8. 娘、父にメッセージを連投する♡

 琴乃ことのを家に送り、俺もの自分の家に着いた。


「ふぅ、今日は疲れたなぁ」


 琴乃ことのが手をずっと離してくれなかったせいか、手の感覚がおかしくなっているような気がする。


 昔はあいつも――。


「いや……」


 ことあるごとに妻と琴乃ことのをダブらせるのは良くないな。


 琴乃ことの琴乃ことので、あいつはあいつだ。


 そこはしっかりしないと。


「それになぁ……」


 今の俺は、湯井ゆい家の長男だ。


 現在の俺の母親は工場で夜勤の仕事をしていてほとんど家にはいない。

 

 作り置きの夕飯だけが、キッチンテーブルの上に寂しく置いてあった。


「とりあえず今日は風呂に入って早く寝よう! 明日も学校だし!」



ピロン



 携帯が鳴った。

 この音はメッセージの着信音だ。


唯人ゆいとくん、今日はありがとね! また一緒にお出かけしたいな♡』


 琴乃ことのだった。

 

 語尾にハートをつけるだけで凄いラブラブ感が出てしまっている気がする。

 簡単に男にハートマークをつけるな! と言ってやりたい気分だ。


「はぁ……。返事はあとでいいから風呂に――」



ピロン



 また携帯が鳴った。


『まだうち着かない? 着いたら教えてね』

「……」


 よ、よく分からないが文面から凄いプレッシャーを感じる。

 嫌な予感がするから一応これには返信しておくか。


「“着いたよ、今日はありがとう”っと。送信!」


 琴乃ことのにメッセージを返信した。

 よし、これでゆっくり風呂に入れ――。



ピロン



 びょ、秒で返信がきた!

 いや、まだ誰が送ってきたかは見てないが。


『お疲れ様! 左手悪いのに今日は無理させちゃってごめんね!』


 知ってた。やっぱり琴乃ことのだ。


「まぁこれくらいなら返信しなくて――」



ピロン



「……」


 また携帯が鳴った。

 絶対に琴乃ことのだ。


 暇なのかアイツ!?


 これに付き合っていたら、いつまでも風呂に入れなくなってしまう!


 とりあえずメッセージの処理は後にして、さっさと風呂に入ってきてしまおう。




※※※



 

~三十分後~



「ふぃ~、いいお湯だった……ってあれ?」


 風呂から上がりリビングに戻ってきたら、何やら携帯がチカチカと光っている。


 な、なんだろう……俺の携帯が異様なオーラを放っている。

 半目でゆっくりと携帯の画面を覗いてみる。


 み、未読二十件以上ぉお!!


 い、一体何が起きたんだ!?



『どうしたの何かあった?』


『既読スルーは寂しいよ……』


『あっ、今度行ってみたいお店があるんだ! 唯人ゆいと君と行ってみたいな!』


『どうしたの? 私、何かやっちゃった? 返事ほしいな……』




 情 緒 不 安 定 か !!



 メッセージがこの調子で鬼のように送り続けられていた。

 やばいぞ! 早く返信しないと、大変なことになってしまう!



ピロン



『どうしたの? 今見てるよね?』


 ひぃいいい!

 丁度画面を開いていたので、そのまま既読になってしまった!


「もう電話したほうが良くない……?」


 次の追撃がくるまえに、急いで琴乃ことにに電話をかけることにした。



プルルルルル



『ゆ、唯人ゆいと君どうしたの!?』


 ワンコールですぐに琴乃ことのが電話に出た。


「どうしたのはこっちの台詞なんだけど」

『あ、あははははー……何だか心配になっちゃって……。だって唯人ゆいと君、既読スルーするんだもん』

「してな……くはないけど、ただ風呂に入ってただけだし」

『そうなの?』

「うん」

『よ、良かったぁぁあ!』


 琴乃ことのが心底ほっとしたような声を出している。


『わ、私、唯人ゆいと君に嫌われることしちゃったのかなぁと思って』

「嫌われること?」

『うん……』

「俺が琴乃ことののこと嫌いになるわけないだろ。世界が敵に回っても俺だけは必ず琴乃ことのの味方だから」


 琴乃ことのを落ち着かせるために、思ったことをそのまま琴乃ことのに伝える。


「だから変な心配はしないように――」

『えへ、えへへへ』


 琴乃が急に笑い出した。

 この声は琴乃ことのが溶けているときの笑い声だ!


『昔、お父さんにも同じこと言ってもらえたぁ』

「そ、そう……」

『えへへへへ』


 同一人物から同一人物に声かけてるんだからそりゃそうだ。


『私、もっと唯人ゆいと君のこと知りたいな』


 琴乃ことのが色んな気持ちを込めて、俺にそう言ってきた。


「毎日学校あるからすぐ会うし。席もすぐ近くだし」

『……うん、学校楽しみだなぁ』

「今日はもう眠ったら? 眠そうな声になってるよ」

『そう……かなぁ。今日はずっと緊張してたから疲れちゃって……安心したら眠くなってきたかも……』

「うん、おやすみ。もう電話切るよ」

『もう少し……もう少し……このままで……』


 しばらくすると、すぅすぅと琴乃ことのの寝息が聞こえてきた。


 俺は静かに携帯の通話を切った。


 疲れた……。

 年頃の女の子の相手をするのがこんなに疲れるなんて。



ピコン



 また携帯が鳴った!!


『おやすみ唯人ゆいとくん♡』


 相変わらず語尾にはハートマークがついていた。

 

「……」


 返信の文面を考える。


「“おやすみ、暖かくして寝ろよ”」


 俺は琴乃ことのにそう返信することにした。


 “暖かくして寝ろ”の部分がいかにも親父臭い文面だなぁと思った。


琴乃ことのとこのままじゃ良くないよな……」


 今日のお出かけで琴乃ことのに伝えないといけないことができてしまった。


 明日、俺のありのままの気持ちを琴乃ことのにぶつけてみよう!

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