色に、つい声が詰まってしまった。


「よいしょっと」


 木幡こはたが俺から離れて、よたよたと琴乃ことのの傍に近寄る。


「どういうこと? ちゃんと説明してよ心春こはるちゃん。あんなに唯人ゆいと君のことは好きにならないって約束してくれたじゃん……」

「そうね、でも状況が変わったの」

「状況!?」

「良い? 驚かないで聞いてね、琴乃ことの

「うん……」


 琴乃ことのの声が震えている。


 木幡こはたは一体何を言うつもりなんだ。


 今の俺たちが琴乃ことのに声をかけられることなんて――。



琴乃ことの、私はあなたのお母さんなのよ」



「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「「はい?」」


 琴乃ことのと声がダブった。


 思いっきりフリーズしてしまった。


 あ、あいつ、何の飾り気もなしにあっさりバラしやがった!


「ほら、琴乃ことの! お母さんの胸に飛び込んできなさい!」


 ア ホ な の か あ い つ !?


 これじゃ、ただの頭がイカれたやつじゃねぇか!


「でね、湯井ゆい君があなたのお父さんなの」

「待て待て待てーい!」


 思わず、二人の間に割って入ってしまった。


「あなた、もういいじゃない。こうしてまた三人で会えたんだから」

「お、お前ってやつは……昔からあっけらかんと……!」


 さっきまで泣いていたくせに、木幡こはたの顔が満面の笑みになっている。

 同じだ! こういうところは前世の頃と全然変わっていない!


「ふ、二人ともふざけないでよっ!」


 琴乃ことのが勢いよく屋上から飛び出してしまった。




※※※




琴乃ことの!」


 急いで琴乃ことのを追いかける!


「く、くそぅ! 意外に足が速いなあいつ! さすが俺の子!」

「私に似なくて良かったわね~」

「お前はもうちょっと頑張れ!」


 木幡こはたの足がめちゃくちゃ遅い! 

 さすがダントツビリの女!


「お、お前! あんなにあっさりバラしてどういうつもりだ!」

「もういいじゃない……」

「何がだよ!?」

「私、一人ならずっと黙ってようと思ってた。でも、せっかく親子三人が揃ったんだからもういいじゃない……。私、大切な娘に嘘はつきたくないよ。あなたがいるのに琴乃ことのに本当のことを言わずにはいられないよ」

「そ、それは俺だって――」


 そんなの言われるまでもなく俺も同じだ!


 今までの勘違いとすれ違いだって、俺が今まで自分が親だということを黙っていたからだ!


「ちゃんと琴乃ことのと話そう? ちゃんと私たちの思っていたことを伝えよう?」

木幡こはた……」

「今は美鈴みすずって呼んでよ、康太こうた

「そう思うなら早く走れー! 琴乃ことのが行っちまうぞ!」

「これ以上は無理だってーー!」

「なんで転生しても足の速さが変わってないんだよ!」

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