9. 古藤琴乃は好きだらけ!

「おはよう唯人ゆいとくん!」


 朝、登校すると校門のところで琴乃ことのが俺のことを待っていた。


「おはよう。もしかして待ってたの?」

「うん! 唯人ゆいとくんまだ手が良くないから、荷物持ってあげようかなぁって」

「持ってるの右手なんだけど」

「いいから! いいから!」


 そう言って琴乃ことのが俺のかばんを無理矢理奪い取る。


唯人ゆいと君のうちってどこなの?」

「商店街のほうにあるアパートだけど……」

「じゃあ今度から迎えに行くから!」


 まぶしいっ!!

 希望と期待に目を輝かせた琴乃ことのがそんなことを言ってくる!


 学校から見ると、うちのアパートは琴乃ことのの家から正反対の位置にある。

 自転車でもなければ普通に結構な時間がかかってしまう距離だ。


「いいよ、普通に遠いし」


 琴乃ことのにそんな負担をかけるわけにはいかないので、俺としてはそう言うしかなかった。


「やだ。行きたいの」

「なんで?」

唯人ゆいと君と一緒にいたいから」


 相変わらずめちゃくちゃぐいぐいくる!


 そりゃ俺だって琴乃と一緒にいたいさ!

 でもその“一緒にいたい”のベクトルが違うような気がする!


 それにそのベクトルが俺に向かっているうちは安心なのだが……。


琴乃ことの、今日一緒に帰れるか?」

「えっ? も、もちろんだけどまさか唯人ゆいと君から誘ってくれるなんて!」

「あぁ、大切な話があるんだ」

「!!」


 昨日、あのメッセージ事件から色々考えた。


 うちのオフクロ経由で琴乃ことのの危なっかしさを伝えようと思ったが、それは一体どうなのかと……。


 琴乃ことのの同級生として。


 何よりも琴乃ことのの親として、彼女に向き合わなければならないのは他でもない俺自身ではないのだろうかと!


 ――天国で見守っててくれよ。


 俺たちの琴乃ことのは、お前の分まで必ず俺が守るから!!




※※※




「そ、それで唯人ゆいと君、大切な話って……」


 放課後になり、学校の体育館の裏に来ていた。


 いや、なんで体育館の裏?


 琴乃ことのが誰もいないところで話を聞きたいというから、ここまで来てしまったが……。


 まぁいい! 俺も琴乃ことのとじっくり腰をえて話したかったので、この場所は丁度良いかもしれない!


琴乃ことの、大切な話があるんだ」

「う、うん」

「ここ数日、琴乃ことのと一緒に過ごしていて分かったことがある」

唯人ゆいと君! ちょっと待って! 一瞬だけ待って! まだ心の準備が!」


 琴乃ことのは俺にそう言うと、すーはーすーはーと大きく深呼吸をした。


「ふ、ふぅ……。は、はい! どうぞ!」

「じゃあ続けるぞ」

「は、はい!」


 琴乃ことのは胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、とても緊張している様子だった。


「すごく言いにくいんだけど……俺、琴乃ことのは本当にが多いと思うんだ」

「す、が多い!?」

「あぁ、琴乃ことののことを見ていると本当に心配になっちゃって……」

「う、うん……」

「俺、隙だらけの琴乃ことののことを放っておけないんだ」

「す、好きだらけって!? そんなに私のことを……」


 琴乃ことのが俺の言葉に目を潤ませていた。


 今にも泣きだしそうな琴乃ことのを見ているとすごく心が痛む……。


 琴乃ことののつらそうな顔を見るのは俺もとてもつらいが、ここで俺が心を鬼にして言ってやらないと、琴乃ことのはずっとそのことに気づいてくれないだろう。


「こんなことをただの同級生に言われて嫌なのは分かってる! けど、ここで俺が言わなきゃ琴乃ことののためにならないと思って! 俺のことを嫌いになってもかまわない! けど、琴乃ことのには絶対に幸せになってほしいから!」


 俺の思っていたことをそのままに琴乃ことのにぶつける。


 俺は嫌われてもかまわない!

 それで琴乃ことのが少しでも成長してくれたら、俺はそれでいいんだ!


「ううん! 嫌いになんてならないよ! そんな風に思ってくれて凄く嬉しい!」

琴乃ことの……」


 琴乃ことのが俺にそう言ってくれて少し涙が出てきてしまう。


 美鈴みすず……天国でちゃんと見てくれているか……?

 俺たちの子供はこんなにも優しくて素直な子に育っていたよ。


「わ、私も唯人ゆいと君ともっと一緒にいたい! もっと私に色んなことを教えてほしい!」

「こ、琴乃ことの……! ありがとう!」

「ううん、こちらこそありがとう! これからも宜しくね。これからも私にもっとを教えてね!」

「あぁ、もちろんだ。お前が危なくないように、俺が必ずを教えるから!」

唯人ゆいと君っ!」


 俺は、感極まって琴乃ことののことを思いっきり抱きしめてしまっていた。


「えへへへ。お父さんの匂いがするぅ」

「勝手に匂いを嗅ぐな!!」




※※※




「えへへへへ」


 帰り道、琴乃ことのの顔がとろんとろんになっていた。


「嬉しいなぁ。唯人ゆいと君がそんなに思っていてくれたなんて」

「あんなこと言ったら、嫌われると思ったよ」

「そんなことないよ! すごく嬉しかった! 私、一人じゃないんだなって思えた!」

琴乃ことの……」


 なんて良い子なんだ。

 こんな風に育ててくれたオフクロには本当に感謝したい。


「あ、あのね……。私、さっき言いそびれちゃったんだけど……」

「うん」

「わ、私もね。唯人ゆいと君のことが――」



「あれ、琴乃ことのかい? こんなところで何をしているんだい?」


 琴乃ことのの家の近く。

 歩きながら琴乃ことのと話していたら、一人の老婆ろうばに声をかけられた。


 ――聞き慣れたこの声は。


「お、おばあちゃん! 何でこんなところにいるの!」

「こんなところって、すぐそこはウチじゃないかい」

「もーーーーー! 今いいところだったのに!」


 琴乃ことのがその老婆ろうばに対して怒っていた。


 あ、あれは!


 あの小憎たらしい顔は!



 う、うちのオフクロだぁぁあああああああ!



 昔はもう少しふっくらしていたし、しわも少なかった気がするが間違いなく俺のオフクロだ!


「あれ? そちらの子は?」

「この前、私を助けてくれた同じクラスの湯井ゆい唯人ゆいとくんだよ」

「あっ! それはそれは!」


 その老婆は俺のほうにゆっくり近づいてきて、骨折していない俺の右手を力いっぱいに握ってきた。


「この前はありがとうございます! うちの琴乃ことのを助けていただいたみたいで!」

「い、いえ……」

「ぜひ今からうちにいらしてお茶でも飲んでいってください! 琴乃ことのも喜びますので!」


 ぐふふふふとその老婆が笑っている。


 懐かしい!

 このクソほどムカつく笑い声はまさにウチのオフクロだ!


「い、いいんですか!? ぜひ琴乃ことのさんのことでお話したいことが!」


 ここでオフクロと話ができるなんて、こちらとしては願ってもいないタイミングだ! 今日はついているかもしれない!

 

「やめてよ! おばあちゃん!」


 琴乃ことのが俺とオフクロの会話に割り込んできた!


「今、うち散らかってるでしょ! そんなところ唯人ゆいと君に見られたら私が嫌われちゃう!」


 琴乃ことのが声を張り上げてそんなことを言っている。

 いや、どうせうちの実家だからそんなの気にしないんだけどね。

 きったねぇの知ってるし。


「もうそんなに照れちゃって。それにしても……」


 老婆が俺と琴乃ことのを交互に見た。


「ぐふふふふ。あの琴乃ことのがねぇ。高校一年生で何かやりたがるのは親に似たのかねぇ」


 オフクロが本当に嬉しそうにそんなことを言っていた。

 ツッコミたいところが多すぎる。


 というか、しれっと親のそういうことをバラすんじゃない。


「じゃあ立ち話もなんだし早速行きましょうか」

「もーーーーー!」


 琴乃ことの地団太じたんだを踏みそうなくらい駄々をこねていた。 

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